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科学の極み! (連載版)  作者: 芝高ゆかや
6章 リアルと仮想の曖昧な境界線
50/60

50 緊急事態発生

 トアリーの判断で早めにスイのセキュリティチェックを始めたおかげで、キリュウが合流してからあまり待たずにスイはセキュリティルームから出てきた。今回の見学メンバーが揃ったところで、早速キリュウが所内の案内を開始した。


*****


「……なんか、急かしてない?」


 見学コースを回っている途中で諷からクレームがついた。


「急かしてないですよ……こんだけ広いんだから、全部見るにはこのぐらいのスピードじゃないと回れない。じっくり見たい場所があるなら、その場で言ってもらえればザーッと見たあとに、もう一度来ることはできるから」


「そう……じゃあ永久さんのオススメの場所とかある?」


 キリュウと話していたはずの諷に突然話を振られ、「えっ?」と、トアリーが戸惑い、困った笑顔を浮かべたまま黙ってしまったところで、すかさずトアリーの前にキリュウが割って入った。


「オススメは宇宙植物工学ユニットです」


「……なんで乃木君が答えるの?」


「いいから、行きますよ!?」


 諷の話を無理やり切り上げ、キリュウは先に進んだ。


*****


 予定の時間通りぴったりに見学が終わり、キリュウとトアリー、そしてスイ達は、研究所のエントランスの扉の前にいた。


「ありがとー! いろいろ見れて楽しかったぁー」


 諷は、案内したキリュウではなく、なぜか両手で握手をしながらトアリーにお礼を言った。


「えぇ、また来…」


 相槌を打とうしたところ、キリュウが片手でトアリーの口を背後からふさぎ、言葉を阻止した。


「ナンデモナイデス、お帰りはアッチ!」


 ニッコリと微笑んでいるが目が笑っていないキリュウが、諷に早く帰るよう促した。


「やっぱり……よほど見られちゃいけないものがあるみたいだよねー」


「そりゃ、研究機関だからね? 民間との協力事業で守秘義務のあるものもあるから」


 そんなキリュウと諷の攻防を尻目に、スイと莉朶とアオイは「この後の予定」について話していた。


「せっかくだから皆でどこかに観光に行きますか?」


「ここからだと一番近い観光地はタワーになるなぁ」


 莉朶の提案にスイは地図を思い浮かべ適当に観光地をピックアップした。しかし、アオイは困った表情を浮かべている。


「あれ? もしかしてアオイちゃん、予定ある?」


「えぇ、1時間後に主人と待ち合わせしているので。ごめんなさいね?」


 アオイの母親が代わりに答えると、アオイは、かなり残念そうで少し落ち込んだ様子を見せた。莉朶はしゃがむと、両手でアオイと握手して「また遊ぼうね?」と励ました。


「アオイちゃん、『バーチャノーカ』でも会えるからさ」


 スイがアオイの頭にポンと片手をのせると、アオイは笑顔になり頷いた。嬉しそうだ。

 アオイとアオイの母親は、改めてお礼を言うと、スイ達と別れ、待ち合わせ場所に向かった。


「霧生君! 諷!」


 アオイと母親がいなくなった後、セキュリティゲートの向こうで諷の姉である凪が、2人を呼んだ。


「松尾さん?」


「霧生君、呼び出し! すぐに堀田さんのところに行って。あと諷達も来て!」


 キリュウだけでなく、他の人達も招集をかけられるという珍しい事態に5人は顔を見合わせた。


******


 急いで堀田の元へ向かったキリュウは、閉鎖中の壁の一部をスライドさせ、セキュリティの一時解錠操作を行う。壁が上がり、ホワイトレイクチームの部屋の扉が現れた。部屋に入ると、堀田がデータ端末を片手に立っていた。


