6.謀略の足音
ラドセニア王国宰相ヘスオバル・ラスター伯爵の第一印象は、『優しそうなおじさん』だった。
レベルこそ20とそこそこ高いのだけど、『適性・商人』のためか細身で威圧感が無く、飾りの少ない質素な衣服は嫌味が無く、貴族だなんだとは無縁だった日本人である俺たちが打ち解けやすい雰囲気を作っているように見える。
事前にセイラから要注意人物だと忠告を受けていなければ、俺なんかはあっさり懐柔されていたかもしれない。
そんなヘスオバルの来訪の目的は、『セイラ王女と召喚勇者たちの凱旋の護衛』だそうだ。
だが、王国で一番忙しい立場とも言える宰相が、わざわざ兵を率いてやってくる事ではないだろう。狙いは別にある。
護衛の兵士たちの疲労を取るため、と神殿に逗留しているヘスオバルは、事ある毎に俺たちと交流を持とうとする。
宰相としては王都に招こうという勇者たちがどういう人間か気になるだろう、と仮にも衣食住を賄ってくれている王国の偉い人なだけに無下に出来ず、何度となく面談の時間が設けられている。
こればかりはセイラが俺たちと打ち解けている、というだけではどうにもならないようだ。
その半強制的な面談の席で、開口一番で三山さんに「息子の嫁に来ないか」と口説いたので、公志郎のヘスオバルへの不信感がかなり高まっている。
文化の違いなのか、彼個人の人間性に問題があるのか。
セイラや三山さんが公志郎を宥めるのを眺めながら、俺は益体もなくそんなことを考えていた。
どうにも醒めた気分なのは、ヘスオバルの俺に対する態度があまりにも明け透けなためだったからだ。
事前に報告で俺が鑑定士だと聞いていたのだろう。
明らかに他の四人よりも面談の時間が短く、聞かれる内容も当たり障りの無い事ばかりだった。
他の四人、特に貴重な適性らしい≪聖騎士≫の公志郎と召喚勇者紅一点の三山さんは根掘り葉掘り、随分と内面にまで踏み込んだ事を尋ねられているようだ。
俺も二人と幼馴染である事、その事実をヘスオバルが知った時だけは面談が長かった。
すぐに用が無くなったのか、元の長さに戻ったけれども。
他の召喚勇者四人には、趣味嗜好や将来の事など色々聞いて、要望があれば叶えるという約束までしているようだ。懐柔策の一環なのだろうとは思うのだけれど、それが王国の思惑なのか、ヘスオバル個人の思惑なのか、と穿った考えを持ってしまっているのは、どうも俺だけらしい。
俺以外の四人に不満を抱かせないのは、やり手の証拠だろうか。俺が抱いているのも、不満というよりも不信感だろうか。
◇
護衛兵士の慰労という名目の、宰相ヘスオバルによる勇者調査期間の期限が迫った頃、一つ奇妙な事件が起きた。
その日、妙に神殿の兵士たちが騒ついている気がたので、訓練担当のゴランに尋ねてみた。
すると、王都から単身、早馬に乗って伝令兵がやって来たのだという。
それだけならば、先の宰相ヘスオバル襲来の伝令兵のようによくある話なのだが、その伝令の内容に問題があるようだ。
『近衛兵レキは王女の護衛任務を宰相ヘスオバルに引き継ぎ、先任の護衛と共に遺跡神殿の警備を命ずる。任期は後任が到着するまでとする』
といった内容の国王付けの指令書が届いたのだ。
これの何がおかしいのか。一つは遺跡神殿は人里離れた山中にあり、その立地が表すように王国としても重要視していないのだそうだ。勇者召喚魔法陣はどうせ神託が無ければ扱えないし、その構造自体は複雑なものではないのだという。今回は遺跡神殿の物がまだ機能していたので流用しているけど、「無ければ無いでより都合の良い場所に新たな勇者召喚魔法陣を作るだけでした」、というのがセイラ先生の解説だ。
次に、王国でも最高峰のレベル帯のレキさんを護衛から外すのであれば、最初から連れてくる意味がない。現に宰相ヘスオバルの連れてきた護衛に40に届いている兵士はいないし、エリート部隊の近衛兵もいないようだ。
「わざわざ宰相が迎えに来るってのも、何か変なんだよなあ」
ぼやくゴランの言葉が気にかかり、俺はその指令書について話し合っているセイラたちに視線を向けた。
その時、本当に偶然に。
その指令書が目に入ってしまったのだ。
「あれ、偽物じゃん」
思わず口に出してしまった一言は、騒めきの合間を縫って、妙にハッキリと響いてしまった。
耳に届いてしまったのか、セイラさんたちの前にいた伝令の兵士は俺を睨み付け、珍しくレキさんが驚きに目を見張って俺を振り返っている。
「き、貴様! 何を寝惚けた事を! 尊い方々の書を鑑定したとでも言うのか!?」
「落ち着け。――ユーゴ、今君は、コレが偽物と言ったか?」
「ユーゴさん、何か見えたのですか?」
何事かに憤慨する伝令兵を制止した主従が俺に近寄り、指令書を差し出す。
ラドセニア王国の公用語は勉強中の俺にはサッパリ読めないのだけど、ハッキリと≪ラドセニア王指令書(偽造)≫と鑑定の魔眼が教えてくれている。
「うん。偽造って書いてあるね」
俺が見たままに伝えた、途端。
「――貴様っ!? 動くな!」
「きゃ!?」
指令書を携えてきた伝令兵はナイフを取り出すと、自身の喉に突き立て、爆発させた。
魔道具のナイフだったのだろう。血煙を上げて兵士は崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
俺とセイラを庇ったレキさんは体全面を返り血に染めながら、「ユーゴ……、助かった」と小さく感謝の言葉を口にした。
俺は何故だか、初めて間近にした人の死よりも、そのレキさんの小さなお礼の方が気になってしまうのだった。
後でセイラに聞いた話なのだけど、ラドセニア王国では公文書どころか貴族の私文書まで偽造した者は極刑とされているそうだ。
そして、誰でも使える鑑定の魔法では真偽を調べる事は出来ないので、筆跡鑑定などの専門家が調べないといけないのだけど、今回の偽造書は娘のセイラでも分からないほど精巧なものだったらしい。
「レキ共々、ユーゴさんにはいくら感謝してもしきれません。ありがとうございました」というセイラの言葉に、苦々しく謝礼の言葉を口にしたレキさんの様子を思い出して、口元がにやけてしまうのを隠せなかった。
※一部文章を修正しました。




