或る埋葬者の独白
ふむぅ、なるほど。
つまり貴女は、火葬後に骨を砕き、凡そ人としての痕跡を消し去る行為を冒涜的と考えているのですな。
それを行う私も、非道であると。
理解はできますよ。貴女のような考えもよく分かる。感覚的にも共感し易く、何より分かりやすいのが素晴らしい。
ああ、申し訳ない。ちょっとこの、大腿骨が頑なでしてな。話にかまけて手が疎かになるようでは、それこそ死者への冒涜となりますよ。貴女には容認し難いかもしれないが、どうか手を止めさせないでいただきたい。
……ありがとう。貴女の理性と尊重に敬意を表したい。
感謝申し上げる。
皮肉などでは断じてありませんよ。私はね、他の連中ほど貴女を煙たく思ってない。
貴女は一つ誤解をしている。それだけを、ただ無念に思うばかりでしてな。
失礼、少しそれを……ああ、ありがとう。こうしないと骨粉が飛んでしまいましてね。
そうそう、貴女の誤解を解こうというのでした。
貴女は生きていた者への敬意がないと仰るが、我々はむしろ、生きていた者と、生そのものへの敬意から行っているのです。
優しく、慈しみを持つ貴女に尋ねたい。人はいつ人でなくなると思われますかな。
死を迎えれば、直ちに“人”を失いますか。違うでしょう。
ここは様々な考えが持たれるものですがね、我々にとって人は、凡そ人として識別できる程度に形を保っている限りは人であり続けるのです。
死して後、肉が消え、軟い場所を失い、こうして頑なな骨のみになろうとも、これは人なのです。これは理解いただけますかな。
いやいや、これは失礼を。歳を取るとどうにも話が長くなっていけませんな。こうして耳を傾けてくださる、貴女の善良さにかまけてしまいました。
さて、骨が残ろうと人であるのは良いとしまして、それでは骨はいつまで形を保つか。これは環境によりますが、場合によっては数百年を数えて尚、この方は人であり続けるのですよ。
それはつまり、人としての期間のほとんどを、この方は死者として存在することを意味するのです。“生きること”を至高の期間と定める我々としては、このような生の希釈こそ容認し難い。
我々は生を軽んじない。
人の本質は死ではないと信仰しているのです。
故に、私は……我々は、死者にいち早い“人としての終”を齎すのですよ。この方の本質が、死に侵襲されることの無きように。そんな祈りを込めて、最大限の敬意より、こうして生きる我々が最期を手向けているのです。
さ、完成しました。
ふぅぅ…………失礼、老体には堪えますなぁ。
……友人でした。彼への最後の務めをやり切れた。
彼の存在した期間において、死者であった期間は一瞬です。誰も、彼の本質が、快活で周囲を明るく照らした期間であることを疑わぬでしょう。
私はね、御嬢さん。あの、死を本質とする教主さんを否定するものではありませんよ。
ただ、このような人間がいる。このような敬意があるのだということだけは、……それだけはご理解いただきたかった。
……ええ、相容れない蛮行に見えたでしょうな。にも拘わらず見届けてくださってありがとう。
貴方にも、良き生のあらんことを。




