12.魔王の魔法
一章のあらすじ
友人たちと共に異世界ミドガルズに召喚された国崎優吾。しかし≪適性・鑑定士≫という外れを引いてしまった優吾は、役立たずとして見放されてしまった。
それでも≪鑑定の魔眼≫のチートスキルで友人たちを手助けしようとしていた矢先、卑劣な宰相の手によって投獄されてしまう。
なんとか牢から逃げ出した優吾は町へと逃げたのだが、そこで出会ったのは『魔王』だった。
「HAHAHA!」というご機嫌な高笑いを上げながら、魔王ゼザは俺の手を引き摺って森の中へと分け入って行く。
ごめん、セイラ、三山さん、親父、母さん、香澄……俺はもうダメかもしれない。
レベル65という類を見ない脅威を前に、抵抗する勇気など湧きようもなく、俺は魔王のなすがままにされていた。
腕を握り潰されていないのは救いだろうか。
藁にも縋る思いなのは、鑑定の魔眼が見せた≪友好的≫の部分だ。友好的な魔王って一体なんだよ。世界の半分をくれたりするのか?
一貫して楽しそうに笑っている魔王ゼザに怯えていると、「この辺りでいいか」と唐突に立ち止まった。
散々歩いた森の中だ。こんな何もない所で一体何を?
俺が訝しんでいると、
「少し大人しくしていてくれ」
軽く広げた両手に魔力を集め始めた魔王ゼザが、穏やかな表情を変えずに俺に忠告すると、魔術言語と呼ばれる魔法を扱う専用語で朗々と詠唱を始めた。
火を起こす、明かりを灯すという初級魔法ならば、魔術言語は単語で発動する。『光れ』や『燃えろ』などだ。
中級上級と上がるにつれ、必要な魔力は多くなり、詠唱はより長く複雑になるのだそうだ。
では、今この魔王がとめどなく詠み上げる長文詠唱は一体どれほどの魔法なのか。
背筋にぞっと寒気を感じた俺に、しかし魔王ゼザは微笑みかけてきた。
「大丈夫だから、怯えなくていい。――≪指定転移≫」
魔王ゼザの足元には、見覚えのある魔法陣が広がっていた。
◇
光に包まれた眩しさに目を閉じてしまうと、次に気が付いたのは空気の匂いが違うことだ。
恐る恐る薄目を開けると、そこは森の中ではなく、どこかの平野だった。
ただ、何というか……空気の匂い、質が違うというか。湿度とかそんなレベルではなく、樹木の種類が変わっている、というか。
近くに集落が見えるけど、遺跡神殿麓の町とは違って木造家屋が散見する、街ではなく村という感じだ。
「あの、ここは? それに、今の≪指定転移≫って……?」
「うん? ああ、すまないな。あそこに見えるのが、私の住むトゥタの村だ。手を放すが、決して逃げてはいけないよ? この辺りに出る魔物は、ちょっと君では敵いそうにないからね」
宣言通り解放された俺だけど、魔王の言葉に怯えて周りを警戒してしまう。
人が集まり栄えている場所ほど、兵士や冒険者たちの手によって危険な魔物が駆逐されている。辺境に行けば行くほど、野放しになっている凶暴な魔物に出くわす可能性が増える。
魔王が住む村があるというここは、どれくらいの辺境なのだろうか。もしかしたら、ラドセニア王国ですらないのかもしれない。
怯える俺が可笑しかったのか、魔王ゼザがくつくつと笑う。
「何がおかしいんだよ……」
怒らせてはいけないと思いながらも、不機嫌を隠せそうになかった。
自分をこんな所に拉致してきたこの魔王に守ってもらうしかないという状況は、かなり酷いストレスだ。
「ああ、すまない。人間と話すのも久しぶりなものでね。詫びと言っては何だが、≪指定転移≫については教えよう」
特に申し訳なさそうというわけでもなく、楽しそうな雰囲気のままゼザは俺に最上級魔法について解説を始めた。
曰く、≪適性・魔導士≫である魔王ゼザは全ての魔法に対する適性が高いため、属性特化魔法使いの倍以上の魔力を注ぎ込む事で、ほとんど全ての最上級魔法が扱えるのだという。
指定転移は時空魔法使いである小宮は使えるようになるだろうってことだったけど、同じく≪適性・魔導士≫だった三山さんも使えるようになるのかな?
今更かもしれないけれど、あまり魔王に情報を与えるのも、と三山さんたちのことを誤魔化しながら訪ねると、魔王ゼザはどこか寂し気な表情を浮かべた。
「理屈の上では、人間の魔導士でも使えるだろうね」
「理屈の上……?」
魔王はそれ以上何も答えず軽く頭を振ると、「こっちだ」とトゥタの村の方へと歩き出してしまう。
俺は首を傾げながらも、仕方なく後を追う他になかった。
用語解説コーナー
『魔王からは逃げられない』
大人気ゲームを元ネタにした漫画作品において、ラスボスの魔王が残した名台詞。
しかし、元ネタのゲームでは中ボスなどからも逃げられないので、実は魔王かどうかは関係なかったりする。
※一部本文を修正しました。