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記憶断片の銀色少女   作者: 澄雫
終章
103/107

カイル公子

 洞窟の中を進むと、徐々に周囲の壁が人工物の壁面へと変わっていきます。

 どうやら、ここからが人の手で作り出された空間となるようです。


 更に奥に進むと、完全に洞窟からダンジョンの中へと景色が変わりました。


 周囲の壁を見ると、何か壁画が描かれています。

 僕達が同族化の為に使っていた部屋にも壁画がありました。

 と、なればここも例に漏れず古代人が作り出したダンジョンなのでしょう。

 つまり、奥には古代魔法具が眠っている事になりますが……。


 嫌な予感がします。

 カイル公子の目的はプリシラを自分の物にする、これに間違いはないでしょうけど。

 でも、他にも危険な何かがある予感がしていました。


 一体このダンジョンには何の古代魔法具が眠っているんでしょうか。

 歴史にも存在していない、大陸の最北にある場所。


 そういえば測定不能の古代種と呼ばれる九尾ちゃんなら何か知っているかもしれませんね。


「九尾ちゃん、この壁画とかを作った古代人について、何か知ってますか?」


 僕達より先に進んでいる九尾ちゃんにそう語りかけると。


「私はその頃封印されていたから余り詳しくは知らんぞ。地下世界に閉じ込められていたからな」

「封印?」

「歴史上では人間同士の戦争だけが今に残っているようだが、人間と獣人の戦争があったんだ。其の頃の私はまだ何も出来ない小娘でな、よく母様にしがみ付いていた」


 全て初めて聞く内容です。


「何故獣人との戦争が歴史に残っていないんですか? しかも、本には伝説の存在だと」

「当時の獣人の長が大陸の覇権を宣言してな、人間と大きく対立した。歴史上で存在を無かった事にされた理由はそれだろう」


 そして九尾ちゃんは、殿を務めているミルリアちゃんに近づくと頭をなでます。


「あぅ、あの……?」

「その戦争で、私達は地下へと追いやられたんだが、その際人間側の主軸となって戦っていたのが当時の土姫だった。異常な強さだったぞ。まぁ、小娘だった私が弱かっただけなのだが」


 そしてダンジョンを歩きながら、九尾ちゃんが当時の事を話してくれます。

 獣人達は大陸の覇権を争っていた頃、古代魔法具を用いた人間に敗北を重ねたそうです。

 やがて大陸の中央へと追いやられ、逃げ場を失った獣人達は海底神殿へと逃げ延びます。


 その際、土姫の大規模地震の魔法で沢山の獣人が命を落としました。

 海底神殿の入り口や内部が破壊されていた時を思い出します。あれは当時の土姫が残した爪痕だったのです。


 生き残った獣人は古代魔法具によって海底神殿の更に地下へと封印され、九尾ちゃんの母親は当時の土姫と相討ちで死亡、その際に土姫に呪いをかけたそうです。その呪いによって、暫く土姫になれるだけの才能が誕生しない時期が続くようになったのです。


「その後、封印を綻ばせる事に成功し地上に出ると、今度は人間同士で争っていた。暫くその様子を見ていたが、「キョウカ」と呼ばれる人間によって戦争が終結した」

「きょうか……?」


 キョウカさんの名前が出ると、アビスちゃんが即座に反応しました。

 そんなアビスちゃんの頭をなでる僕。


「そのキョウカと呼ばれる人間が持っていた古代魔法具が……」


 そこで九尾ちゃんが喋るのを止めます。

 またモンスターです。今度は二足歩行している……と思った所で。


「きょうかのこと聞こうとしてたのに、じゃまするな!!!」


 そのモンスターだった「何か」は出現と同時に丸い形の水の中に捕らわれると、水風船が破裂したように弾け飛んで死にました。その「何か」は海の王であるアビスちゃんの機嫌を損ねたのです……。


