エピローグ 愛を注がれた花は、もう枯れない
夏が来た。
公爵邸の庭は、いつの間にか白い夜花で埋め尽くされていた。
月明かりを浴びた花々が、夜風に揺れている。
まるで庭そのものが、静かな光を宿しているみたいだった。
「旦那様、一体どれほど植えるおつもりで……」
庭師でもある老執事が、呆れたようにため息をつく。
その声に、思わず笑ってしまった。
すると上の方から、低い声が落ちてくる。
「……庭が寂しければ、あの花が寂しがるだろう」
顔を上げる。
バルコニーに立つセヴェラン様と、目が合った。
「……!」
嬉しくなって、大きく手を振る。
彼は相変わらず無表情だった。
けれど――ほんの少しだけ、口元が緩む。
それだけだった。
でも、それだけで十分だった。
初夏の風が吹き抜ける。
白いフリルの裾が揺れ、花の香りが夜に溶けていく。
前の自分は、売られた花だった。
誰かのために飾られて、誰かの都合で摘まれるだけの存在。
根なんてないと思っていた。
どこにも居場所なんてないと思っていた。
好きになってしまったことが苦しかった。
この人を嫌いになれたら、どれだけ楽だっただろう。
それでも。
苦しくても、離れたくなかった。
だから、自分で選んだ。
この場所で生きていきたいと。
白い花々が揺れる庭の中で、僕はそっと目を閉じる。
もう、自分は根のない花じゃない。
ここが、帰る場所だった。
了
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
ラナとセヴェランの物語を、こうして最後まで見届けていただけたことを、とても嬉しく思っています。
この作品を書き始めた時、私の中で一つだけ強く決めていたことがありました。
どんな設定であっても、二人の感情だけは真っ直ぐに描くこと。
女性として生きる少年・ラナと、冷酷と呼ばれる公爵・セヴェラン。
決して優しい世界ではない中で、それでも二人が少しずつ惹かれ合い、愛を知っていく姿を書きたいと思っていました。
ラナの女装について、「なぜ最後までやめなかったのか」と感じた方もいるかもしれません。
けれど私は、“やめること”だけが自由ではないと思っています。
続けることも、やめることも、自分自身で選べることこそ、本当の意味での解放なのではないかと感じています。
ラナにとって白百合は、最初は生きるための仮面でした。
でも最後には、自分自身を肯定できる誇りのようなものになっていてほしい――そんな願いを込めて書いていました。
セヴェランは、書いていてとても不思議な人物でした。
冷酷で、不器用で、言葉も少ない。
それなのに、ラナを本当の意味では傷つけない人。
甘い言葉を並べるわけではないけれど、行動だけはずっと優しい。
そんな矛盾を抱えた彼を書く時間は、とても難しく、同時に愛おしいものでした。
設定だけを見るとダークロマンスですが、物語としては最後まで“純愛”を書きたかった作品でもあります。
歪な形ではあっても、二人は打算ではなく、ただ互いを大切に想っていた。
だからこそ、最後の夏の庭が、少しでも温かく感じていただけたなら嬉しいです。
「摘まれるために咲いた花が、冷酷な公爵の優しさで、愛を知った」
そんな物語でした。
もしラナとセヴェランのことを、少しでも好きになっていただけたなら、作者としてこれ以上幸せなことはありません。
改めて、本当にありがとうございました。
また別の物語でお会いできますように。
2026年5月
ひとひら




