九尾
テーブルのご飯を全て綺麗に平らげた僕はとても大満足です。
地下の特殊な環境で採れるハーブで淹れた紅茶を頂きながら、九尾に感謝を述べます。
「ご飯、とても美味しかったです。有難うございます」
「そうか。じゃあこれで私と契りを結んでくれるのか」
「だめです」
「まだ欲しい物でもあるのか……」
「欲しいのは質問に対する答えです。僕の質問に答えて下さい」
九尾に向かって真面目な顔でそう伝えます。僕の目の前に座る彼女はあからさまに嫌な顔をしますが、後ろ髪を手で広げながら梳く動作をすると、直ぐに僕を見つめ返しました。
「質問とはなんだ」
「先ずは、質問というよりお願いです。ブラドイリアにモンスターを出現させるのを止めてください」
本当は僕が国名考えなくちゃいけないんですけど、まだ決めていません。いい案が出るまではプラドイリアのままです。
その僕のお願いに、九尾から意外そうな顔をされます。
「なんだ、気づいてなかったのか」
「どういう意味ですか?」
「お前らの国にいるモンスター共を操っているのは私では無いぞ」
「……え?」
そんな筈無いです。プリシラとアビスちゃんがいるのに、我が物顔で国内を闊歩できる中級以下のモンスターなんか存在しません。どういう事ですか。
「既に知っていると思ったが、案外抜けてるいるんだなお前。まぁ、私もモンスターを引き連れていたから疑うのも解るがな」
「僕にだって解らない事位あります! というか解らない事ばっかりです!」
自慢になりません。けど、胸を張って言い切りました。
「心配いらないぞ。私の妃になってただ傍にいればいい。何も解らなくても構わん」
「構います! 後その話しは今はいいです。じゃあプリシラの国に出現しているモンスターは誰の差し金ですか?」
「それは言えない。そういう契約だ」
「契約? 誰との契約ですか?」
「先に言っておくが、私はお前らの国がどうなろうと知った事ではない。聞いても無駄だぞ」
「嫌いになりました」
「とある人間の男だ。いや、人間だった、と言った方が正しいか」
瞬間的に寝返る九尾。
ふむ、人間の男ですか……。
「その男の目的はなんですか?」
「知らん」
「さようなら」
「い、いや待て。なんだか私への扱いが酷くなってきてるぞ……。どうあっても奴の目的は言えん。その変わり特別に教えてやる。あのモンスター共は「生きたまま」使い魔化しているぞ」
「生きたまま……?」
あと、使い魔って……。まさか……。
そして人間「だった」男と、今九尾は言いました。
という事は、その男は……。
「九尾! 僕を直ぐに地上に戻してください!」
「駄目だ」
「嫌いになりますよ!」
「もうその手は食わん。お前は言わば人質なんだぞ。本来私に意見できる立場に無い事を忘れるな」
「……」
もっと早く気づいていれば……。
直ぐに戻らないと行けません。
「九尾……。その男の目的はプリシラでしょう?」
「どうしてそう思った?」
「使い魔なんて特殊能力は早々ある物では無いです。実際歴史上、過去に存在したのは3人程。そして遠い昔、その内の一人がプリシラに好意を寄せていました」
「……」
九尾は面白くなさそうに足を組み直します。
「その男の名は、カイル。旧セイルヴァル公国の第一公子だった人です。僕が以前戦った相手でもあります。どういう経緯で九尾と契約したのかは解りませんけど、カイル公子の目的は一つしか考えられません。プリシラを自分の物にする為です」
長い年月を経てなをプリシラを求めるその執念には恐怖すら覚えます。
「推測ですが、この一メルダの間、僕達を中々襲って来なかったのは、カイル公子と契約を結んでいた為だったのでしょう。そして契約を理由に、プリシラ達を相手にする事を止めた。違いますか?」
「まぁ、概ね正解だ。だが、奴の目的が解ったからと言って、それが何だと言うのだ?」
少しの間、沈黙します。
僕は決心しなくてはいけません。誰にも許していない事を。
皆の為なら……プリシラを助ける為なら、僕は。
「お願いです、九尾。僕を地上に戻してください」
「くどいな。駄目だと……ん!?」
僕は不意打ち気味に九尾の唇にキスをしました。
僕のキスに九尾は驚いた様子ですが、直ぐにキスの感覚に身を任せてきます。
そしてキスを重ねながら席を立ち、お互いの腰に手を回します。
「……ん」
やがて長いキスが終わり。
唇を離すと、九尾の顔が高揚しているのが解ります。
「九尾。大事な皆の為なら、僕はどうなってもいいです。僕の初めてもあげます。だから……僕と仲良くなってください。カイル公子と手を切って下さい」
「お前……」
「それとね、僕を好きになってくれたのは嬉しいです。でも、やっぱりお嫁さんにはなれません。僕は皆のもので、皆は僕のものですから。それでも、こんな僕でもいいなら……」
「……」
そう言いながら、九尾の顔を胸に優しく抱きしめます。
「……私を籠絡する腹積もりか?」
