7.伸ばした手は
「そのような事が。殿下にお怪我が無くて何よりですな」
ヘスオバルの居室。セイラとレキさんが宰相にも報告すると言うので、一応関係者として俺も付いて来た。
返り血を拭っても、ピリピリと張り詰めた緊張感を纏っているレキさんから報告を受けても、ヘスオバルは少し驚いただけで平然としているように見える。
「偽造された指令書を見せて頂いても? ……おお、これは。確かに、私にも偽物とは見抜けませぬ。流石は召喚勇者様ですな」
指令書が偽造された事よりも、俺が見抜けた事の方が驚きという風にも聞こえる。
いや、この人――こいつに限っては、もう怪しいとかそういう話ではないな。
実は、まだ友人たちにも教えていないのだけれど、また鑑定の魔眼で見られる情報が増えていた。
項目自体ではなく、二行目、例えば俺であれば≪召喚勇者≫、セイラであれば≪ラドセニア王女≫といった所属、属性とでも呼ぶべき部分だ。
宰相ヘスオバルを見れば、≪ラドセニア王国宰相≫と表記されているが、ここにさらに注目しようと意識すると――
≪ラドセニア王国宰相 ラスター伯爵領領主 奸臣≫
という具合に、レベルなどの情報に被さって属性の情報が増えるようになっていた。
ちなみにこれをレキさんに使うと≪ラドセニア王国近衛兵 忠臣 絶壁≫という感じだし、セイラに使うと≪ユーゴの友人≫というものが表示されるので、少し気恥ずかしい。
場合によっては相手の気持ちも分かってしまうというのは、あまり良くないかもしれない。親しい人への使用は控えようかな……。
話を戻して、宰相ヘスオバルの『奸臣』だ。抽象的だが、悪い奴、ということだろうか。
セイラの例を考えると、俺から見た関係性もこの≪属性≫には影響を与えている気がするから、俺と友好関係のある“今のラドセニア王国”に対する≪奸臣≫じゃないかと思う。
そう思うのだけど、限りなく黒に近いグレーというか。証拠は無いので訴える事も出来ない。
鑑定しかない俺だけど、せめてこいつに注意しよう、などと思っていたのだけれど――
「ユーゴ殿。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
セイラとレキさんが退室する中、何故か俺だけが呼び止められた。特に拒否する理由もないので、セイラさんたちに別れを告げてヘスオバルの部屋に残る。
◇
今回の件で鑑定の魔眼に興味を持たれたのかと警戒していたのだけれど、聞かれる内容はあたりさわりない内容に留まり、何のために呼び止められたのかと疑問に思っていると、ドアをノックする音が響いた。
「ヘスオバル様。コーシロー様がお見えです」
「通せ」
何で公志郎が?
ヘスオバルに戸惑っている様子はなく、予定通りの来室なのだろうか?
部屋の入口に佇む公志郎は無表情を装っているように見える。何かに怒ってるのだろか。
「コーシロー殿。偽造の件は既に聞いていらっしゃいますかな?」
「はい。先ほどセイラ姫から。優吾、君が気付いたんだそうだな?」
「う、うん。そうだけど……」
公志郎の怒りは俺に向いてる? 何で?
「鑑定は誰かに頼まれてやったのか?」
「いや、偶然持ってるのが見えちゃって……」
一体何なんだ。
「ユーゴ殿。公志郎殿はこう危惧しておられるのです。『常に何かを鑑定しているのか』と」
「まあ、見えてしまうものですし……」
一応見ないようにコントロールは出来るけれど、『見た』としてもデメリットが無いのだから特に気にしていないんだよな。
「そして、その見えるモノは本当に私たちの知る鑑定と同じモノなのか」
「はあ。どうなんでしょうね」
属性が見られるようになったのバレてる?
いや、カマを掛けられただけか? 冷静に、冷静に……。
「まさか本当にそうなのですか?」
冷静に――
「貴方には、人の心が見えているのではありませんか?」
「ち、違いますよ!」
冷静になれるか!
そんなに良い能力なら、こんなに≪適性・鑑定士≫を嘆いていない。そう思っているのだけれど、最近見えるようになった≪属性≫の事が頭に引っかかった。
完全否定も出来ないような……。
「私どもの鑑定では、貴方の言う≪スキル≫というものが見えないのですよ。神が召喚勇者に与えたもう力であるならば、たかが鑑定の魔眼などではないではないですかな?」
そのたかが鑑定のスキルで頑張っているんだよ俺は。
「心が読めるからこそ、自害した伝令兵の企みに気付き、指令書が偽物であることを知ることが出来たのでは?」
「そんなわけがないでしょう! 自分が後ろめたいことがあるからって、人が全てそうだと思わないでください!」
「ほう?」
「あ……」
余計な事言っちゃった。
「やはり心を読む魔眼か! 衛兵! この者を捕らえよ!」
「な!? 違うって言ってるでしょ!?」
ドカドカと開きっぱなしだった扉から兵士たちが入ってくる。そういえば、公志郎は何でずっとそこにいるんだ!?
兵士を止めるでもなく、佇む公志郎と目が合った。
勿論心なんて読めるわけもない。
兵士たちに押さえ付けられた俺は、必死に幼馴染に向かって手を伸ばした。
だけど、公志郎は手を取ることも言葉を発することもなく――目を逸らした。
「なんで……」
兵士に引っ張られるままなった俺が最後に見たのは、おぞましい微笑みを浮かべるヘスオバルと、歯を噛み締めて虚空を見つめる公志郎の横顔だった。