~隠れた副官と、 旧世界の遺物~
それは、 突然だった。 車両が強く揺れ、 妹が小さな悲鳴をあげる。 それきり、 頭痛も眠気も与えてくれた不思議な振動は無い。 考え込んでいたアズサさんが、唐突に勢いよく顔をあげた。
「まさか…… フルか?
あぁもう、 これだから旧世界の文明機器は嫌なんだ!! 自分の好きなだけ資源を使いやがりやがって!!」
彼女の何時にも増して荒い言葉。 それに僕ら兄妹が目を見開かせたことは合図だったのか、 車掌さんの綺麗な声が響き渡った。
「乗られている皆様、申し訳ありません。 当車両所属の氷喰い《アイス・イーター》が、 フルフィラーとなってしまいました。
どなたか、 エミッションが水蒸気、もしくは熱気の方はいらっしゃいませんでしょうか?」
フルフィラー。 略称フル。 何か凄い称号っぽく聞こえるけど、 単純に喰べ過ぎだ。 エミッションを大量に放出しなきゃいけない、 機関者とかがなる。 機関者っていうのは、 そう、 僕らが今乗っている汽車にいる彼らのような旧世界の文明機器を動かすために必要な人々だ。
フルになると、 しばらく何も食べれなくなる。 食べたいのに食べられないみたい。 食べ放題とかあんまり開催されないのも、これが理由。
ちなみに反対の事柄は、 エンプティアーか、 カラと呼ばれるよ。 こっちはエミッションの出しすぎで、 成長が止まったりするらしい。
軍人などは、 沢山食べてもエミッションとして素早く出せるように訓練されている。 機関者もそのはずなんだけど。
「急いだんだろ。 いくら訓練してても、 喰える量には限度ってのがある。 訓練も、 容量増やすんじゃなくて、 消化速度上げるみたいなもんだし。
でさぁ、 どうすんだよ? 俺の槍でぶっ飛ばして行くか? アズサでもフルは治せないし」
確かに、僕らの中にエミッションが該当するイーターはいない。
降りたら軽くなって燃費良くなるとも聞いたことあるし、 仕方ないかなと思って頷こうとしたら、 上に置いてある、荷物の山の中から声がした。
「大将、 俺がいるじゃないっすか!! 使ってください。 その前に、 ここから出してください!!」
ヒースさんの、 声だった。
「なんで、 お前が、 いんだよ!! 来んなっつたろーが!!!!」
耳が痛いです。 ていうか最初息継ぎ多かったのは怒鳴り付けるために溜めてたんですか、 シャンさん?
まぁ、 出発時、 お酒飲める人は二日酔いだったし、 ぐでんぐでんの彼が気づかなくてもしょうがない。
あれ? 待ってよ。 ヒースさん、確かさぁ……
「ヒースさん。 誰よりも酔っ払ってましたよね!? なんで、潜り込むとか器用なこと出来たんです?!」
僕が叫んだ声に、 朱い髪の彼は不敵に笑った。
「申し訳ありません、 お客様!! 助かりました!!
あ、 私、 車掌見習いのメアリ・ ハーターと申します。 汽長から、御礼としてここのお世話をするよう言われまして」
あれから、 ヒースさんは機関者の手伝いに向かった。
にしてもお酒飲ませて良かったと言うべきかな?
シャンさんの説明をききながら、 流れる風景を窓越しに眺める。
「気にすんなよ、 お嬢さん。 あいつは酔いすぎるとアルコールを蒸発させて酔いをとばすんだ。 出発前に呑みすぎたんでな、 此方としても大助かりだよ。
にしても本当、 騎…… アズサ嬢の言う通り、 文明機器は厄介なもんだ」
そう。 アズサさんも、 さっき吐き捨ててたけど、 今の時代、 文明機器は便利なものだけ遺されている。 理由は二つ。
一つ。 製作に使われる鉄などはメタル・イーター達の生きる糧を奪うことに繋がるから。
そして、もう一つ。
動かすための燃料が、存在していない。 なので、イーターズのエミッションなどで作り出すしかないんだけど、 必要とされる量が半端ない。 だからこそ、 急いで食べ過ぎて、今回みたいなフルフィラーが出たり、 反対に無理しすぎてエンプティアーが出まくったりしている。 一部じゃ、 無くても暮らせはするから要らないだろうと壊そうとするテロまで起きているとか。
昔の人々の使いすぎを恨むよ、 本当。
でも、僕らを創ったのも、 彼らと技術だ。
旧世界への複雑な想いを抱えながら、 箱の中に新たな鳥を閉じ込めて、 僕らは都市へと進んでいった。