上目遣いで見上げる九尾は言葉とは裏腹に、ごく普通の少女のように見えます。
「結果的にそうかもしれません。でも、九尾はそんなに悪い人だとは思いません。だから仲良くしたいです。相思相愛って、そこから芽生えていく物だと思うんです。それじゃ駄目ですか?」
「……」
暫く、僕の胸の中で黙ったままの九尾。
僕の心意を探っているのでしょう。そして、ゆっくりと喋りだします。
「お前、ドキドキしてるのか。鼓動が伝わってくるぞ」
「うん、だって……僕からキスしたの、初めてなんです」
「そうか……」
僕は自己犠牲で自分を見失っているつもりはありません。
純粋な気持ちを九尾にぶつけたつもりです。でも、一つ誠意に欠けている物がありましたね。
「そういえば、僕の名前まだ教えていませんでした」
「教えてくれるのか」
「うん、僕の名前はミズファです。とっても大事な人が僕にくれた名前です」
「ミズファ……か」
また暫く九尾は黙っていましたが、何かを決心したように、僕の胸から離れると。
「ミズファ。お前は私に初めてをくれると言ったな。そして、初めてのキスだとも言った」
「うん、言いました」
「私達獣人はな……。相手から初めてを捧げられる以上の誉れは無い。これは種族としての性質なのだ。だから、初めてを捧げる側は、相手を心から受け入れている事を意味する。その気持ちは、何にも代えがたく、どんな高価な物にも勝る尊い物だ」
そう九尾は言います。
ようやく、僕がご飯を要求した時に落ち込んでいた理由が解りました。
「そうだったんですか。御免なさい、僕そうとも知らずにご飯なんて……」
「確かに傷ついたが、その変わりにお前……ミズファは初めてのキスを私にくれた。これ以上の喜びは無いぞ」
「キスだけでいいんですか? 僕、本当に捧げる覚悟はあるんですよ?」
「捧げようとしたのは私の方だ。女に恥をかかせるな……」
そう言いながら九尾は頬を赤らめています。
僕はそんな彼女に微笑みつつ、改めてお願いをします。
「じゃあ、その気持ちはありがたく受け取ります。九尾……いえ、九尾ちゃん。改めて言います。僕と仲良くしてください。僕の傍にいてください。そして大事な人の一人に、なってください」
九尾ちゃんの瞳が揺らいでいます。
そして。
「私は元々、ミズファに一目惚れしていたのだ。そして惚れた相手から私は求められた。求愛を受け入れられた。……私の目的は達成された。奴との契約に寄って得られる対価は悪くは無かったが、もはやそんな物はどうでもいい。これを持って奴との契約は破棄とする。そしてミズファ」
「うん」
「愛している。気の遠くなるクオルダを生きて、こんな気持ちになったのは初めてだ。ずっと傍に居るとここに誓おう」
「うん、好きになってくれた九尾ちゃんの為に、これから僕も沢山好きになっていきます。だから、お願いです」
「解っている。私が守護するに相応しき美姫よ。お前の望みは何でも叶えてやる」
僕を優しくお姫様抱っこすると、九尾ちゃんは僕を地上へと連れ出してくれました。
改めて街道へと戻ると、そこには誰もいません。
代わりに、プリシラが最後に立っていた場所には蝙蝠が一匹弱々しく横たわっています。
九尾ちゃんが察して下してくれたので、急いで蝙蝠に駆け寄り、手に取ります。その瞬間、蝙蝠からメッセージを受け取りました。
「ミズファ。この言葉が貴女に届くと祈って、ここに残しておくわ。街道にいた皆はアビス達が避難させている。皆無事よ。そして聞いて頂戴。これを聞いていると言う事は、私はもうその場にはいない。理由は……カイルが来たのよ。人間を止めていたようね。もう、彼には昔の面影は無かった。金縛りのままの私を、彼は連れ去ったわ。……けど……から、……来ないで」
肝心の部分が途切れています。蝙蝠はそのまま溶けるように消えてしまいました。
「来ないでと言われて、うんわかったーなんて言うおバカが……いる訳無いじゃないですか。直ぐに行きますから。待っててプリシラ」
「今の蝙蝠は国家指定級が残した物か? 私の妖術を受けてなをそんな力を使えるとはな」
「九尾ちゃん、連れ去られた場所は解りますか?」
「詳しくは聞いていないが、恐らく居場所は北の雪山だと思うぞ。最北の街の跡地で私と契約をする際、奴は雪山の方角から現れたからな」
九尾ちゃんが僕に近づきながらそう言うと、知りたい情報を教えてくれました。
「雪山ですか……」
「行くのか?」
「勿論です。ですがその前に、一度お城へ戻ります。皆を安心させたいですし、仲間に九尾ちゃんが加わってくれた事を報告したいから」
そう言うと、九尾ちゃんは大きな狐を召喚して、僕を乗せてくれました。
「有難う、九尾ちゃん」
「私はミズファを妃に迎える事を諦めていないからな」
それだけを言うと、黙る九尾ちゃん。
そんな九尾ちゃんに、ぎゅーっと横座りで抱き着く僕達を乗せて、大きな狐はお城へと駆けて行きました。




