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桜幻戯  作者: 篁頼征
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狐宴

「桜吉さん、桜吉さん」

 八つの頃だったか。どっかから可愛らしい声が聞こえてよ。振り返ったら吃驚したのなんのって。豆腐小僧が紅葉豆腐の皿を持ったまま、左の小脇に棕櫚箒を抱えて勝手口のあたりに突っ立ってたもんだから。

「狐兵衛さんからの、お知らせか何かだと思うので若旦那に…」

 良く見ると、棕櫚箒の後ろに、ふよんふよんと浮いてるものがあったんだよな。

 いつだったか、若旦那のお伴をして狐兵衛さんのところから夜に帰ってきた時に借りた灯りに似てるって思ってよ。

「豆腐小僧も棕櫚箒も良く知らせてくれて、ありがとうよ。今、若旦那に話して来るから、そこでちいと待っててくれるか?」

 豆腐小僧はともかく、棕櫚箒はどこが頭か判らねえんだけどよ。左手で豆腐小僧の、右手で棕櫚箒の柄の上あたりをそっと撫でて、それから若旦那を呼びに行ったんだよな。

「失礼しやす、旦那。今宜しゅうござんすか」

 この時間は多分河太郎さんと話していなすったから、邪魔にはならねぇと思ったんだけどよ。話してるところに割り込むのは無粋にしても、河太郎さんも狐兵衛さんとは懇意にしていなさるから、迷惑とまではならねぇよな。

「桜吉かい。どうかしたのかい」

 そっと障子が開けられてよ。いや、そこまではいいんだけどよ。なんでおいらに流し目をくれるのかねぇ。小町娘が袖を噛みそうな婀娜っぽさでよ。

「狐火らしきものが町に漂ってたらしくて、豆腐小僧と棕櫚箒が届けてくれたんでさ。以前、狐兵衛さんのところからお借りしたあの灯りに良く似た…」

「ああ、狐火かい。なら、狐兵衛さんからかも知れないね。今どこに?」

「勝手口に来てくれたんで、そこで待たせておりやす。棕櫚箒はともかく、豆腐小僧もおりやしたんで」

 棕櫚箒は五平さんの助けになるようにって長屋にいるようになって久しいけどよ、元はこの佐倉屋に居た箒だから中に入れちまってもいいんだけどよ。豆腐小僧はちげえからなぁ。こういう決め事はきっちり守れって五平さんのしっかり叩き込まれたおいらとしては、そういう扱いをちゃんとしなきゃなんねえって思うんだよな。

「豆腐小僧ならまあ中に入れても良いとは思うが、流石に五平に仕込まれたね、桜吉」

 そこでなんで呆れたような、感心したような顔をなさっておいでの若旦那も五平さんにはきっちり色々仕込まれたらしいけどよ。

「旦那の許しがあるなら、次からは中へ入れやす。とりあえず往来にそのままにするわけにはいきやせんから、勝手口すぐのところに待たせやしたけど。こちらへ連れて来やすか?」

「そうだね、河太郎さんもおいでなのだし、豆腐小僧や棕櫚箒なら良いだろう。連れておいで」




 棕櫚箒がどうやってか連れてきた狐火を若旦那がそっと指で突いたんだけどよ。

「久しいね。今日は星が綺麗に流れる夜だから、どうかな」

 いきなり狐兵衛さんの声が聞こえて、狐火がふわんと消えちまった。

「これは便利だねぇ。誰かをお使いに出さなくても済む」

 いや、それ受け取る方が大変でさ。っておいらは思ったんだけどよ。棕櫚箒と豆腐小僧が居なかったらちゃんと佐倉屋まで狐火が辿りつけたか、あやしいもんだよな。

「旦那、星が流れるってなんですかい?」

 月が綺麗だから呑むっていう呑兵衛が居るのは知ってるけどよ。星が流れるから呑むっていうのは初めて聞いたんだよな。

 そもそも、星ってやつは夜空にきらきらって光ってるあれだよな? あれが流れるってどういうことなのかねぇ?