「堀田さん、呼び出しって何かあった?」


「『影時(かげとき) (れい)』が倒れたわ」


「えっ!? 倒れたって……」


 堀田の言葉にキリュウは動揺した。


「呼吸はあるけど、意識不明になってる」


「そんな……健康そのもので倒れる兆候なんて、どこにもなかったのに……突然?」


 つい最近、影時の身体検査を行ったときは『異常なし』という結果だったはずだ。血管系や脳までスキャン済みである。


「えぇ。それで今、専門家を呼んで、直前までの脳波の状況を確認してもらってるとこ」


 堀田が壁に向かって人差し指で模様を描くと、マジックミラー機能が有効になり、一瞬にして向こう側が丸見えになった。

 ベッドに影時が寝かされており、その横にあるモニター画面を諷と莉朶が確認している。その2人の後ろに凪、スイそしてトアリーがいた。


「……まさか、脳波の専門家ってあの2人じゃないよね?」


 キリュウは半眼で堀田に確認した。


「とりあえずよ、初期診断だけ頼んだの。あの2人は人工知能の研究のために、様々なヒトの脳波を見てきてるから。あとで正式に外部機関に出す予定」


「ならいいけど……」



*****



「うーん、なんか変だね? センパイ、どう?」


「血管系は全て大丈夫なんですよね? 他の疾患もないし……身体に異常がまったくない状態で、意識レベルの低下が徐々に進んだ形跡もないというのは変ですね」


 諷と莉朶がモニターのデータを見ながら、口々に思いついた見解を出していく。その後ろでスイは、ベッドにいる影時の顔を見ていた。


 ―――こっちは眼鏡をかけてるけど、やっぱり似ている……よな? いや、似てるってレベルじゃねーな


 スイは、駅前の通りでぶつかった男の顔を思い浮かべ、思わず疑問を口に出した。


「……なぁ、コイツ、ホントに人間か?」


「えっ!?」


 諷がスイに聞き返したが、スイは構わずベッドの横に向かった。


 ―――瞳を見ればわかるハズだ


 スイは影時の両瞼の上に片手をのせ、ゆっくり瞼を持ち上げた。

 その瞬間、瞳の色がヒュンッと透明化し、瞳の中を覗くと金色の文字が渦巻いているのが見えた。


「……人工知能(AI)だ」


 スイの呟きに、諷と莉朶が駆け寄り、同じように瞳を覗いた。


「センパイ! この文字、終了コードだよ」


諷の言葉に莉朶が頷く。


「うん、転送の形跡が見られる」


「それにしても……スイ兄、どうやったの? サーフェスコーティングの解除」


 諷が影時からスイに視線を移して聞いた。


「何もしてないぞ? 身体に触れば見れるもんじゃないのか?」


「……いえ、そういうことは通常起こらないです」


「もしかして、スイ兄、チート持ち!?」


 スイが答えると莉朶と諷が驚いた。スイはイマイチわかっていない。


「あのね、スイ兄。 例えば……うーん、そうだなぁ。あ! 兄さんが持ってる本によくある『主人公が相手と握手したりすると、突然なぜか服が消えちゃう』っていうことが起きてる状態だよ!? 現実ではあり得ないでしょ?」


「「「「…………」」」」


 辺りに沈黙が流れ、「諷……」と、凪が目元を片手で覆った。


 ―――松尾さん、不憫だ。こんなとこで、所持品を妹にバラされるとか


「……あれ?」


「うん、とても分かりやすい解説だったけど、もう少し他ので例えた方が良かったんじゃねーか?」


 スイが指摘すると、ハッと気づいた諷が顔を赤くした。


「あれほど諷に見つかるようなところに隠すなと言ったのに……アイツ、シメルッ!」


「あわわ……兄さん、逃げて! ちょー逃げて!!」


 ボソッと言った凪の呟きに、諷が慌てた。


*****


「堀田さん! 影時の検査データは?」


「これよ……爪先から頭のてっぺんまで人間の身体ね」


 壁の向こうのスイ達のやりとりを見て、キリュウが堀田から電子端末を受け取り、影時の検査データを確認していく。



 ―――どういうことだ? 身体は人間で、脳の一部だけ人工知能を使ってるってことなのか? このデータと状況証拠だと、電子シグナルをシナプスに変換して生体ニューロンの仕組みを利用してるとしか思えないけど……、そんなことホントに可能なのか? それにしても誰が何のために?



