第三十五章:涙の真相と、重い口を開くとき
約束の一時間後。
仕事帰りの戦闘服を身にまとったオリヴィアと、エネルギッシュなアスレジャースタイルのマヤが、嵐のような勢いでレストランに飛び込んできた。
「クロエ! 大丈夫!?」
「どこのどいつだ、そのクズは!」
二人の登場で、テーブルは一瞬にして「作戦司令室」と化した。
泣きじゃくるクロエを、私たちは三方向から囲み、慰め、励まし、そして――お決まりのようにワインのボトルを次々と空けていく。
クロエは、親友たちの存在に安心したのか、涙を流しながらも、驚くペースでグラスを重ねていき……気づけば、数時間後には完全にダウンして、テーブルに突っ伏してしまっていた。
その瞬間――。
レストランのドアが勢いよく開き、息を切らせた青年が店内を必死に見回す。
ユアンだ。
クロエの姿を見つけた途端、彼は顔を青ざめさせ、恐る恐るこちらへ歩み寄ってくる。
「どの面下げて来たんだ、お前は!」
マヤが椅子を蹴って立ち上がりかけたところを、オリヴィアが片手で制した。
「……ユアン。外で話しましょう」
その声は低く、冷たく、有無を言わせない。
子犬のように肩をすくめたユアンは、オリヴィアの後に従い、夜の街へ消えていった。
私とマヤは、ガラス越しに固唾を飲んで見守る。
シティの凄腕アナリストの顔に切り替わったオリヴィアが、冷静かつロジカルにユアンを詰めていくのが見える。
数分後。
オリヴィアは、呆れと安堵が入り混じった複雑な表情で店内に戻ってきた。
「……話はついたわ」
「で、どうだったのよ!?」マヤが詰め寄る。
オリヴィアは、深く、長い溜息を吐き出し――衝撃の一言を告げた。
「あのバカ……浮気じゃないわ。クロエにプロポーズするつもりだったんですって」
「「はぁ!?」」
私とマヤの声が、見事にハモる。
事情はこうだ。
ユアンは、クロエと絶対に別れたくない。プロポーズで絶対に失敗したくない。
その一心で、元カノに連絡を取り――「自分のどこがダメだったのか」「なぜ別れたのか」を、客観的に聞き出そうとしたのだ。
クロエとの未来のためだけに。
「……男って、本当に、信じられないくらい、バカね」
マヤは呆れながらも、どこか楽しそうに笑った。私も、肩をすくめるしかない。
不器用で、真っ直ぐで、そして――あまりにも誠実すぎる過ち。
ほどなくして店に戻ってきたユアンは、私たちに深々と頭を下げた。
「本当に……ご心配をおかけしました。そして、ありがとうございました」
まだ気持ちよさそうに寝息を立てるクロエを、壊れ物のようにそっと背負い、幸せそうで、それでいて少し泣きそうな顔で、夜の街へと消えていった。
嵐が去った後。
私たちは妙な疲労感に包まれ、近くの静かなバーで飲み直すことにした。
「まあ、一件落着ってことで、いいのかしらね」
「それにしても……プロポーズかぁ。クロエ、幸せになるわね」
とりとめもない、いつもの会話。
けれど――私の胸の奥では、まだ嵐が吹き荒れていた。
クロエとユアンの、不器用でも誠実な姿。
それに比べて、私は?
元カレとの約束を、親友たちに隠している。
フィリップとの、誰にも説明できない秘密の関係。
――もう、黙っているのは限界だ。
グラスの中のウイスキーを見つめ、私は意を決した。
「……実は、私にも、話さなきゃいけないことがあるの」
その一言で、オリヴィアとマヤの表情が一気に引き締まる。
私は一度、ごくりと唾を飲み込み――重く口を開いた。
「明日、ハリーと会うことになってるの」
その瞬間、バーの穏やかな空気が――ピシリ、と凍り付いた。




