50話 大浄化祭と未来への思い
兄上と姉上との小冒険の途中、獣の魔人の襲撃にあった日から、あっという間に日々が過ぎ――年に一度の、大浄化祭の日が訪れた。
父上の誕生日や、少し前にあった兄上の準成人を祝う誕生記念祭と似た、マギロード王国でもっとも重要なこの祭の日。
この日は特に、王城は厳かに大規模浄化魔法の準備が進められ、反して城下は常にない華やかなにぎわいを見せる。
そしてこの日に限っては、準成人として公式行事に参加できる十二歳に、まだなっていない王の子でも、十分な実力さえ認められていれば。
――大規模浄化魔法の展開に、参加することが出来た。
「今年も浄化魔法の展開に参加するんだろ? セス」
「はい。そのつもりですよ、始祖様」
侍女のみんなに、私が身支度を手伝ってもらう間、暇になった始祖様が問いかけてくる言葉に肯定を返す。
それこそ、公的には明かされていない事ではあるが……実はこの大浄化祭において一番重要な大浄化の儀式である、大規模浄化魔法の展開には、私も始祖様も毎年参加していた。
今年は姉上も、父上から実力を認められたため、兄上もふくめて王の子がそろって参加できるだろう。
「大浄化の儀式は夜だろ?
それまでなんかするのか?」
「……そうですね」
始祖様の素朴な問いかけに、ちらりと少し離れた位置にある、机の上へと視線を流す。
磨かれた木製の机の上には……あのフリア・ノルテッツ辺境伯令嬢から送られてきた、手紙が置かれていた。
「よーし分かった!
一人にしてやるから、ゆっくり楽しんで読むんだぞ~!!」
私の視線の先を見た始祖様は、何やら把握したようにそう一方的に告げたのち、素早く部屋から出て行ってしまう。
つられるように、私の身支度を終えた侍女のみんなも下がって行ってしまい、本当に部屋には私一人だけとなってしまった。
「私は何も、言っていないのですが……」
小さなため息と共に、思わずぽつりと呟きを零しつつも、足は机の方へと向かい、両手でそっと手紙を持ち上げて、開く。
銀縁眼鏡を指先で押し上げ、紫の瞳で読み進めたフリア嬢からの手紙は、手紙の作法である美しい言の葉の挨拶からはじまり、辺境伯領での日々が続いたのち、王立学園での再会が楽しみだ、と書かれて締めくくられていた。
「学園……そう言えば、もう後二年ほどで、通うことになるのでしたか」
呟きながら、ふと少し先の未来に思いをはせる。
血筋や地位に関係なく、マギロード王国で暮らす全ての子供たちが通う、王立学園。
前世でも、貴重な学びの場の一つであったあの場所で、今世ではどのような学びを得て、誰と出会い、どのような時間を過ごすのだろうか?
一つ確実に言える事は、手紙に書かれている通り――フリア嬢とは、再会出来るだろう、と言うこと。
偶然にも同じ年に生まれた以上、同じ年に学園に入学するのは当然であり、私とフリア嬢との学園での再会は、現時点でさえ決定的だった。
他にも、決定的なことは幾つかある。
例えば、フリア嬢の他にも、同じ年に生まれた学友たちとの出会いは、決定的なものだ。
そしてこの出会いは、もしかするといずれ……兄上や姉上のそばにいる友人たちのように、私にとっても友と呼べる者との出会いとなるかもしれない。
学びを与えてくれる教師、頼りになる戦友、新しい魔法や、知識との出会い。
これらはどれも、私にとっては決定的であり、そして少なからず、楽しみにしているものだった。
前世でも得たこれらを、今世でも学園に通う時間の中で、得ることが出来れば――そう、つい願ってしまうほどには。
つらつらと巡らせた、思考の海から意識を今へと戻し、羽ペンを取る。
真っ白な紙に書く言葉は、フリア嬢から届いた手紙への返事。
こちらも学園での再会を楽しみにしている、と言う旨を書き込んだ手紙は、問題なく辺境伯領へと届けられることだろう。
書き終わった手紙を手に、執事の誰かに送る手配を頼もうと考えながら、部屋を出る。
一瞬だけ、窓から見上げた空の色は、フリア嬢の瞳の色よりもなお濃く。
祝祭の日にふさわしい――快晴の青に彩られていた。
城下のにぎやかさを遠く耳にしながら、王城にて厳かに進められていた大浄化の儀式の準備は、今年も無事に滞りなく、静かな夜を迎える頃に整った。
王都の定められた各地の持ち場から、王城魔法使いたちがしっかりと準備が完了したことの証である魔法を撃ち上げ、儀式の開始を宣言する。
静まり返った玉座の間で、父上と兄上、それに姉上と並び、始祖様と共に魔法団長の合図を待つ。
やがて、魔法団長が手に持つ長い杖が振られると、父上たちと共に長い詠唱を紡ぎはじめた。
王都中に広がる魔力の気配を感じた刹那、玉座の間に白光の幻想的な煌きが満ちる。
「〈我らが大地に浄化の息吹を! セインアイレアース!〉」
響く魔法の名は、来年の幸福を願い、そして叶えるための祝福。
発動した大規模浄化魔法の、広がり行く白光を見つめ――また少し先の未来を想像して、微笑んだ。
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