 次々とキリュウの中で疑問が湧いてくる。


「影時の身体を確認する必要があるけど、もしかしたら……身体は誰かのクローンで、脳の一部だけ生体によく似せた人工知能かもしれないわね」


「だとしたら、単なるクローンじゃダメな理由を探れば全て押さえることができそうだな……。オレ、影時を作った人間が、完全にコピー元の人間と同じ記憶を持ち、思考の仕方まで同じレベルを求めた原因を探ってみるよ」


 堀田の考えが自分の出した答えとほぼ同じことにホッとしたキリュウは、まず自分がやるべきことを割り出した。


「そうね。あとは影時の人工知能の転送先を調べることと、今後の再発防止のために『どうやって転送したか』を調べることね」


 キリュウより返却された電子端末を抱えた堀田が、言葉を続けた。


「じゃあ、確認に行くわよ?」


 堀田の言葉にキリュウが頷くと、堀田は壁にさっきとは異なる模様を指先で描いた。

 壁が左から順に次々と上に上がり、ホワイトレイクチームの部屋とスイ達のいる部屋の壁がなくなった。

 突然の部屋の変化にスイと諷、そして莉朶は目を丸くした。

 キリュウは、そんなスイ達の横を通り過ぎ、助走をつけて壁の上の方の一角にあるライトのカバーを軽くジャンプしながら叩き落とした。


「ビンゴ! ライトのシーリングコンセントを使ったみたいだ」


 コンセントから完全にライトが外されていた。


「影時、意外にやるわね……。ありがとう、そこはすぐに手を打っとく」


 堀田はそう言いながら、莉朶と諷の前に立った。


「はじめまして、科学技術特区研究所調査官の堀田です。VRMMO『バーチャノーカ』開発者のお二人に折り入って頼みたいことがあるのだけど……いいかしら?」


 莉朶と諷に堀田が挨拶すると、「はい」と、不思議そうな感じで2人が頷いた。


「そこにいる人間が人工知能を有すると確定した場合、まだ世の中に馴染みのない技術なので、世間の混乱を防ぐためにいち早く捕獲し、厳重に補完する必要があると判断することになるんだけど……、転送形跡の調査と、どこかにAIのバックアップデータがあるのかの確認を2人に頼みたいの。もちろんタダでとは言わないわ。随意(ずいい)契約してくれないかしら? ちなみに金額はこれ」


 堀田が畳み込むように話したあと、2人の前に電子端末の画面を提示した。


「センパイ……スゴイ! もちろんやるよね?」


 諷の言葉に莉朶が何回も無言で頷いている。


「ちょっと待て! 2人とも金に目をくらませてどうする? 明らかに厄介事だろ?」


「スイ兄も協力してよね!? チート持ちなんだから!」


 2人とも話をまったく聞く気がないうえ、ほぼ強制参加確定かのように勝手に決めつけられ、スイは頭を抱えた。


「この金額で良ければサインして?」


 諷達の浮かれた様子から察したのか、キリュウが堀田に言った。


「堀田さん! まさか緊急予算、全部吐き出しっ!?」


「そうよ。こういうときに使うためにあるものなんだから、覚えときなさいね?」


 諷と莉朶がサインさえすれば、しばらくこの2人と顔を合わせることが確定する。キリュウはゲンナリとして深い溜め息をついた。


「精密検査と確定試験、そっちで頼めるかしら?」


 堀田が凪に頼むと、頷いてインターフォンで同僚の伊能を呼び出した。

 ホクホク顔で諷と莉朶がサインし終えると、今度はスイにも「守秘義務に関することだけだから」と、迫力のある有無を言わせない営業スマイルで堀田がサインを求めた。

 スイが助けを求めようとキリュウの方を見るが、キリュウはスッと目をそらす。


 ―――つまり、無駄な抵抗だってことか……


 スイは、諦めて溜め息をつきながら、しぶしぶサインしたのだった。


「霧生君、契約したから業務再開の案内出して!」


「りょーかい」


 キリュウは投げやりに答え、壁に埋め込まれたパネルを操作して研究所の案内図のホログラムを表示させた。そしてパネルをさらに操作すると、表示していない場所が一瞬にして浮き出た。


「来客の案内、終了しました。5番から13番エリア開放、特区業務再開可能です」


 キリュウの案内終了を告げる声が研究所内に響いた。

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