プリシラとミズファ
この世界の行く末に大きく関わり、様々な力と想いを遺して、その生涯を終えたシズカさんとキョウカさん。沢山の時が経ってなを、二人は僕達を助けてくれました。
シズカさんが消える間際に笑顔で言った「約束」を守る為に。僕は立たねばなりません。
「みずふぁ、あいつぼーっとしてる。今のうちに傷なおして。はやくしないとしんじゃう!!」
倒れている僕に向けて、アビスちゃんが健気に心配してくれています。
「有難う……ございます、アビスちゃん」
「うん!」
アビスちゃんが呆然としているカイル公子に向けて言い放ちます。
「おまえ。絶対ゆるさないぞ。きょうかの力をかってにつかった事。その力で……みずふぁに傷つけた事!!!」
「……」
カイル公子はまだ黙ったままです。
その隙に、僕は自らの体に4重聖羽治癒術を展開します。
「これも魔女の能力なのか……魔女に関わると全ての行動が失敗する。……解った。僕自身が行動するのは止めよう。それがいい」
カイル公子は何やら、ぶつぶつと呟き始めました。
そして、プリシラに命令します。
「プリシラ、これ以上魔女に能力を使われては困る。もういい、全員殺せ」
その命令と共に。
「……!!」
首に噛みつかれて、快楽に必死に抗っていた九尾ちゃんは、後ろから赤いレイピアで心臓を刺し貫かれました。
数回痙攣を起こしたのち、カクンと力なく首が垂れると、プリシラはその場に九尾ちゃんを打ち捨てます。
今度は物凄い速さでアビスちゃんへと迫りました。
走りながら、血術で作った無数の武器を周囲に浮遊させ、次々に高速でアビスちゃんへと撃ち込んでいます。
「タチバナの弓」の力で光の膜を展開しプリシラの攻撃を防いでいますが、徐々に光の膜が薄れていっています。
その間、傷を塞いだばかりで血が足らず、フラフラとした足取りで九尾ちゃんへと近寄ると。
やっぱり……死んでいます。
「……」
「九尾が死んで悔しいのかい魔女。まだ彼女には使い道があったが、この際仕方ないな。海龍アビスを殺したら、直ぐに君も九尾の元へ送ってやる。いくら不可解な事が起ころうが、プリシラの前では無意味だ。全てを力でねじ伏せるからね」
九尾ちゃんが言っていました。プリシラは限界を超える力を「使わされている」と。
「ほら、見てみるがいい。海龍アビスが間もなく死にそうだ。僕から弓を奪い取り、傷も癒えて、これから君達が反撃に出るつもりだったようだけど、残念だったね」
アビスちゃんがプリシラに捕まり、片手で首を締め上げられています。
その間、アビスちゃんは必死にプリシラに語り掛けていました。
「ぷりしらねーさま、ずっとまえも……こうやって、たたかってたよね」
「……」
「いつも、わたしにちょっかい、かけてきて……いやだった、けど」
「……」
「いまはね、いもーとに……なって、よかった」
「……」
「わたしね、ずっと、ぷりしらねーさまの事……しんじてるから」
アビスちゃんは笑顔でそう言うと……複数の剣が体に突き刺さり、動かなくなりました。
プリシラはアビスちゃんを放り投げると、僕に近寄ってきます。
「……」
「さぁ、次はどんな不可解な能力を見せてくれるんだい? 憎き魔女よ」
カイル公子の言葉が終わると共に瞬時にプリシラが詰め寄り、手に持った赤い剣で僕の腕を切り飛ば……されませんでした。
九尾ちゃんの尻尾がプリシラの剣を弾き、僕を守ってくれたのです。
カイル公子は倒れている九尾ちゃんを訝しげに見ています。
九尾ちゃんはもう死んでいます。
「……次の不可解な能力はアンデッドの使役能力かい? 起き上がって来ない所を見ると、不完全な能力のようだね。少し驚いたが、その程度か」
「……」
僕にはそんな能力はありません。
九尾ちゃんは以前、僕を守ると言ってくれました。
彼女はその誓いを違える事はありませんでした。
次に、プリシラは周囲に複数の武器を展開し、その全てを僕に向けて飛ばしてきます。