「きゅーび、きょうかの事もっとおしえてー!」

「構わないが、今はあの金髪を助けるのだろう。続きは後で教えてやる」

「そーだった。きょうかの名前きいたから……。みずふぁごめんなさい」


 アビスちゃんが不安そうに僕を見上げています。


「大切な人の事なんですから、誰もアビスちゃんの事を叱ったりなんかしませんよ」

「あのね、きょうかの事たいせつだけど、ぷりしらねーさまも大切!」

「うん、気配が濃くなってますから、そろそろプリシラのいる場所につきそうです。早く助けてあげましょう」

「うん!」



 改めてアビスちゃんの手を繋ぎ直し、更に進むと大きな扉がありました。

 その扉を開けると下へと降りる階段があります。


 地下に下りると迷宮が広がる……という事もなく、石造りの通路が真っすぐ続くのみです。現時点では、とてもダンジョンとは呼べません。


 その代わり、出会うモンスターの強さがいよいよ上級の域に達しています。

 倭国の山に住むと言われる、「鬼」が姿を表しました。ミノタウロスと同等の巨体に二本の角、般若の面のような形相。手には巨大な棍棒が握られています。


 正直、ここまで凶悪なモンスターを使い魔として使役出来るようになったカイル公子に、若干恐怖を感じ始めています。


「さて、そろそろ私達の出番ですね」

「相手とって……不足なし、です。鍛えた魔力、今こそ……試す時です」


 レイシアとミルリアちゃんがこの敵は譲らないとばかりに、僕たちの前に出ていきます。


「二人とも、鬼はレイスと同等以上の強さを持つと言われています。少し不安です……」

「ミズファ。ここ最近の私は戦闘をする機会が減っておりましたけれど、常に鍛錬は欠かしておりません。レイス等、もはや相手にすらなりません」

「私も、です。主様のお手を……煩わせる機会を、減らす事が……私の、メイドとしての……務めです」


 確かに、僕から見ても二人の魔力は同族化前に比べて、遥かに上昇しています。

 エリーナやツバキさん、シルフィちゃんもかなり強くなっていますし、五姫と謳われた強さは伊達ではありません。


「まぁ、この二人なら大丈夫だろう。国家指定級クラスまでいかなければ早々負けたりしない筈だ」


 九尾ちゃんが強さを測った上で結論づけています。


「うん、九尾ちゃんも太鼓判を押していますし、ここは二人にお任せしますね」

「ええ、お任せください。そしてミズファ、この先何があるか解りませんから、十分気を付けて下さいね」

「全ては、主様の為に」


 鬼もカイル公子の使い魔となっている筈ですが、僕達を無視して戦意のあるレイシアとミルリアちゃんに自ら近寄って行きました。


「通してくれるみたいです」

「鬼も戦闘好きだからな。戦うつもりがない奴らに興味など無いのさ」


 そう九尾ちゃんが言います。どうして倭国が平和なのか、解った気がします。

 自分より弱い者、敵意のない者を襲わない、鬼のプライドなのでしょう。


 僕達が通り過ぎると、やがて後方で戦闘の音が聞こえました。

 レイシアとミルリアちゃんが鬼退治に入ったようです。


「さて、そろそろ私が遊べるような奴が出てきても良い頃だな。次に何か出てきたら、問答無用で私が貰うぞ」


 もう九尾ちゃんは我慢出来ない様子です。

 暫く長い石造りの通路を進むと、とうとうプリシラがいるらしい扉の前に着きました。間違いなくこの先にいます。


 隣で、殺る気満々だった九尾ちゃんが「何も出てこないじゃないか!!」と誰もいない方向に向かって怒っています。どうやら、カイル公子の使い魔で一番強いのは鬼だったようです。


「みずふぁ、はやく入ろう。ぷりしらねーさまがしんぱい」

「うん、そうですね」

「ちっ、仕方ない。カイルが隠し玉をもっている事に期待しておく」


 その期待は可能な限りがっかりする方向でお願いします。

 カイル光子の隠し玉とか、絶対ろくなもんじゃないです。


「じゃあ開けますよ」


 言葉の直ぐあとに目の前の扉を開けると。

 

 異様な部屋が広がりました。


 旧公国にあった研究施設に似たような作りの部屋で、実験場とも言うべき内装をしています。

 謎のガラスケースに得体のしれない液体が満たされていたり、沢山の古代魔法具らしきアイテム、宝石、ポーション類に薬草などが、乱雑に配置されている木の机の上に広がっています。


 直ぐにプリシラを探すと、部屋の隅にあるベッドで眠っているようでした。


「プリシラ!!」


 僕は彼女の名前を叫んで近寄ります。

 近寄りますが……数歩の所で立ち止まります。


 約百五十年ぶりでしょうか。大分顔がやつれて、髪に白髪が混じり、当時のイケメンの面影はありません。

 ですが、そこにいるのは間違いなく……カイル公子でした。


「ほぉ。これはこれは。久しぶりじゃないか。見目麗しい……憎き魔女よ」


 灰色のローブを纏い、首から謎のネックレスを下げて、杖をついています。

 見た目は20代位で若いままですが、風貌は老人のようです。


「カイル公子、どうして貴方が生きているんですか」

「おいおい、君だってそうだろう。お互い今を生きている事を疑問に思い、そこに何の意味がある?」

「……」


 僕とカイル公子の会話中、我慢できなくなったのか、アビスちゃんがプリシラに向かって走り出しました。それをカイル公子が目線で追っています。


「ぷりしらねーさま!!」


 ベッドに辿り着き、寝ているプリシラに手を伸ばそうとした、その時。


「……!!?」


 唐突にアビスちゃんが吹き飛び、壁に激突します。よく見ると……右腕と右足がありません。


「アビスちゃん!!」

「…………どうして……? なんで攻撃したの……ぷりしらねーさま!!」


 プリシラがゆっくりと、ベッドから体を起こします。

 そして、そのプリシラの隣に笑いながら近づくカイル公子。


「折角こんな所まで来たんだ、君達に紹介しよう」


 そう言うと、プリシラがベッドから立ち上がり自らカイル公子に抱き着きます。

 そのプリシラの腰にカイル公子が手を回すと。


「僕の最愛の妻、プリシラだ」


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