5.セイラ先生のミドガルズ講座
セイラと打ち解けてから五日ほど経った。
その間も俺たちへの厳しい訓練は変わらなかったが、レベルは誰も上がっていない。
ゲームなどでいうところのレベルアップに必要な経験値が倍々ならば、先にレベル2になっていた三山さんと小宮ならばもうレベル3になっていてもおかしくはないのだけど、そう甘くもないらしい。
この世界で生きていくために、もっと強くなるために。
俺たちが実戦を意識し始めた、そんな頃。
「セイラ殿下!」
突然駆け込んで来た兵士に訓練の手が止まり、何事かと報告を受けるセイラに皆の視線が集中する。
予想外の事態なのか、王族として表情を取り繕う事に慣れているはずのレイラの顔に、戸惑いの色が浮かんでいるようだ。
「ええと、皆さま、よろしいでしょうか?」
報告を終えた兵士が去ると、セイラが俺たちを呼び集めた。
「王都セニアから宰相のヘスオバルがこちらへと向かっているようなのです」
「良いこと、じゃなさそうだな?」
「はい。召喚勇者の皆さんの事は、私に一任されていたはずなので……。彼の目的が分かりません」
ここ数日で流石に打ち解けたのか、公志郎とセイラのやり取りも安心して見ていられる。
「王政の宰相ならば、貴方の父親の部下なんじゃないのか?」
「残念ながら、優秀ではあっても忠心に篤いかは別問題なのです。特にヘスオバルは、勇者召喚強硬派の旗頭とも言える人でしたから――それを止める事の出来なかった私には、何も言う権利はないのかもしれませんが」
「王国情勢複雑怪奇なり、と……。それで、俺たちはどうしたらいい?」
「出来れば皆さんを関わらせたくもないのですが、相手が宰相とあってはそうもいかないでしょう。せめて……」
何事か言葉を詰まらせたセイラだったが、俺たちの顔を見渡すと、一つ小さく頷いた。
「ヘスオバルは多数の護衛を連れて来るようですので、この機会に皆さまも王都セニアへとお招きしたいと思います……近く、旅支度をお願いします」
セイラの言葉に、俺たちは初めての戦いが近づいている事を感じていた。
◇
ということがあって一日が過ぎた。そうは言ってもこの世界、日本で自動車で隣の県まで行ってきますというように気軽な旅が出来るはずもなく、安全優先で大人数で旅をする宰相のヘスオバルさんとやらは、まだ数日は掛かるようだ。
俺たちは旅路に備えて訓練を減らして、セイラを講師にしてこの世界についての知識を深める講義を受けていた。
神殿内の一室、「それでは授業を始めます」と意気込んだセイラだったが、何故か伊達メガネを掛けていた。意味があるのかと指摘されると、「日本では講師をする人は必ず掛ける決まりなのでは……」と何だかとても残念そうにしていた。
何処のどなたが広めたデマカセか追求しないでおこう、という日本人特有の事なかれアイコンタクトを皆で交わす中、敢えて声に出して言おう。
「誰の仕業か知らないけどグッジョブ! あいたっ!?」
「ゆーくん! セイラを変な目で見ないの!」
寂しそうにメガネを弄っていたセイラを慰めるつもりで親指を立てたのだけれど、横から三山さんの激しいツッコミが入って慰める以上に驚かせてしまった。
王族然とした態度から一転、俺たちの前では年相応の顔を見せるようになっていたセイラが、慣れないメガネをしている姿は中々愛らしいと――
「すいませんごめんなさいもうしませんもう変なこと考えないからその指先の火を消して早く!」
危ない危ない。この世界では冗談も命懸けだ。
あ、レキさんが舌打ちしてる。そんなに俺が焦げる姿が見たかったんですか。
「こほん。では、始めますよ? まず、この世界の主な人種ですが――」
葛藤の末、伊達メガネを付けたままのセイラが、可愛らしく咳払いをして講義を始めた。
この世界には地球人と同じ人間の他に、ファンタジー世界でお馴染みの獣人、長命種のエルフ、小さな巨人と呼ばれるドワーフなどがいる。
次いで生物。地球にいそうな物からドラゴンなどのあり得ない物まで、様々なようだ。食用のキノコの中には足が生えて歩く物もいるらしい。……食べるの、それ?
そして魔物。全ての魔物には、魔石と呼ばれる核が存在しているらしい。見た目が犬でも、魔石があれば魔物、なければただの犬、ということらしい。
見た目では判別出来ないのなら、殺して魔石を取り出すまで分からないのかと思いきや、そうでもないらしい。
魔物は魔石から力を得ているので、普通の動物よりも明らかに強靭であったり、魔法のようなものが使えたりするそうだ。魔石すごい。
「こちらが魔石です」
セイラが取り出したのは、拳大の宝石の原石のような鈍く輝く石ころだった。
三山さんたちは「魔力を纏ってる不思議な石」などという感想を口にしているのだけれど、俺には何にも感じられないので、鑑定に頼ることにした。
『ヘルハウンドの魔石』
おお。何か強そうだぞ?
「こちらの魔石はレキが討伐してきた中型の魔獣の核だった物で、それなりに貴重な物になります」
俺が鑑定を使った事を察したのか、レイアがそう解説する。
「そしてこちらはゴブリンの物になります。安価で量が出回るので、明かりの魔道具など多くの市販品にはこのサイズの魔石が使われています」
次いでセイラが取り出したのは、消しゴムくらいの大きさの魔石だ。未だに火の魔法も明かりの魔法も扱えない俺が、夜に明るい部屋で過ごせるのは、あれのおかげらしい。
「それらを踏まえて……魔族、という種族がいます。人間を遥かに超える魔力を持ち、角が生えているそうです。そして――魔物を操る事が出来るそうです」
「魔族は人類の敵なの?」
「それが……魔族の人に魔石は無いのだそうです。なので、私たちと同じ人類、のはずなのですが……」
「セイラ?」
「いえ、申し訳ございません。我が国に限らず魔族の目撃情報は極めて少ないですし、そういう人たちがいる、とだけ覚えておいてください。次に、ラドセニア王国建国の祖、召喚勇者コージ様とその従者ゼザ様について――」
セイラ先生の授業は、夜遅くまで続いた。
今更ですが一章のタイトルを設定しました。
用語解説コーナー。
「リセマラ」
リセットマラソンの略称。目当てのアイテムが手に入らない時に、そのまま進行するのではなくリセットしてやり直した方が早い場合などにそれを行う、効率優先の何となくズルっこなやり方。同義語『リタイアマラソン』
転じて、ソーシャルゲームにて最初に無料で課金ガチャが引ける時に、激レアが出るまで何度も最初からやり直す、という行為の呼び名としても使われるようになった。
使用例
『例えハズレでも、召喚勇者にリセマラは無い』
※本文、『魔物と魔石』について修正しました。