ですが、それは光の矢によって全て撃ち落とされました。
倒れているアビスちゃんの手に握られた「タチバナの弓」が淡く光っています。
「……今度は海龍アビスか。それで、次は何を使役するつもりなんだい? もう後が無いように見えるけど」
「……」
プリシラを見つめます。
そんな僕を、冷たい目で見つめ返す彼女。
カイル公子はプリシラから僕の能力を聞いた、と言っていました。
だけど、僕は信じています。
彼女の事を。
シズカさん、もう少しだけ……僕に力を貸してください。
プリシラを在るべき場所に戻す為に。
キーホルダーを強く握りしめ、一歩前に。
「プリシラ、魔女が何かしようとしているぞ。直ぐに殺せ!!」
まるで瞬間移動をしたかのように僕の目の前にプリシラが現れます。
そして、僕は赤い剣で突き刺されました。
「そう来る事は解っていましたよ、プリシラ」
赤い剣で胸の中央を突き刺されながら、僕はプリシラを抱きしめます。
「もう、届いている筈です。アビスちゃんの声も。僕の声も」
「……」
「プリシラが居てくれないと、僕、何もできないんです。アビスちゃんも、皆も……。さっきね、シズカさんが僕を助けてくれたんです。余りの不甲斐無さに、見ていられなくなったんでしょうね」
「……っ」
「その時、シズカさんが、言っていました。プリシラの事よろしくお願いしますっ……て。だからね」
「……っ……っ」
そして。
「プリシラ、一緒に帰りましょう!」
「プリシラちゃん、一緒に帰りましょう」」
僕と……「彼女の声」が重なりました。
その瞬間、プリシラは冷たい表情のまま、涙を流し始めました。
「ミ、ズファ……っ……っシズ……カ……っ……」
プリシラの手から、赤い剣が消えます。
それと同時に僕の胸から血が流れ意識を失いかけますが、必死に耐えます。
静観していたカイル公子は慌てる様子もなく、冷静にプリシラへと語り掛けます。
「プリシラ、どうしたんだい? 愛の契りで君は僕の物になっている筈だ。そんな魔女の戯言に耳を貸す必要はない。僕の言う事だけを聞くんだ」
「……っ!!」
「さぁ、僕の最愛の妻よ、魔女に止めを刺せ」
「……う……ぁ……ぅ……」
プリシラの顔が苦痛に歪みます。とても……とても辛そうに。
「プリシラ、今助けてあげますからね」
そう言うと。
プリシラにキスをしました。
そのまま、プリシラを強く抱きしめます。
「……ん……」
徐々に涙が流れる瞳に光が戻ります。
「な、貴様、僕の妻に何をしている!!!!」
今しがたまで冷静だったカイル公子が激昂し、何かの術式を組み始めます。
その間、プリシラは僕の腰に手を回してくれました。
「今度こそ死ね、魔女がぁぁぁぁぁぁ!!!」
「死ぬのは貴方よ、カイル」
カイル公子が魔法を放つ事はありませんでした。
プリシラが、カイル公子の胸に赤い剣を突き刺したからです。
「がっ……な……ばか、な……古代、魔法具の……契りが……。魔女め、きさまさえ……きさまさぇぇぇ
ぁぁぁぁ!!」
血を吐きながら僕を睨みつけ、声を張り上げます。
「こんど……こそ、僕は、プリシラと……世界を……手に。そのために……【魔族】と……契約、した……のに……まだ、だ。まだ僕は」
それ以上カイル公子が言葉を喋る事は出来ませんでした。
額に、赤いレイピアが突き刺さったからです。
「もうその耳障りな声は聴きたくないわ。さようなら、カイル」
突如この国にモンスターを呼び寄せ、己が目的の為にキョウカさんの武器を使い、九尾ちゃんをそそのかして、プリシラを操ったカイル公子。
長い時を生きて、復讐と欲望に駆られた彼は、本来の「在るべき場所」へと還っていきました。
「プリシラ……」
「……」
僕の言葉に反応を返してくれません。
「プリシラ?」
「……御免なさい、ミズファ。先にお願いしたい事があるわ。アビスを……皆を……生き返してあげて」
