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僕の麗しき箱庭  作者: まくのゆうき


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スタンプとインクと紙

こうして角材に反転させた文字を彫り終えた僕は、横に長くなってしまったこの状態では持ちにくく、うまく押せない気がしたので持ち手を付けてみようと考えた。

僕は彫るのに向かない角材の中から指でつまめる高さのあるものを選んで掴みやすい大きさの持ち手を作った。

それをスタンプの上部にくっつけて押しやすくしたいと思ったのだ。

それをずっと強度を試してみたかった手作りの糊でそれをくっつけてみることに決めた。

この世界、接着剤のようなものは存在していないらしく、工房でもそれらしいものを使っているのを見たことはなかった。

もちろん倉庫にもそのような備品はない。

だから存在していないのかもしれないと思ったのだ。

ちなみに書類などは、紙に紐を付けて丸めたものを蝋で留めたりしているので封書みたいな扱いにはならない。

ろうそくならばうちにもあるのだが、さすがに蝋でくっつけた持ち手で木材は持ち上がらない。

よほど分厚くすれば別だろうがおそらく蝋が先に割れて剥がれてしまう。

実はイモを煮つめて作ったデンプン糊をどこかで試してみたいと思っていたのだ。

イモと言っても普段家の食卓に並ぶようなものではない。

森に自生しているヤマイモの実のようなものを見つけたので、それをつぶしてひたすら煮込んで作り上げたものだ。

もしこれが本当に糊としての役目を果たすものならば、建物を支えるようなものを作る際に使うことはできないが、消耗品を作るくらいなら問題ないはずだ。

試作品のスタンプならば、くっつけたところが剥がれたらとめ直せばいいだけだし、建物と違い、木材同士が剥がれてきてもそれが倒れてきて怪我をしたり、命に関わったりはしない。

角材同士、くっつける面にべったりのりを付けるので、ある程度でこぼこになっていてもたっぷり塗ってしっかり乾かせば固定されるだろう。

もしダメなら少しでこぼこをつけて、そこに糊を付けてはめ込めば糊のついている面積が増えるので外れにくくなるかもしれない。

取り合えず今は平面同士を接着しているが、この持ち手と糊が、スタンプの重さに耐えられるのかどうかも今回の試作ポイントだ。



僕は一つのスタンプを完成させたところで大切なことに気がついた。

紙とインクを手に入れないと試すことができないのだ。

これではこのスタンプが本当に正しい文字になっているかを確認することができない。

そもそも僕は紙もインクも手に入れる方法を知らない。

今まで仕事をこなしていた弟子が減っているところ、自分のことで手を煩わせるなんてとすごく悩んだけど、ここまでやって引く気にはなれなかったので、僕は申し訳ないと思いながらも親方に相談してみることにした。


「親方、ちょっと相談したいことがあるんです」

「何だ?また何かされたのか?」


僕が恐る恐る切り出したせいか、親方は今度は兄弟子から僕が直接何かされたのではないかと心配してくれた。

僕の中の申し訳なさが倍増したが、けれどももう口に出したことだから後には引けない。

せめて用件を早く伝えようと内容を切り出すことにした。


「いいえ、そうじゃないんです。実は欲しいものがあるんですけど、どうやって入手すればいいのかわからないので教えてほしいんです」

「ああ、そういう相談か。わかるもんだったら教えられると思うが、何だ?」

「紙とインクです」

「……紙とインク?何に使うんだ?」


親方からすれば意外な要望だったのだろう。

工房で使うような道具で欲しいものがあるというわけでもなく、何かを作ってほしいというわけでもない。

工房では使用頻度の低いものであろう事務用品を欲しいと言ったのだ。

驚かれても仕方がない。

でもここで教えてもらうことができなければ先に進まない。

とりあえず事情を聞かれたので、僕は個人的に使いたいから自分で買いたいと言うことにした。


「僕の趣味みたいなものなんですけど、この間もらった端材とインクと紙を使って試してみたいことがあって、そのために必要なんです。紙とインクが高いのは知ってます。だから、僕の給料で買えるようなものがないかと思って相談したかったんですけど……」


僕がそう説明すると親方は、うーんと唸りながら何かを考え始めた。

おそらく僕の給料で買えるというところがネックになっているのだろう。

できるだけ安くと言いかえればいいのかと思ったが、一番安いものでもすぐには変えないと言われては意味がない。

だから僕はおとなしく、親方の唸り声を聞きながら答えが出るのを待った。

しばらくして親方は頭をガシガシと掻きながら言った。


「インクは買える値段だと思うが、紙はなぁ、なかなか手に入らないし高額だ。工房で買ってもお前の給料で言うなら一枚で半月分の給料が飛んでいくな」


やはりインクより紙が高い。

というか、一枚で半月分の給料と言われてしまった。

両親は僕の給料を当てにして生活はしていないが、僕が給料を入れると喜んでくれる。

両親には全額渡しているわけではなく、一部を家賃のような感じで渡しているのだがそれでもかなり家計の足しにはなっているそうだ。

両親はそのお金をできるだけ残しながらも、僕の給料日にはおかずを一つ追加してくれたりして気持ち贅沢にしてくれているし、先日は貯めたお金で父親の狩りの道具を買い替えることができたのだという。

両親は無駄遣いもしないで僕を育ててくれたし、僕が渡したおかねだって生活や家族のために使ってくれているのに、僕が自分のために大金を使うのは忍びない。

ちなみに僕の手元に残しているお金のほとんどは、今後のために基本貯金しているが、今回のスタンプ試作用の紙のために貯金を減らすのは違うと思った。

要は試せればいいのだからと僕は思いついたことをダメ元で親方に尋ねた。


「そうですか……。ちなみに書き損じた紙なんて残っていたりしないですよね……」

「書き損じ?そんなもん取っておいても使いみちがないからなぁ。それにそっちを間違って相手に渡しちまったら困るからそうならないようにバツとか書いちまってるんだが……。もし今度そういう紙があったら取っておいてやってもいいが……」

「はい!お願いします!」


スタンプを試すのなら裏紙で充分だ。

だから表が書き損じていても問題ない。

表にスペースがあるなら使える面が増えて嬉しいというくらいの認識だ。

しかし残念ながら裏紙というのは残っていないらしい。

もしかしたらここでは裏紙でメモをとったり試し書きをするという概念はないのかもしれない。

よく考えれば、そもそも文字を書ける人が少ないのだからメモという概念はなさそうだ。

一方でインクは比較的早く手に入れられそうだ。

それならば紙の代わりになるものを用意して、インクを付けて押してみるしかない。

とりあえず木の葉を並べて試しに押してみて、誤字脱字がないかを確認する作業をしてみようと僕は今後の方針を定めたのだった。

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