49 研究所の見学
世界でも3本の指に入る研究機関―――科学技術特区研究所
その研究所では、様々なカテゴリーにおける最先端の研究内容が常に世界に向けて発信されている。
そして、その研究所に若干16歳という最年少で所属することになったキリュウが、スタッフ専用のミーティングルームの片隅に座っていた。
「今日は外部から見学者が来る。そのため、特区関連の業務は休止だ。みんな、今日は通常業務を優先してくれ」
現在、始業前の軽いミーティングが行われている。科学技術特区研究所のメンバーは単独行動が多いため、主に情報共有を目的として、頻繁ではないが、定期的にこのようなミーティングが行われる。
キリュウはチームリーダーの話を聞きながら、腑に落ちない表情を浮かべた。
―――尾河さんだけならともかく、あの2人が見学とかってなんの冗談だよ……、絶対何かやらかしそうで嫌な予感しかしないんだけど。それにしても松尾さんの妹、性格が強烈過ぎて姉妹に思えない。むしろ堀田さんの妹だったら納得……いや、ないな
キリュウは、ついこの間まで自分を追いかけ回していたVRMMOの開発者の松尾 諷や、その姉であるブルーロックチームの松尾 凪、そして自分の直属の上司である堀田の顔を次々と思い浮かべていた。
「……で、今回の見学者の案内係は、霧生君だ」
「はぁい」
余所事を考えていたため、思わず投げやりに返事をしてしまうと、ちょうど後ろに座っていた堀田に軽く小突かれた。
振り向くと、集中しろ、とでもいうようにジェスチャーで堀田に促された。美人なお姉さんだが、相変わらず厳しい指導が入る。
そもそもキリュウが案内役に抜擢されたキッカケは、堀田の「そういえば、今度来所する見学者って霧生君と同じ学校に通ってるのよね?」という、どうでもいいこじつけのような余分な一言のせいだ。てっきり諷の姉である凪が案内するとばかり思って油断していたら、なぜか堀田のその一言で、それまでの会議における話の流れが変わった。毎回、そんな感じで当然のごとく面倒なことを押し付けられている気がする。
溜め息をつきながら、引き続きチームリーダーの話を聞くため、前を向いた。
一方、その頃、科学技術特区研究所の最寄りの駅前では―――
「スイ兄! こっちぃー!!」
「バーチャノーカ」というVRMMOの開発者である諷が、サラサラのツインテールの髪を揺らしながら手を振った。隣には、同じく諷の先輩の莉朶がいる。
「あれ? アオイちゃんは?」
スイが1人足りないことに気づき、疑問を口にすると、あっち、と2人が露店が並ぶ一角を指した。そちらの方に視線をやると、アオイともう一人見知らぬ女性がいた。ショートカットのアオイと髪型は異なり、軽くウェーブがかかっているが、顔はよく似ている。
―――オフ会の打ち合わせのとき、確かお母さんと行きますって言ってたなぁ……ってことは、あの人はアオイちゃんのお母さんか?
「スイさん、研究所の見学までに時間があるので、それまでカフェに入るという案があるのですが……」
莉朶の言葉に「あぁ、わかった」と頷いた。
「あと、スペシャルゲスト呼んだんだー」
「見学者って事前申請が必要じゃなかったのか?」
「その子は、大丈夫みたいだよ?」
―――事前申請なしで研究所に入れるスペシャルゲストって、誰だ? 諷ちゃんの話の感じだと、オレも知ってる人っぽいよな……でも諷ちゃんの姉ちゃん以外みたいだし。まぁ、もうすぐわかるか……
スイがそんなことを考えているうちに、アオイ達がこちらに戻ってきた。アオイは、露店で買った物が入ってる紙袋を大事そうに両手で抱き締めていた。余程気に入った物が見つかったらしい。
「スイさん! えーっと……はじめまして」
アオイが、元気にスイのところに駆け寄ってきたが、途中でリアルで会うことが初めてだったことに気がつき、急に恥ずかしそうに小声で挨拶した。
「こんにちは、はじめまして。いいの見つかった?」
「はい! 今日の記念に、皆さんの分もあるので、あとで渡しますね?」
「えっ?」
「ありがとー!! 何かなぁ、楽しみ!」
スイが聞き返すと、諷が割って入り、すかさずお礼を言う。
「ちょっ」
「私の分もあるんですか? 嬉しいです」
まったく遠慮しない諷を止めようとするが、莉朶に言葉を遮られた。
「はい、ブレスレットなんですが……」
アオイが隣いる母親を見上げると、「今、渡したら?」と、渡すよう促した。
アオイは頷き、ガサゴソと紙袋を開いた。紙袋に中にあったのは、黒の革ひもにトンボ玉が通してあるシンプルなデザインだった。一人一人アオイから手渡されたトンボ玉は、おそらくそれぞれをイメージした感じのようだ。
―――オレのは……青に銀のラインが入ってるのか
諷と莉朶の2人は、さっそく手首につけ、光にかざして眺めていた。スイは、その様子を見て、自分には身に付けるのは厳しいと判断した。どこにつけようか迷ったあげく、電子端末につけることにした。
すると、アオイからもらったトンボ玉のブレスレットを手にしていた手首を諷にガシッと掴まれた。
「スイ兄、女の子からもらったものは、その時だけでもいいからちゃんと身につけないとダメだよ?」
諷の言葉に莉朶が頷いた。
「捕獲っ!」
―――えっ!?