僕に背を向けたまま、そうプリシラが言います。
「うん、解っています。その為に、どうしても……プリシラを先に元に戻さないと、いけなかったんです」
僕は蘇生魔法が使えますが、今の体調ではまともに展開できません。
その為、最低でも魔力を温存した上で、カイル公子との決着をつけた後でなければなりませんでした。
だから、プリシラに最後の決着をお願いしたのです。
プリシラは正気に戻ると、「繋がり」により、直ぐに僕の意図を読み取ってくれました。
直ぐに、魔力回廊を展開して、蘇生したい全ての皆へと意識を集中します。
今の僕なら、例えどんなに離れていても、大切な人の事を思えば蘇生する事が可能です。
そして、無限の魔力で改めて自分の傷を治し蘇生魔法を使うと……九尾ちゃんと、アビスちゃんの意識が戻りました。
レイシア、エリーナ、ツバキさんも起きてくれた筈です。
「……これが蘇生魔法か。とても不思議な感覚だ」
体を起こした九尾ちゃんが、自分の手を見ながらそう言います。まだ意識が朦朧としているのか、立てないようです。
「……わたし、いきてる?」
アビスちゃんも気が付きました。
プリシラがすぐに駆け寄り、アビスちゃんを抱きしめます。
「ぷりしらねーさま!」
「アビス、御免なさい、御免なさい!!」
「ねーさま?」
「痛かったでしょう、辛かったでしょう……。私……妹に、大事な妹に……なんて事を……」
「ねーさま、あったかいね」
「アビス……!!」
「おかえりなさい、ぷりしらねーさま!!」
泣いているプリシラに向けて、満面の笑みで語り掛けるアビスちゃん。
そんな二人に僕も涙が出てきます。
やがて、二人が立ち上がったので、近寄ろうとすると。
「来ないで、ミズファ」
そう、プリシラから言われました。
「プリシラ……?」
「……」
さっきと同じように、僕に答えを返してくれません。
「どうしたんですか、プリシラ?」
「私は……もう、私は貴女と一緒には居られないわ」
「……え?」
再び泣き出すプリシラ。両手で顔を覆いながら、その場に座り込みます。
「プリシラ、何故ですか? どうしたんですか」
「もう私には……貴女と居る資格はないのよ」
プリシラの様子が変です。
彼女が何を言っているのか解りません。
「プリシラ、もう全て終わったんです。一緒に帰りましょう?」
「……それは出来ないわ。国の復興は私が必ずする……だから、もう私を見ないで。私を放っておいて……」
「……」
僕、プリシラに嫌われたんでしょうか?
プリシラと一緒に居たいこの気持ちは、彼女の枷になってしまったんでしょうか?
「違うわ……違うの……」
「じゃあ、どうして……ですか。僕、プリシラと離れるの嫌です……」
悲しくて、プリシラからそんな風に言われるのが悲しくて。
僕も泣き出していました。
暫く無言が続き。
やがて彼女が言いました。
「汚れてしまったからよ……」
そう言うと、プリシラは俯き、また無言になります。
その言葉を聞いた僕はプリシラへゆっくりと歩み寄っていきます。
「来ないで!!!」
「……」
僕は歩みを止めません。
「来ないで、お願いよ、もう私は!!」
「……」
止めません。
「どうして、こんな私なんか……」
「……」
プリシラの前で止まり、しゃがみます。
「……ミズファ、もう……やめて」
「いやです!!」
僕は強く……強くプリシラを抱きしめます。
「……ミズファ」
「僕はお馬鹿さんです。全然……プリシラの辛い気持ちに気づいてあげられなくて。だから、こんな風にしか、僕の気持ちを表せないんです」
「ミズ……んんっ」
そして、改めてキスをしました。
もう辛い目に合わせたりしません。プリシラの痛みを全て僕が受け止めます。
だから……。
考えが解る彼女は心を開き、僕を受け入れてくれました。
静かに、慈しむ様に……僕に腕を絡めてきたのでした。