「ああ、まだ桜吉は見たことがなかったね。では、今宵は少し早めに狐兵衛さんのところへ行こうか」

「え、旦那。まだ八つ過ぎたばかりで…」

 夜の宴にはちいとばかり早すぎるとおいらは思うんだけどよ。

「なに、途中で狐兵衛さんへの手土産を見繕ったりするからね。良い酒と良い肴はあればあるだけ先方も喜ぶだろうさ」

 畳についた指が花魁見てえに白くて綺麗なんだけどよ。まあでも御呼ばれして手ぶらで行くのもちいと、なぁ。

「そういや、そろそろ柚子が旬と伺いやした」

「ほぉ? 誰にだい?」

「五平さんの長屋の、お久さんでさ」

「ああ、そういえば桜吉は長屋で人気だそうだね」

 にんき?っていうのかねぇ。あれは。

「? 良くわからねえですが、良くして頂いてやす」

「柚子蕎麦の旨い店も教えて貰ったかい」

「へえ。五平さんの長屋から近けえ、近江屋と」

「それはそれは。うん、また色々教えて貰うといいよ。そうだ、折角だからその柚子蕎麦を手土産にしようか」

 いやに上機嫌な笑顔だったんだけどよ。何かいいことでもあったのかねぇ。




「狐兵衛さん、お招きありがとうございやす。これは手土産で」

 だんなのお伴をして狐兵衛さんのところへ着いたのが、七つを過ぎたあたりだったかねぇ。まだ明るいくらいの頃だったんだけどよ。六つになるともうとっぷり暗くなっているから、まあ七つでもいいのかも知れねえなぁとは思ったさ。

「狐兵衛さん、お知らせありがとう。狐火にあんな使い方があるとは初めて知りましたよ」

 おいらから蕎麦を受け取った狐兵衛さんは若旦那ににっこり笑ってたんだけどよ。

「昼間にふっと思いついてね。うちにはお使いしてくれるのがいないものだから」

 なるほど、と頷いていなさる。まあ確かに小狐たちはいなさるけど、下手に江戸の町中をうろちょろしてたら人に捕まっちまいそうだよな。

「星が流れるのはもう少しあとだろうけど…、五つくらいか」

「狐兵衛さん、星って流れるものなんですかい? あの夜空に光ってる…」

 おいらは光ってる星はちょっとずつ動くもんだって聞いてはいるけどよ、流れるってのは知らなかったんだよな。

「ああ、桜のは初めて見るんだね。そう、流れるんだよ。時々はそれこそ火の玉みたいな大きなのが流れて、地面にどでかい穴をあけちまうこともあって」

「どでかい穴? ですかい?」

「そう、人が何人も埋まっちまいそうな、どでかいやつが流れて落ちて来たこともあるそうだよ」

「へええ!」

 そんなどでかいのが流れてくるかどうかは判らねえけどよ。




 五つを過ぎたころ、参宿のあたりが漸く見えるようになって来たんだよな。

「そら、あれが星流れ、よばい星だよ」

 いきなりとんでもねえ言葉が聞こえてきた気がするんだけどよ?!

「まあここらではあまり夜這いなどはしない…、いや、そうでもないか」

「もう少し田舎の方がそういうのは多いかも知れないね」

 若旦那までそんなことを言いなさるんで、おいらは本当に言葉に詰まったんだけどよ。まあ、十五にもなれば連れ合いを持つやつも出てくるとは聞くけど、おいらはとりあえず佐倉屋で一人前になることと、若旦那に恩返しをすることが一番大事だからなぁ。

 でもそんなことより、時折ふっと現れて、刷いたようにすっと流れていく星が見えて、おいらは吃驚したんだよな。

 音もなく、静かにそっと。それがとてつもなく綺麗だなぁって思ったんでい。見惚れて、思わず言葉も出なくなっちまったくれえに。

 ぼーっと見惚れてたら、いつのまにか狐兵衛さんと若旦那の酒宴は終わって、しかも片づけまで終わっててよ。「桜吉、帰るよ」って若旦那に促されるまで、おいらは見入ってたらしいんだけどよ。

 狐兵衛さんに化かされたわけ、じゃねえよな? って思ったんだよな。

極大日に流星群が見られなくて残念だったので、桜吉くんに代わりに見てもらいました。

副題迷ったんですが、流石に桜吉くん十三なので、、、文句は狐兵衛さんにお願いします。

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