0269 俺の皮が剥けたのはいつ頃だったかなあ。毎日こまめに手で剥いてたっけ
伸ばした手の先にあるのは緑の木々ではなく、引き千切れるように渦巻く黒煙と悶え苦しむ人型の怪異共だった。恐らく俺のおはらいの効果でアスタロウの身体から引き剥がされた瘴気が、再び独立した怪異の形になったのだ。
俺はまた白昼夢から醒めたのか。
「ウ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ……!」
アスタロウも地面に手を突き、全身を震わせている。その姿は高さ10メートルから7メートルくらいまでに縮んだだろうか? そして全身の皮膚が焼け焦げ、抉れ、酷い有様だ……黒い瘴気による治療効果が得られなくなっているのか。
ノエラは……ノエラ! ノエラはひび割れた地面の淵でうずくまっていた、勇者の剣を背中に負ったままだが、天秤棒はその手を離れて転がっている! 俺はもちろんすぐにそちらに駆け寄る!
相討ちになったのか!? とにかくしゅくふくを、しゅくふく……
……
だがしゅくふくを掛けてしまえば、ノエラは立ち上がって戦い、今度こそアスタロウを殺してしまうかもしれない。魔王魂はノエラに移動して、ノエラは自らの身体と共に魔王魂を破壊しようとするだろう。
そんな事は駄目だ。今はノエラを安全な場所へ移動させるべきだ。
しかしその場合アスタロウはどうなるのか。怨霊共と共にここから逃げ出して見つからなくなってしまい、また皆が忘れた頃に災いとなって帰って来るのか。せっかくノエラが頑張って、ここまで追い詰めたのに。
どうする。ノエラを治療して敵を追い詰めるか。敵を見逃してノエラを守るか。
……
だめだ、どちらも選べない。少なくともどちらを選んでもノエラを救う事は出来ないような気がする。
だったらやる事は一つ、ノエラは俺が守るしアスタロウとは俺がケリをつける。
「受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中」
ありったけの声を張り上げ俺はおはらいを唱え続ける。今ならノエラは意識を失っているし悶え苦しむ事もあるまい。
周りでもがいていた怪異共の表情から苦痛や憎しみが消えて行く。そして掻き消えるように大地や空に吸い込まれて行く。
アスタロウは怒りに燃える目をこちらに向ける……また白黒正転してるな……老婆の気配が薄まり、僧侶見習いの男の気配が強くなっている。
うわっ……奴の皮膚が剥がれて行く!? それは恐ろしい光景だったが、焼け焦げ、引き裂かれた皮膚の下から出て来たのは無傷の赤い肌だった。身体がさらに少し小さくなったが、アスタロウは回復したらしい。
―― バサッ、バサッ、バサッ……
そして奴は俺のおはらいの影響下から逃れるべく、後ずさりしながら宙に浮かんで行く……待てよ、やっぱり逃げる気なのか?
「オノレ……ウサジ……」
苦々しく吐き捨てながらアスタロウは向こうを向く、まずい、どうする、ノエラを治療して起こせば追撃出来るが……どうする……
―― ダンッ……!
しかし俺は考えるより先に行動に出ていた。巨大化したアスタロウには以前のように機敏に空を飛ぶ能力は無いらしい。ゆっくりと離陸しようとしたアスタロウの側面から、おはらいの詠唱を止めた俺は奴に飛びつく!
「ンナア!」
アスタロウは十分にそれに反応していて、強烈な拳の一撃を叩きつけて来る! 身長6メートルの巨人の一撃は人間の俺に耐えきれるはずもない!
「ぐあっ……!」
だけど俺も十分覚悟はしていたし、拳がまともにインパクトするのだけは体を捻って避けていた。それでも一瞬気が遠のく程のダメージを受けてはしまったが。




