1章ー25 セイリスル世界
エレナの記憶の世界から、無数の窓のある空間へと戻り、目まぐるしい出来事、アカツキの頭の中は玉突き事故を起こしている。唯々、先程までの光景を何故見せたか、見せる必要があったかさえ疑問抱くアカツキ。
「俺にどうして欲しい?どうしたら良い?何処に向かえば良い?俺がこの世界に来た意味がここにあるのか?」
いつの間にか辺りの景色は変わり、尿意を誘発させるほどのインクの匂い、大量の書物が天まで積み上げられ、カレナと対峙した場所にアカツキは立ち尽くす。結論ばかりを急ぎ辺りの光景が変わった事さえ気付か無い。
何度も自問自答を繰り返し、ようやく順序立てて考察しようと落ち着きだしたアカツキ。下腹部を抑え込み、尿意を我慢しながらヘレの一つ目の記憶から―――
鋼鉄の窓は外側から中を覗くために作られた小さな窓、人の温かみなど感じられなかった冷たい窓枠。その中には少女ヘレ、幽閉されている状況のようだった。一人、暗闇に閉じ込められ、不安と恐怖の中、幼いヘレは涙の後も残さず堪え、両親の迎えを待っていたに違いない。
次は窓の外側の会話、二人の兵士は女がヘレを取り戻しに来たという。ヘレを取り戻しに来たであろう女性、憶測ではあるが母親、その後のヘレの行動から関係のある人物で女性となるとそうだろう。
軍服姿の二人は、酷い殺し方、死を迎えた後も、全身を蜂の巣にされたと、見せしめとも言っていた。その後ヘレの意思なのか、見える全てを凍り付かせ暗闇へと吸い込まれていった。幼いヘレにとって母親の無残な死、絶望以上の感情を抱いたであろう。
2人の男はヘレに聞こえるよう、女性の最期をヘレに聞かせていた。気になるのは二人の男の装いはえらく近代的と言うことだ。今、アカツキのいる世界では見たことは無い、言うなれば暁として居た、元の世界の軍服だ。
暁として居た元の世界、そこでは好んで鑑賞した戦争物の映画、それによく似た軍人の服装、アカツキは今の世界と比べると異質な兵士の服装に、世界が違う、もしくはヘレが創り出した別の時代、あるいはヘレが幽閉される原因を作った者が創生した世界かもしれないと。
「ヘレさんがこの世界を創った原因は・・・この記憶の部分・・・母親の死と、妹カレナを失ったショックで耐えきれなかったのか、そして自身が穏やかに生活するための世界を」
アカツキは、精一杯思考を巡らせ、鋼鉄の窓の記憶を整理し、次の窓石の窓の記憶を辿る―――
石造りだった城、今にも絡みついた蔦に押し潰されそうな城、そこにいたのはアカツキによく似た男ディアボルト、エレナと呼ばれるヘレそっくりの女性。見た事があるような顔の人々・・・そう、ここに来る前ゴルド邸で見た面々によく似た人達だ。あくまでも【似ていた】というだけで本人達とは何処か違う。
女王にいたっては全く見たことも無い、尻尾があるようにも見えた、セラフィニと同じ種族なのだろう。その女王に耳打ちした女性、ここではエレナと呼ばれているヘレの妹、カレナだろう。カレナが女王に耳打ちした後、聖杯堂へ向かうと女王は言っていた。その発言後、アカツキに似たディアボルトが自ら聖杯堂にいくと志願した。
ここまでは良く覚えていると、アカツキは慎重にまだ新鮮な残りの記憶を掘り起こす。
「後気になるのは・・・」
この場面での見逃し、聞き逃しが無いか、再度思い出そうと目を瞑り、瞼の裏に情景を写すアカツキだが・・・どうやら限界のようだ。
「あー! 限界! 少し休憩!」
普段からアカツキは考る事を苦手としてきた、急にこれ程考えさせられると知恵熱がでそうだと額を手で抑え、喉の渇きと相反するように忘れていた尿意も再発する。
「喉の・・・渇いたな、水分が欲しい」
アカツキはただ少しの潤い欲しかった、小さな願い、それは限度を越え叶う。
「ん? 何だ?」
額の脂汗を拭った手にいつの間にか握っている一冊の本、天まで伸びた書物の一つが、アカツキの手元にあった。ぬるりとした手で本を持ち上げ、表紙を見るも無地。
「いつの間に持ってたんだろう? 額を拭った後なのに【持ってる】変だな」
不思議に思うアカツキ、特に不安もなく不用意に本を開くと大量の液体。
その液体は水柱をあげる。噴射した瞬間こそ驚いたアカツキだが、冷たい飛沫が唇に付着すると思わず舐めてしまう。
「う・・・うん? まぁ、飲めるかな・・・」
本から吹きだした水は、どうやらただの冷えた水のようだ。味も数滴ではあるが、アカツキの味覚はセーフといっている。特に不純物も入ってはなく、大丈夫そうだ。アカツキは本を開いたまま床に置き、両手で本を抑え、頭から水柱に突っ込む。
「ンアー! ギボチイイ」
水柱の中で気持ちよさのあまりつい声が出る。ゴボゴボと気泡に乗ってその声は上昇していく、何処まで伸びているかも分からない水の中で。
息の続く限り頭を冷やしながら、渇きを癒やすように水分を補給し終わり、本を閉じ冷水の余韻に浸る。アカツキの渇きは満たされ、全身に巡る不要な物が取り除かれた気分のアカツキ。先程までの尿意も無い。
少しの間、惚けた顔でアカツキは水柱の昇る先を見上げる。エレナとカレナの目的、もしくは願いなのかもしれない、そんな事を考えながら。
「ヘレさんにもう一度、もう一度だけちゃんと話しがしたいな、答えてくれなさそうだけど。カレナだったらペラペラ喋りそう、嘘言うかもしれないけど」
アカツキはカレナと交わした時間は少ない、だけども自然とそういう人だと感じる。短い時間の割に彼女の事を理解出来るような不思議な気持ち。その背後には黒い影、その影はアカツキは気付いてはいない。
そして手にはまた本が握られている。
「まただ、いつの間に」
アカツキは恐る恐る本を開いた。




