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洋上のストラテジー  作者: 獅子宮タケ
第1章 Z作戦
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第一節 巨砲の復権-03

 十二月八日 午前十一時十分 ハワイ諸島北方沖合

 第一艦隊旗艦 戦艦大和


 乱れ雲の遥か上空で太陽が天高く空に登ろうとしている時、その底部では朝方に増して荒れ模様の天候が繰り広げられていた。海は吠え、空は冷たい雨雫を海原へ注いでいた。

 そんな雲の間に明らかに人工的な黒点が姿を現していた。吹き荒れる烈風の中、千二百馬力を発揮する[R-1830-90]エンジン二基を頼りに九名の乗員の手によって北太平洋に導かれたコンソリディーテッド社が誇る飛行艇は遠海のある一点で東洋の艨艟と予期せぬ遭遇を果たそうとしていた。 

「機種確定。PBY飛行艇、カタリナ。」

 日本光學社謹製の双眼鏡を天に向ける高嶋は確固たる口調でそう報告した後に続けた。

「見つかりましたね。」

「いや参謀長、この場合は『やっと見つかった』が適切だろう。」

 高嶋の報告に何ら驚いた様子も見せずに北海は自らの被発見をそう評価した。

 ハワイ沖に展開した帝國艦隊の動向と彼らが入手した情報を時系列順に取り纏めると以下のように記される。

 午前四時四十分、南雲中将率いる第一航空艦隊(一航艦)は怪電波を受信していた。それは無線封鎖中にも関わらず前方約五十海里に展開している第一艦隊(一F)旗艦【大和】を発信者とし、真珠湾から敵艦隊が出動したことを意味する短い暗号文だった。

 波浪の影響により左右に激しく傾斜する【蒼龍】の艦橋で雷撃隊発進の可否を議論していた一航艦幕僚の二人は怪電波の受信に顔色を真っ青にした後に激しい論争を始めた。一人は計画通り全攻撃隊の発進を主張する甲航空参謀である源田実中佐であり、もう一人は第一波攻撃隊のみ発進させ、真珠湾の敵艦隊を確認した後に第二波攻撃隊を発進させることを提案した参謀長である草鹿龍之介大佐であったが、二人の言い争いを見ていた南雲は草鹿案を採用、攻撃は第一波攻撃隊のみで決行することが決まった。

 午前六時ちょうど、一航艦から雷撃機を含む百八十三機から成る第一波攻撃隊が発進を開始。十五分後には全機の発進が完了し、第一波攻撃隊は真珠湾へ飛行を開始。途中、オアフ島へさらに接近する一F上空を通り抜け、午前七時三十五分に第一波攻撃隊はオアフ島を目視にて確認。攻撃隊指揮官、淵田美津雄中佐は全機に『突撃準備隊形を作れ』の意である「トツレ」を打電、続いて【利根】から発進していた[零式水偵]が「在泊艦戦艦十」を報告。そして午前七時四十九分、淵田機からト連送――『全機突撃』が発せられ、午前七時五十二分、奇襲成功を示す暗号略号であるトラ連送――「トラ・トラ・トラ」が太平洋に放たれた。

 同時刻、【蒼龍】が淵田機から発せられたトラ連送を受信。しかしながら、その知らせと前後して[零式水偵]利根機からの報告は予期された不運を確固たるものとした。

 ――湾内に【サウスダコタ級戦艦】及び【レキシントン級巡洋戦艦】の姿なし。

 午前七時五十五分、真珠湾では攻撃隊が停泊中の敵戦艦に次々と殺到している頃、南雲は第二波攻撃隊の発進中止を正式に決断。直ちに第二波攻撃隊所属制空隊から抽出された数機が艦隊直掩のため発艦。また第二波攻撃隊所属水平爆撃隊から索敵任務のため複数機の爆装を解除する作業が始まった。

 午前七時五十七分、【蒼龍】と同様にトラ連送を受信していた一F所属【大和】が現在位置と針路を暗号電文にて報告。続く午前八時十分、後続する二F主力が一Fと合流を目的に輸送船団と分離。帝國艦隊は戦艦による艦隊決戦に向けて動き始めた。

 午前八時三十分、オアフ島北方沖合約二百海里にて一航艦が第一波攻撃隊の収容を開始。なお北海率いる一Fは攻撃隊収容に伴い、一時的だがオアフ島北方沖合約百海里まで接近している。

 午前八時五十分、第一波攻撃隊の収容完了後に一航艦から索敵機が発進。放射線上に設定された索敵線に従い三十度の角度をおいて十二機を発進させた。

 午前九時三十分、一航艦は第一波攻撃隊から数機を索敵任務のため先と同じ索敵線に十二機を発進させた。なお【利根】及び【筑摩】から搭載索敵機の発進命令を求める意見具申があったが、南雲は荒天のため水上機は回収困難として退けている。

