0270 もう一軒、もう一軒行こう、馴染みのピンサロ嬢が始めたおでん屋があるんだ
都で建設中のヴェロニク神殿。アスタロウは膝を抱えて屋根の端に座っていた。あの時と一緒だな。
「アスタロウ」
「ウサジ……たいしたものだ、貴様は」
振り向いたアスタロウの目は黒白反転しているし、背丈も俺よりだいぶ低い。
「俺なんか何も大した事はない、一人で戦っているお前こそ勇者だ」
俺は今思っている本音をそうぶつけた。アスタロウは俺に背を向けなおす。
「俺は一人じゃない。貴様も知っているのだろう、僧侶の男と、魔術師の女を」
「知ってはいるが、奴らはお前に取り憑いた怨霊ではないのか」
アスタロウは翼の生えた背中を無防備に向けたまま、少しの間沈黙していたが。
「そうだな……最初はそうだった。だがなウサジ、今では俺は奴らの主張にも一理あると思っているのだ」
「……そうなのか」
「あの魔術師は実際に世界を繁栄させてみせた。それで多くの人間共が喜んだし俺の祖先の有翼族もその恩恵に預かったという。もしも神々とやらがあの魔術師を受け入れ、神々の列に加えていたら、こんな事は起きず、誰も泣かずに済んだのではないか」
この世界では優秀な人間は神になれるのだろうか? そんな事は俺には解らない。だけどあの女魔術師を神にするのは違うんじゃないかと俺は思う。
だって、神になれなかった腹いせに世界を滅ぼそうとするような奴がそんな簡単に神になっていいのか? 俺は嫌だなあ。
俺がヴェロニクの何が好きって、二百年も虚無の中に閉じ込められていたのに、すぐに立ち直って人々を救おうとした所だよ。深い所で、人々を、世界を愛してるんだろうなと思う。
「僧侶の男の方は……俺は奴と同じ立場なのだ。シルバーは貴様に首ったけだからな……女神ヴェロニクもそうなのだろう?」
「……何故そう思う」
アスタロウは俺に顔だけ向けた。
「あの男の怨念が如実に伝わって来るのだ。奴は実際には何も知らん。だがあの僧侶はヴェロニクが貴様に心を寄せていると決めつけていて、ますます酷く憎しみを募らせている」
そこでアスタロウはまた、俺から顔を背ける。
「好きな女に愛されなかった男の愚痴ほど取るに足らん物もこの世にないが、俺は今では奴と身体を共有する身、聞かぬ訳にも行かん」
さあ……女魔術師は栄華の果てに神の座まで望んだ事を拒まれて逆ギレした奴で、男僧侶はイケメンエリートで女にも苦労してなかったくせに女神の身体を望んで拒まれて逆ギレした奴だ。
この世界に来る前の俺だったら、鼻で笑うかな……あるいは怒るか。こっちは栄華なんか欠片も経験した事ないし欠片もイケメンエリートではないわ。
……
だけど魔術師も僧侶も拒まれた者達である事には違いない。アスタロウが言ってるのはそういう事なんだろう。身体を共有して暮らす間に、情が湧いたのか。
「お前自身の事はどうなんだアスタロウ。一度聞いてみたかったんだが。お前は有翼族の最後の生き残りなのか?」
アスタロウは俺に背を向けたまま俯く。
「空を飛べるという事がどういう事か解るか? フハハハ……高い空から見下ろす完全なる世界を知っているかウサジ! いや……貴様は蒼き雷鳴のノエラに乗って空を飛んでいるから、知っているな……だがなウサジ。空を飛べるという事はそれだけで羨望と嫉妬を集めるという事でもあるのだ。我が一族はいつの時代も権力者に重用された。そして常に尖兵としての働きを求められ、それに応えて来た……俺自身の父も母も戦いの中で命を落とした。そういう役目を嫌ってどこかに隠れ住んでいる者も居るかもしれないが、俺の知る限り、有翼族はもう他に居ない」
俺は思わず、長い溜息をつく。
「同情は御免だ、俺は貴様などとは心根が違うのだ! 何度でも言うが、俺は貴様の敵だ、最恐にして最悪のな。この俺の恐ろしさに比べたら、俺の心臓に間借りしている奴らなど、ただの婆と爺に過ぎぬわ」
アスタロウは立ち上がり、こちらを向いて構える……だけど変だな。俺はさっきからそのアスタロウと戦っていたはずなんだが。
俺は構えもせずに聞き返す。
「では、お前にとって俺は何だ」
「友達だ」
俺は仰け反ってよろめく。
「何が同情は御免だよ、お前の方がずっと質が悪いぞ、どうしろと言うんだ俺に」
あっけらかんと答えるアスタロウに背を向け、俺は屋根から飛び降り、そのまま歩き出す。アスタロウも屋根から飛び降りて来て、歩いてついて来る。
「どこへ行くのだ、ウサジ」
「どこにも行かん。なあ。シルバーとゴールドは見た目はよく似ているが、性格は違うと思わないか。俺は最初は性格も似ていると思っていた」
「ゴールドは本当に強い女だからな。あれは大したものだ。口さがない者には、強過ぎて魔王の妾くらいにしかなれないと言われていたが……あれが人間の大王の妻の座を射止めたという噂は本当か?」
「本当だ、外交交渉に託けて二人きりになった所を、一撃で仕留めたらしい」
「フフ、フハハハ、さすがは魔王族の女王だ……そうか。ゴールドが魔族の女王にして人間の大王の妻となれば、いよいよ魔族も安泰だ。フハハハ」
「ははは……」
俺は声を揃えて笑い、アスタロウが隣に来るまで待って、再び歩き出す。
「世界は変わる。アスタロウ、お前も生き延びてこの先の世界を見たいとは思わないか」
「解っているのだろう、ウサジ。俺は、貴様の敵だ。そして世界は変わるのではない、貴様が変えるのだ」
俺は歩き続けながら、背中を丸める。
「お前だってシルバーちゃんの事好きなんだろ……あの子はゴールドみたいに強くはないんだぞ、あの子にだってこれから色んな事が起こるんだ、誰かが守ってやんなきゃ、なあ?」
俺はそう言ってアスタロウの脇腹を肘で突く。しかしアスタロウは向こうを向いてしまった。
辺りは寝静まった建設現場だ、昼間はたくさんの屋台が営業しているのだが今は誰も居ない。一軒くらい、まだやってる店ねえのかな? 野郎とサシで飲むのは趣味じゃねえが、喋ってたら喉が渇いて来たぜ……




