喬介編「エピソード・オブ・エルグランド Part③」
一行は城へ帰着。時刻にしてもう夕暮れを迎えようとしていたため、アーシェラへの報告は明朝とされた。
任務を終えた面々はそれまで解散となった。
ティアナは早速と、今回で得た情報の整理と、石板の解析に取り掛かる。
レイズとヨルム、シーマの3人は、老魔術士を今回の企てを行った犯人として捕え、尋問に当たっている。
ブラディは訓練所。
マイアは礼拝堂へ。
ヴァーソは城の庭園で動植物の手入れを。
ルキノは……不明。
そして喬介はひとり、城の中で暇を持て余していたが——
「……3階か」
行き先は決まっていた。
それは当然、プリウスの魔石に関する情報。執務室にて、石板の解析をしているティアナの元だ。
城の3階へ到着。多くの人が往来していた1階ホールと比べ、ここはやけに人の気配が薄い。
喬介は廊下を歩きながら、ふと足を止めた。
……気配。
背後か、壁際か、天井の梁か、または柱。
ただ正眼で遠くを見つめ、視線は動かさない。だが確かに“いる”。
一抹の緊張感が走る。喬介の右手が、僅かながらに剣の柄へ動こうとする。
「……見てるだけか?」
喬介は小さく呟くが、返答はない。
だが——気配が、わずかに揺れた。
「……そうか」
それ以上追及はしない。興味もない。
ただ、近くに“いる”という事実だけを認識して、喬介は歩みを再開した。
向かった先は、石板が運び込まれた一室。
ティアナは、通常の任務や戦闘への出撃時以外は、ほとんどこの執務室にて資料の解析や論文の執筆などをしている。
喬介は軽くノックをしてから、ゆっくりと扉を開ける。
中では、ティアナが分厚い本を片手に、机の上に置かれた石板とにらめっこをしていた。
先ほどまで着用していた騎士の鎧を脱いで、若草色を記帳とした衣服をまとっている。その姿はまさに学者さながらであり、騎士姿とは対なるも、全く微塵の違和感もないほどに似合っていた。
「来ると思っていたわ」
石板へ落としている視線は動かさず、彼女は言う。
「……石板のこと、プリウスの魔石が気になってな」
「当然よね」
ティアナは石板に手をかざし、刻まれた紋様をなぞる。
「今回の遺跡。それとこの石板が、なんのために存在していたのか。まだ現状はまだ推測の域を出ないけど、これは……封じるためか、あるいは解放させるためのもの」
「封じる、解放……」
喬介は置かれた石板を見つめながら考察する。
「つまり、4つのプリウスの魔石を集めることで、なにかが起こると」
「ご名答。そこで、貴方が倒した魔族が言い残していた内容を思い返してほしいの」
再び、喬介は逡巡するも、答えは即座に出てきた。
「やはりか。プリウスの魔石が集まれば、魔族は復活する」
「そう。石板に記された内容が、魔族の言葉と完全に繋がる」
ティアナは静かに本を閉じる。辺りに緊迫した空気が流れた。
「厄介だな。すでに他の者がプリウスの魔石を探しているとしたら……」
「ええ。こちらものんびりはしていられないわ」
神妙な面持ちでティアナは続ける。
「遺跡に現れた、黒い集団のことも気になる。レイズたちが今、例の老魔術士から情報を聞き出しているはずよ。あとでそのすり合わせをしましょう」
「わかった」
そう言って、喬介はティアナの元を離れ、執務室を出る。
しばらく廊下を歩き進むと、その先にマイアの姿があった。
ちょうど礼拝堂から戻り、ティアナの所へ向かっていたのだろう。
「あら、喬介さん」
柔らかな声で、喬介の姿に気付いたマイアが笑みを作る。
「少し、お話いいかしら?」
拒否する理由はないと、喬介は足を止めた。
「あなたの戦い方、見ていました」
「……そうか」
「怖くないの、ですか?」
唐突な問いだった。
「……何がだ」
「その力です」
マイアはまっすぐに見つめてくる。
「あなたの剣は知っての通り、闇の力が備わっている。私の力は光。闇と対になる存在。だからこそ、闇の恐ろしさは良く知っています」
沈黙が流れる。
喬介は視線を逸らさず、答える。
「あのベイオスの敗因のひとつが、闇に飲まれたことについてか? 俺は、大丈夫だ。この剣を使いこなしてみせる」
「……そう」
マイアは優しく頷くと、ゆっくりと廊下の端へ移動しては、窓から外を眺める。
「ひとつだけ、教えてあげます」
彼女らしい、柔らかな笑みは残しつつも、その瞳には、騎士としての誇りを感じさせるような誠実さが込められていた。
