#8 水の都
水都ヴァルネッサ。
周囲を高い山で覆われ、窪んだ谷底に作られた都市であり、中には無数の水路や川が通っている。"蒼穹の英雄"が山に巨大な穴を穿ち、トンネルを作ったことで開発された天然の要塞都市だ。美しい景色と英雄が治める都市ということもあり非常に人気が高く、治安も良いとされている。街のいたるところに"蒼穹"の石像が置かれており、同郷の人間特有の自己陶酔に吐き気を催すがそれ以外は基本的に飯も上手く、市民の印象も良い。
と、ナツメの手記には書いてあった。事実目の前にある山々は高くそびえ立っており、都市の中に入るためのトンネルには行列ができていた。しばらく待ちながらようやく自分たちの番になり、ファルコとメィリンは冒険者証を見せて中に入った。
冒険者証はどの都市にも税金なしで入れるし、宿を取る際にも困らない優れた身分証明書だ。魔物の討伐を生業とする彼ら何でも屋をより有効活用するために国が作ったとされている。要はどこも人手が足りてないのだ。ナツメが過去に作ってくれたおかげで僕も持っていた。
入口の衛兵に金属製のカードを見せてトンネルに入った。薄暗い道を歩いている最中にメィリンが話しかけてきた。
「デュランも冒険者だったの?」
「昔作ってくれてたんだ、作っておいて損は無いからって」
「昨日言っていた亡くなられた先生がか?随分用意周到だな」
「そうでもないさ、いつだって行き当たりばったりな人だった」
無茶ばっかりして、本当にどうしようもない先生だった。人より責任感がありすぎるから、自分に関係ないところでも罪悪感を感じてしまうただの優しい人だったんだ。
長いトンネルを抜け、光が視界を覆った。目蓋を少し細めながらトンネルの先を見るとそこには綺麗な風景が広がっていた。周囲を滝が囲い、飛沫が太陽をキラキラと反射していた。湿っぽい綺麗な空気を肺いっぱいに入れて、メィリンとファルコと一旦別れた。
「俺たちはギルドにキングが出たことを報告しなければならん。ただ本当にいいのか?討伐証明部位を俺たちが貰っても」
「いいよ、金には困ってないし。あそこまで追い詰めたのはふたりの実力なんだからさ」
「じゃあありがたくもらっちゃうね、あとでまた酒屋で会おう」
「行けたら行くよ」
彼らはギルドへと向かっていき、僕は一人で街中を歩いた。確かにナツメの言う通りいたるところに石像があるのは不気味だ。
さて、まずはどうしたものか。街の散策をしてみても特にこれといったものは見つからない。市民の活気もあるし、本当に"蒼穹"はいるのか?手記に書いてあった悪行をしているならもっと街は陰鬱とした雰囲気になってもおかしくないんだけど…
今から急に屋敷にいっても、ここはあいつの領地だし"英雄"を含めた多対一を勝てるかと言われるとまだ怪しい。理想はどこかにひとりでいることなんだけどなぁ…
「お兄ちゃん!」
そう呼ぶ声にハッとする。メアリーではないが、久々にそう呼ばれたことに心臓が破裂しそうになるほど騒がしくなる。
「お兄ちゃん!お兄ちゃんってば!」
「…僕?」
「そう!今どこかに泊まってるの?」
「いや、これから探そうとしてたけど…」
「ならうちにしなよ!安いし!」
10歳ほどの少女にそう腕を引っ張られ、街の通りから外れたやや寂れた宿屋に案内される。確かこういう風に客引きしてあとで異常に高価な宿代を請求するやつがいると手記に書いてあったが…その類いか?
いざとなれば逃げればいいし、言う通り安かったら願ってもない。ここまで人気がない宿屋ならマークされる心配もないしな。
「お母さん!客!金ヅル!」
「でかしたよアッシュ!さぁお客さん、何日泊まる?うちは安いよ」
「いや今金ヅルって…」
「そんなこと言ったかい?まぁいいじゃないか。で、泊まってくのかい?」
「泊まる、とりあえず2日お願いしたい」
「あいよー、メシ代込みで銅貨8枚」
食事代が入ってこれなら、確かに安い。金を払い、部屋の鍵を貰って階段を上る。扉に鍵を差し込んで開けると干し草の匂いがした。開けられた窓から差し込む橙色の光がやけにキラキラとしていて、ナツメから譲り受けたガンブレードに反射した。
壁に荷物を立てかけて下ろし、椅子に座って手記を開いた。
"蒼穹"ことユウヤ・タカナシが行ってきた悪行に目を通し、不快感が喉の奥に込み上げてくる。ナツメは彼を醜悪と一蹴し、最も嫌悪しているケダモノの一匹と書いている。
使う魔術と得意な攻撃パターンを何度も何度も読み直す。僕が彼ら"英雄"と戦うときの明確なアドバンテージは情報量の差だ。彼らは僕を知らず、逆に僕は彼らを知り尽くしている。
「隠された力や、土壇場で都合よく強大な力に覚醒するなんてものは空想の中にしか有り得ない。必要なのは積み重ねた地力と何者をも凌駕する意思決定力…か」
「なんのはなしー?」
「うわっ!」
手記を読み耽るのに集中しすぎて室内に入ってきていた少女に気が付かなった。魔物の気配ならすぐに気づけるのに。人と関わらなさすぎた弊害かな。
「ノックもせずに客室に入るのかな?ここの宿屋は」
「えっ!?したよぉ…ご飯できたから呼んできてって言われたの」
「そうか、すぐに行くよ」
「うん!待ってるね!」
あの子…アッシュと言ったか。メアリーも今はあれくらいの年になるだろうか。髪色も同じだし、無意識に目で追ってしまう。
ガンブレードを背中に背負い込み、階段を下りるといい匂いが鼻を立ち込めた。
「おっ、きたきた。冷めないうちに食べちゃいな」
「いただきます」
「しっかし幽霊みたいな格好してるねぇ。どうしたってそんなボロボロなんだい」
「趣味です、ただの」
「そうかい?変な趣味だねぇ…」
椅子に座り、机に並べられたシチューを食べる。僕が何も言わずに料理を頬張ったのが気になったのか、アッシュの母親が尋ねてくる。
「祈らないのかい?」
「ん…あぁ、無神論者だからね」
「なんてバチ当たりな…」
神はいない。いたとしても人間を助けるほど暇じゃない、この世界は神にとって大した意味をなさないものだ。それが、僕の出した結論だ。無神論者のナツメと一緒にいたせいもあるだろうが、あの惨状を目の当たりにすれば誰だって神を信じれなくなる。
「ねぇねぇ、このおっきな剣すごいねぇ」
「触らない方がいいよ、爆発するかも」
「えぇっ!?」
「冗談さ、でも触らないでね。危ないから」
アッシュは暇なのか、それとも客が来るのが久々なのか僕の隣にずっと座っている。こんな身なりで武器を持ってる人間なんて冒険者か犯罪者くらいしかいないのに随分と怖いもの知らずなようだ。