 午前十時三十分、ハワイ北方海域の天候がさらに悪化。一航艦の中核を成す空母群の傾斜角度が左右にそれぞれ三十五度を超え、雷装機や八十番爆弾(八百キロ爆弾)搭載機の発進が不可能になり、午前十一時には比較的穏やかなハワイ南方方面へ転進することを南雲は決断し、純粋なる水上打撃戦力による艦隊決戦が遂行されるフィールドが整った。

 ――そして午前十一時十分。一Fは米軍の索敵機に捕捉された。

「高角砲で追い払いますか? 」

 高嶋は投げやりな口調で言った。

 航空戦こそが海軍作戦の主役と帝國海軍では認識されつつあった昭和十六年に相次いで竣工した【大和型戦艦】だったが、その甲板上には両舷合わせて十八基の四十口径[八九式]十二・七センチ連装高角砲――帝國海軍の戦艦が有するほぼ倍の数となる二十四門の槍衾が並んでいた。一見すると前時代の遺物が次世代に抗うために必死に努力しているとも思えるが、個艦防空の要である対空機銃群を構成する[九六式]二十五ミリ高角機銃が艦上にはまだ余裕があるにも関わらず三連装十二基、単装二十六挺の設置に留まっていることから真剣に防空能力の向上を図った結果ではないことが分かる。

 それは妥協の産物だった。甲板上に並ぶ十二基の高角砲は副砲を補助する役割として彼女達に搭載されたのだ。当初の計画通りなら彼女達は副砲として携えた六十口径[三年式]十五・五センチ三連装砲を前後左右に一つずつ、合計で四基を備えるはずだった。

 しかしながら用兵者が新造戦艦に求めた当然の要求、つまり建造が進んでいた『十三号型巡洋戦艦』――後の【筑波型巡洋戦艦】が搭載する四十五口径[九四式一号]四十六センチ砲を超越する火力要求は【筑波型】が持つそれを長砲身化した五十口径[九四式二号]四十六センチ砲として結実したが、その代償として一門あたり約六十トンの重量増加は砲塔重量一基あたり百七十五トンに達する副砲(もっとも、他国戦艦の副砲に比べると軽量の部類に入るが)を半減させることによって埋め合わされていた。

 しかし、当然ながら戦艦にとって肉薄する駆逐艦は決して無視できない脅威であり、副砲火力半減を補うために一基あたり約二十トンでかつ対水上戦闘能力もそれなりにあった四十口径[八九式]十二・七センチ連装高角砲の増備が行われていたのだ。

「おいおい、冗談だろ……。弾の無駄だ。」

「わかっています。言ってみただけです。」

 北海の制止に高嶋はつまらなそうに応じると北海は「気持ちは分かるけどさ」と溜息混じりに苦笑を浮かべた。かつて高射長に無理を言って高射装置の相当詳しいレクチャーを受けた北海は高射砲が接近する敵機の行動の阻害を任務とする――敵機の撃墜を積極的に狙える代物ではないことを熟知していた。なお、北海はお礼として高射装置付き兵員に同人誌をプレゼントしている。

「やっぱり自前の空母が欲しいかい? 」

 北海はどこか心残りがあるような表情をなおも浮かべる高嶋に言った。

「まぁ、欲しくないと言えば嘘になりますが……。」

 これまで砲術畑を歩んできた水上打撃部隊の参謀長はそう前置きしながら続けた。

「今、一航艦で集中運用されている空母を防空用として分割するのは、まぁ愚策ですね。航空隊は集中運用しないと各個撃破されるのがオチでしょうし、鈍足な戦艦に随伴させれば俊足な彼女達はフラストレーションが貯まるでしょう。」

 高嶋の言葉に北海は頷いた。それは山本GF長官の主義主張と全く同じものであったが、集中運用された空母航空隊がいかなる威力を発揮するか北海は開戦の半年前に行われた夏季集中演習で肌身を持って知っている。

 居合わせた他の幕僚や兵員達が聞き耳を立てる中、砲術士官であるはずの高嶋は彼の空母論を続けた。

「四航戦の龍驤はフィリピンに貼り付けておく必要がありますし、三航戦の鳳翔さんはヒヨ鳥達のお母さんですから、とても前線に出す余裕はありません。艦隊防空のために一万トンクラスの小型空母を造るのもありですけど、空母はドンガラだけじゃ役に立ちません。飛行機の方は何とかなりましょうけど、離着艦できるパイロットが足りませんね。」