小さな声と共に、電子端末を持っている方の腕をアオイによって封じられた。
「アオイちゃん、よくやった! センパイ!!」
「フフフ……スイさん、覚悟っ!!」
スイの手から取り上げたブレスレットを諷が莉朶に渡すと、ジリジリと莉朶が距離を縮める。
「ちょっと待て! 莉朶さん、目がこえぇっ!」
そんな言葉による抵抗も虚しく、莉朶によって諷に捕まれた手首にブレスレットが装着された。シュルッという音とともに自動調節機能が作動し、ジャストフィットした。
それと同時に諷とアオイが掴んでいたスイの両手を離したため、バランスが崩れてちょうどスイの後ろを通った人にぶつかった。
「……っと、すみません、大丈夫ですか?」
謝りながら咄嗟にヨロケた人の腕を掴み、バランスを立て直してあげた。
ヘッドフォンにパーカーのフードを深めに被っていた男は、「いえ、大丈夫だから」と、静かにかすれた声で答えた。
その人物と目が合った瞬間、スイが固まった。
―――なんで……この人の目、AI(人工知能)と同じなんだ?
金色の文字が瞳の奥で渦巻いている。
「……もう大丈夫なんで、腕を離してくれない?」
「あぁ、すみません……」
スルリとすり抜けるように男は人混みの中に消えていった。
―――気のせいか?
頭を掻きながら、首を傾げた。
「スイ兄、早くカフェに行こうよ!」
「あぁ」
返事をし、スイ達はカフェへ入った。
******
見学者を出迎えるため、キリュウは入口に向かった。
―――5番から13番エリアまで、立ち入り禁止になってるな
移動の途中で案内図の表示が立ち入り禁止エリアだけ表示されていないことを確認した。
*****
スイ、諷、莉朶、そしてアオイと母親の5人が、科学技術特区研究所に着くと、扉の前にトアリーがいた。扉を鏡がわりにして、栗毛色の髪を押さえながらポニーテールの位置を直していた。
「あぁ、スペシャルゲストって永久さんか」
「うん、連絡とったら来てくれるって言ってくれたんだ。乃木 霧生の案内だと……アイツ、ガードが固そうだからね。彼女にたくさんいろいろ見たいなって言っておいたから、たぶん融通してくれると思う! 期待していいよ?」
―――そういう魂胆か……諷ちゃん、意外にしたたかだ。油断できねーな
諷の野望を聞いて、スイがそんなふうに思っていると、「永久さーん!」と、諷が手を振りながら扉の前に駈けて行った。トアリーは全員扉の前に揃ったのを確認すると、キリュウの出迎えを待たずに扉の横にある装置に片手をおき、研究所の扉を開けた。
「皆さん、セキュリティチェック受けてからじゃないと見学できないので、早速こちらへ……」
研究所の見学時間が決まっているため、できる限りいろいろ見たいという諷の要望に答えようと、トアリーが気を使ったようだった。
「げっ……このセキュリティのタイプ、オレ絶対ひっかかる」
研究所のエントランスに入った途端、スイが怪訝な顔をしながら呟いた。
「スイさん、どうしました?」
急に立ち止まったスイに、ちょうど後ろにいた莉朶が気づいた。
「あ、そっか。スイ兄、ことごとくセキュリティにひっかかるんだっけ? 何か電気を溜め込む体質みたいで」
「電気を溜め込む体質って……そんなワケあるはずがない」
「いい加減認めればいいのに……」
諷の言い分を頑として認めなかった。しかし、諷の言うとおり、スイはよくセキュリティにひっかかるので、買い物は極力店に行かず、もっぱら通販を利用しているのが現状だ。
「じゃあ、時間がかかりそうな尾河さんから先にチェックを受けてください」
「……」
トアリーの容赦のない判断に、スイは何も言えなかった。
*****
「あれ? 今日は外出じゃなかったっけ……」
キリュウが、セキュリティチェックを終えてラウンジにいるトアリーを見て声をかけた。
「諷さんに、一緒に見学について来て欲しいって頼まれたの」
「……一体ナニヲ企ンデイルンデスカ?」
トアリーの横にいる諷を半眼でキリュウが見た。
「べっつにぃー?」
「ウソだ! 絶対ウソだっ!」
視線をそらす諷にキリュウはすかさずツッコミを入れた。
「乃木君、今日はヨロシクお願いしますね?」
「あの……はじめまして、アオイです。ヨロシクお願いします」
莉朶とアオイ、そしてアオイの母親が順にキリュウに挨拶した。まるで諷のフォローをするかのように、突然割って入った莉朶の挨拶で話題を変えられてしまった感じだ。
「……そういえば尾河さんは? 今日、来るって聞いてたけど」
「あそこだよー」
諷が指し示した先には、半ガラスで部屋の中がわかるようになっているセキュリティルームにいるスイがいた。
「尾河さん、ひっかかったんだ」
「うん、そういう体質なんだって」
スイ本人は認めていないが、あっと言う間にトアリーやキリュウにまで「スイの体質」について浸透した。