そしてこう語る。
魔騎士隊長の持つ、エルグランドの技術の結晶。アストラルウェポンについてだ。
魔術は、各属性ごとに初級、中級、上級と三位の術が存在する。その中での上級魔術は、高位の魔術士だけが使用できる強力なもの。その上級位の属性の力を、凝縮、結晶化して、魔力を閉じ込めることができるエスクード鉱石を融合させ、武器へと錬成させたものが、アストラルウェポンの正体だ。
しかし闇に関しては別だった。
闇の魔術は、ごく僅かの魔術士にしか使用できず、とりわけ上級位の術は、現状”人間”が使用することは不可能とされている。つまり、喬介の闇の剣は、アトラルウェポンと称されていながらも、全くの別物だということだ。
「ということは、この剣はいったい……?」
「その剣の正体は——」
マイアは神妙な面持ちで、一拍置いてから口を開く。
「——暗黒竜の鱗から作られた、特別な剣」
その言葉に、空気が止まる。
喬介の体を僅かな緊張感が駆け巡る。だがそれと同時に、どこか納得したような表情を見せていた。
「……なるほどな。そういうことか」
「知っているのですね、その剣を」
喬介の反応を見たあと、マイアの表情は穏やかなものへと戻った。
「でしたら、構いませんわ」
マイアはそう言って、微笑む。
「あなたが何を選ぶのか。それを……ちゃんと見ている人はいる」
「……」
「それと、これだけは忘れないで。私は光の騎士として、絶対に闇を見捨てたりしません」
喬介は何も答えなかった。
構わずマイアは歩みを再開し、そのまますれ違う。
暫時過ぎた——その瞬間だった。
「へぇ……」
耳元で声がした気がして、喬介は咄嗟に振り向く。
だが、そこには誰もいない。
「気づいてたんだ」
今度は、少し離れた場所から聞こえた。
「……いい加減出てこい」
「やだ」
少し無邪気とも取れるような、少女の軽い声。
だが先ほどとは異なり、気配は濃い。
「やっぱり面白いね、きみ」
影が、僅かに動く。
「他のみんな、ワタシに気づく人、ほとんどいない」
「……そうなのか。俺には隠しきれていないようだが」
「ふふっ」
辺りに笑い声だけが静かに残る。
「それでいいよ」
姿は最後まで見えなかった。
ただ、気配だけが——消えた。
一夜が過ぎ、明朝。アーシェラへの、プリウスの魔石調査に関する報告の時が訪れる。
——謁見の間。
喬介、各魔騎士隊長らが集結。ティアナが代表して、女王への任務報告をする。
プリウスの魔石に関しては、昨日の喬介との会話の内容と同様。
そしてレイズたちが、老魔術士を尋問して得られた情報はこうだ。
遺跡に現れた謎の黒い集団。その詳細については判明できなんだが、魔族ヴェロッサの言っていた、魔族を崇拝する者たちと関連があるのは明白。
理由としては、奴らも同じくしてプリウスの魔石に関する調査をしていたということ。そこで、遺跡にある石板からの情報を得ようとしていたが、それを嗅ぎまわるエルグランドの魔騎士隊を排除すべく、殺し屋が放たれたからだ。
更には、別枠でも魔石の捜索は進行しており、そのひとつは既に手に入れられているとのことだった。
「……なるほど」
アーシェラ女王は静かに頷いた。
ティアナは続ける。
「4つのプリウスの魔石の在り処についてですが、それぞれ火、水、風、地の属性を宿しており、それらは全て、該当の属性に因んだ場所にあるとされています。そこで、私が目星を付けている場所は次の通り——」
水の魔石は、アルファード領にある流水の洞窟。風は我が国にある風の谷。地も同領内の大地の神殿。そして火は、エリシオン領に点在する火山のどこか。
「アルファードか……」
アーシェラはそう零すと、何か思い当たる節があるような表情をし、突然喬介へと視線を移した。
「喬介。貴方の仲間である3人も、この世界へ来ていると言ったな?」
「あぁ。俺の妹の波美。その幼馴染の兄弟、陸徒と空也だ」
「彼らの居所だが、おそらくアルファードだろう」
アーシェラは語る。
エルグランドには喬介のみであることは確認済。では他の2国についてだが、エリシオンにはいないと踏んだのは、先日現地にて開催された騎士団会議があったからだ。
出席していた魔騎士隊から、各隊長らは先行で帰国、ベイオスの元へ急行していたが、他の騎士たちはしばらくエリシオンに残留していた。そこでは、見知らぬ格好をした3人など見かけず、情報も一切入ってこなかったとのこと。
