20.ペロッ これは!?
日課のゴブリン狩りがウェアウルフ狩りに代わって数日。
ウェアウルフとの戦闘訓練の目標は無傷で汚れずに狩れること。まだまだ地を這っては土に汚れ、無事に狩れても返り血に汚れて、と上手くはいっていない。
今日も鬼教官様の小言を浴びながら、魔法で作り出した水で汚れを落としてもらう。
休憩も兼ねた日向ぼっこの後、昼食を挟んで魔王の家で魔術言語の勉強をするのがいつもの流れとなっているのだが。
今日の昼食はバスケットいっぱいにミゼさんお手製のサンドイッチだ。魔王には悪いけど、味はともかく有難味が段違いだ。
「今日のこの後の予定だが」
いつもの丘の上でバスケットを挟んで座ったミゼさんが、サンドイッチを手にそう切り出した。
「はい、なんでしょう」
ついに魔石で遊ばしてもらえるんでしょうか。
「森へ採取に行くぞ」
「へ?」
俺のマヌケ顔がよっぽど気に入らなかったのか、苛立ったようにミゼさんが眼前の村のさらに向こうの方を指差す。
「お前が来たせいで時間が取れないんだ。付き合え」
「はい」
そう言われちゃ反論のしようがない。全力でお手伝いさせて頂こう。
俺はちょっとだけ薄味なサンドイッチを飲み下して、次のお手伝いへ向けて英気を養うことにした。
いつもの修行の狩場とは違う森。そこは日本で言うところの里山とでも呼ぶべき管理された森で歩きやすく、魔物も根こそぎ狩り尽くしてあるので、子供でも安全なんだそうだ。
狩場では見かけなかった、他の魔族の村人たちもミゼさんに気さくに挨拶している。おまけで俺にも。
村には二人だけ俺より若い、幼いと言っていい子たちがいるんだけど、その子たちもこちらで遊んでいたようだ。
勿論、その子たちにも角が生えている。
形はそれぞれ違うけれど、今のところミゼさんが一番短いような。個性なのかな?
そんなことを思いながら子供たちを眺めていたら視線が合ったので、手を振ってみた。
「キャー」と可愛らしい悲鳴を上げて、パタパタと慌てて逃げて行ってしまった。
いいなー。平和だなー。修行もこっちでやりたいなー。
「…………」
などということをうっかり口にしようものなら、鬼教官様がムシケラを見るような目で無言で見つめてきなさった。
ごめんなさい、二度と甘えた事は言いません。修行ですもんね!
「そうか」
ミゼさんが肩をすくめてまた歩き出した。うーん。舌打ちが飛んで来なくなったのは、打ち解けた証と喜んでいいのだろうか。
物足りないとか思ってナイヨ。
しかし、見かける村人全員角が生えてるんだなあ。魔族の村って他の種族、いないのかな。
そのまましばらく歩き続けたミゼさんは、突然立ち止まるとおもむろにその辺りに生えている草を拾い始めた。
「ミゼさん?」
「これとかこれだ。後はお前の目で見て判断しろ」
≪ペペロ草 香辛料≫
≪辛味のある草。匂いは薄い。虫除けとしても使われる≫
≪ロット草 薬草≫
≪葉の内側に消毒効果のある成分が含まれている≫
なるほど。
他にもそれっぽいのがあったら取っておいて、後でミゼさんに確認してもらえばいいか。
では俺も、と探し始めたところで、
「ああ、そうだ。ユーゴ」
「なんです?」
「スライム草は拾うなよ」
ニヤッと父親を彷彿とさせる意地悪な笑みを浮かべるミゼさんに、うるさいよと我が物顔で生えていたスライム草を引き抜いて投げつけた。
勿論届くわけもなく、スライム草は風に乗ってヒラヒラと何処かへと舞っていくのだった。
◇
籠いっぱいに草を摘んだところでミザさんの下へと戻る。
途中、数体のグリーンスライムに出くわしたが、「問答無用で狩れ」とのお達しだったので、容赦なく成仏してもらった。
外敵を排除していることが、この森が有用な植物に溢れている理由だろうか。
とりあえず鑑定で≪薬草≫や≪香辛料≫と出た物は片っ端から摘んでいった。籠満載の成果に、ミゼさんはどう反応するだろうか。
小さな悪戯心を胸に躍らせながらミゼさんを探すと、丁度何かの草を摘み取っているミゼさんを見つけた。
ん? あれって?
「あ。ミゼさん、戻りました。それも摘むんですか?」
「おかえり。ふむ……ユーゴ。お前にはこれは何に見える?」
ミゼさんが悪戯っぽい微笑みでそう尋ね返してくる。
だが、ミゼさんが持ってるそれは、先ほどまで幾つか見かけていたので、改めて見るまでもない。
「≪ラジーの葉≫ですよね? ≪毒草≫って表示されますよ?」
「そうか」
ミゼさんがくっくっと可笑しそうに笑う。
むぅ。どういうことだ。
「ちなみに、他には何かわかるか?」
「えーと、≪服用すると痺れを起こし、過度に使用すると臓器不全を起こして死に至る≫だそうです。」
え、なにこれ怖い。ミゼさん誰か毒殺でもするの!?
「ふーん。そんな感じなのか。ユーゴ、これはな、麻酔や痛み止めとして少量だけ使うんだ」
「へえ。そうなんですか。安全じゃないから毒草扱いになるのかもしれませんね」
クルクルとラジーの葉っぱを回して解説してくれたミゼさんに感謝して頷いて、もう一度確認のためにラジーの葉を覗き見してみた。
≪ラジーの葉 毒草≫
≪服用すると痺れを起こし、少量が麻酔としても扱われるが、過度に使用すると臓器不全を起こして死に至る≫≫
ああ!? いつの間にかちょっと修正してる!? なんかずるいぞ魔眼先生!
薬草をたくさん集めてきたことをミゼさんに驚いてもらうというのも有耶無耶なままに、妙に捻くれた人間くさい鑑定の魔眼に釈然としない思いを抱えることになってしまうのだった。
用語解説コーナー
『ペロッ これは!?』
某推理漫画で主人公が床に落ちていた白い粉を舐めて麻薬と見抜いたことから。
何故主人公が味見で麻薬だと気付くことが出来たのか、などと考えてはいけない。
なお、ゲーム用語の「床ペロ」は、言葉が似ているだけで全く別の意味なので、間違えてはいけない。
使用例
『ペロッ。これは!? 毒草!?』
評価やブックマークなど、ありがとうございます。
モチベが上がって脱線度合いが増しているかもしれませんが、これからも頑張ります。
※魔族の村人の描写を若干修正。