「ほぅ。さすがだな、参謀長。」

 北海から素直に褒められた参謀長は少し照れくさそうに視線をずらしながら頬を掻いた。話を聞いていた周りの幕僚は、ある人は「なるほど」と高嶋に頷き、また別の幕僚はわかりやすい表情を浮かべる高嶋をニタニタとしながら横目で眺めていた。

「まぁ、そうなるな。俺にできる事と言えば、防空艦をなるべく早く回して貰うか、今あるモノをどうにかして使うかだな。」

 北海は実行可能な結論に落ち着くと、また苦笑いを浮かべた。そのどれもが艦隊直掩機による迎撃よりも効果的ではないと思えたからだ。

「その防空艦は空母部隊に優先配備されるのでしょうけどね。」

 高嶋が続けた投げやりな言葉は全く確定された未来だった。空母を始めとするHVUハイバリューユニットを経空脅威から守衛すべき存在として計画が進められ、一部は建造が始まっている[八二〇号型防空巡洋艦]や[乙型防空駆逐艦]が示すように帝國海軍は防空艦の整備にも力を入れていたが、彼女達が就役した暁には優先的に空母部隊へ振り分けられることは火を見るより明らかだった。

「あぁーあ、戦艦に戦闘機が載せられればなぁ……。」

 北海はそう呟きながら脳裏で戦艦の後部甲板を飛行甲板に改装して限定的――発艦しかできない代物であったが航空機運用能力を与えるという実現しても中途半端な存在として終始しそうな「航空戦艦」なる概念を提唱していた数人の若い士官の姿を思い浮かべた。

 彼らの存在を知っていた高嶋が即座に語気を強めながら突っ込みを入れた。かつてラバウル沖合で敵戦艦を沈め、スプラトリー諸島沖合で瀕死の戦艦部隊を全滅から救った水上砲戦部隊の唯一の拠り所となる英雄の発言はそれが戯言であれ少なからずの影響力を持つ。

「へんなフラグ立てないでくださいっ!! 」

「これがフラグになるのかよ……。フラグって言えば、こうでしょ……」

 ――俺、この戦いが終わったら結婚するんだぁ。

 北海が軽口を叩くと高嶋は狼狽えながら彼の上官を見つめた。珍しく動揺する参謀長を見ていた周りの幕僚達の一部は内心で笑いを堪えていた。彼らは普段、淡々と事務作業をこなす参謀長が取り乱した理由を瞬時に理解していた。彼は「結婚」という単語に反応したに違いないと。

「けっけけ、結婚でありますか。」

「いや、別に例えで言っただけだから……。」

 動揺を隠しきれていない高嶋に不思議そうな表情を浮かべた北海の様子についに何人かの幕僚が吹き出し、それを契機として航海艦橋は笑いに包まれた。

「そもそも、そんな縁起の悪いこと言ったらダメです。って、今、我々は敵機の接触を受けているんですよ!! 遊んでる暇なんてないですっ。」

 頬を赤らめながら真当な事実を口にした高嶋に北海は笑いながら応じた。

「そうだったな。そろそろ真面目な話をするか。」

 そう言うと北海は口調を軍人のそれに切り替えると幕僚達に命じた。

「一航艦の索敵機が敵艦隊を見つけ次第、該当海域に急行する。もし発見できない場合はハワイ西方沖へ移動し、敵艦隊を捜索する。どちらにせよ敵艦隊との遭遇戦が予想される。陣形を変更、水上打撃戦闘に備える。戦艦、前へ。」

 それまで航海艦橋に充満していた和やかな雰囲気がまるで北太平洋を支配する冷たい外気に晒されたように引き締められ、一斉に幕僚達は司令官の言葉を現実にすべく細部を詰めていく作業に移行していく。

 不思議と職務に邁進する幕僚の表情はどれも強ばっていない。彼らの双肩には戦争の行く末を左右する艦隊決戦が控えていたが、その面持ちは程よい緊張感と余裕が両立しているようにさえ見えた。

「参謀長。」

 作業の合間を見計らって北海は高嶋に話しかけた。

「フラグ、折ってくれてありがとう。」

「いえ、自分は……。」

 艦隊の頭脳達がその真価を全力で発揮させる空気を創りだした男が微笑みながらそう言うと高嶋はまた頬を軽く掻きながら、恭敬の眼差しで彼の上官を見つめた。

「婚約者とか、まだ居ないから。」

 そう高嶋の耳元で北海が囁くと、慌ただしさを増していく航海艦橋の中で艦隊随一の秀才と言われる士官は再び頬を紅潮させるのだった。

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