となれば残るはアルファード、という推測が自ずとされることになる。
「波美……アルファードにいるのか」
「行きたいか?」
「いや。いずれ会えると思っている」
「ほぅ」
喬介の返答に、アーシェラは些か晴れたような表情をし、更に話を加えていった。
「これは私の推測から導き出した仮説にすぎないが、すでに手に入れられたプリウスの魔石は、アルファードにあるものだろう。そして——」
アーシェラが一度言葉を止める。緊張が辺りを漂う。
「——喬介の仲間3人が、それに関わっていると思われる」
衝撃が走った。さすがの喬介も、これには目を大きく開いている。
アーシェラの推測の続きはこうだ。
プリウスの魔石を集めることで魔族が復活する。これは今回の調査で明らかになったことだ。
では、この事実を利用し、嘘の情報を流して第三者に魔石を集めさせる目的となればどうだろう。
「その鍵を握っているのが、ゲートクリスタル」
その言葉にティアナが反応を示す。
「ゲートクリスタルって、確かアルファード領にある塔、スカイラインの最上階に安置されているという……」
「そうだ。ゲートクリスタルは、この世界と喬介たちの世界を繋げるもの。彼らが転移してきたのも、それが原因と考えられる」
「なるほど。で、ですが、それとアルファードにあるプリウスの魔石と何が関係して——」
「ティアナ。もう少し落ち着いて考えなさい。貴女ならわかるはずだ」
アーシェラに諭されると、ティアナは深呼吸をして頭の中を整理する。
そして己の知識をフル稼働させては、答えへの導きを語りだした。
「確か、ゲートクリスタルは世界にふたつとない、特別な水晶でできている。けど例外として、同じもので作られた4つの石が存在する。それが、プリウスの——」
ティアナは言葉を止め、雷に打たれたような顔を見せる。
「さすがだ。わかったようね」
アーシェラは小さく頷いた。
「なぁ、さっきから何を話しているのか、俺にはさっぱりだ」
「ま、お前のその小さな脳みそではわかるまい」
「んだと、てめぇ!」
「あなたたち、喧嘩なら他所でやって」
(んもう、みんな静かに聞こうよ。また怒られちゃうよ)
「はっはっは。やっぱこいつら面白れぇな」
「……喬介、あなたはわかっているでしょう」
「……ふふっ」
傍らから魔騎士隊長たちの騒ぎ声が聞こえてくるが、それを無視して喬介が口を開く。
「つまり、魔族の言っていた”クリスタルより復活を遂げる”というのは、ゲートクリスタルのことを指し、プリウスの魔石を使って、そのクリスタルに何かを施すのが、魔族復活の手順となるわけか」
「そうよ。話を戻すけど、その情報を——」
「プリウスの魔石を集めて、ゲートクリスタルの元へ。さすれば元の世界に帰れるという嘘の情報を流す」
「アルファードが3人に協力して、魔石の捜索にあたるはず」
騒めきと驚愕、沈黙。様々な感情が入り混じった、不穏な空気が支配する。
始めは荒唐無稽に思える話であったが、推測が混ざるとはいえ、こうも上手く話が繋がると、妙な説得力がある。
更には陸徒たちがこの件に関わっている。もとい、巻き込まれていると言ったほうが正しいか。
喬介の中に、一抹の不安が過る。
一方で、アーシェラが指をあごに当てながら、何かを考察していた。
(アルファードが協力しているとはいえ、表向きにはこの件が明るみにならないよう、隠密に動いているはず。となれば、協力者にクレスタが抜擢されるはず)
直後アーシェラは精悍な顔つきで姿勢を正した。
「今後の指針と命令を言い渡す」
一同に緊張が戻る。
「魔騎士隊のレイズとブラディ、ヴァーソは城の護衛に当たれ。ヨルムとルキノは諜報活動を頼む。ティアナは引き続き情報の解析。シーマとマイアは、私が不在の間の内政を手伝ってほしい」
「不在? と、いうことはまさかアーシェラ様?」
「あぁ。プリウスの魔石の捜索には私自ら出る。今は言えないが、私でなければならない理由があってな。そして、喬介」
「……なんだ?」
「貴方も、私と同行しなさい」
一斉に驚愕を示す。
しかし、アーシェラの、未来を見据えたような毅然とした態度に、誰も異論を唱えることはなかった。無論、喬介も。
「最初の目的地は、ここから最も近い”風の谷”だ」
ここから――物語は、再び交わる。




