始動
--- コロニー 郊外の病院
そこからタツマは、一か月ほど夢遊病者のような状況に陥る。 加えてダイゴも破壊された腕の義手のため同じ病棟に入れられることになる。
見舞いにきた、バルティス、鄭、アリエフからは、心配して来たようだが、ダイゴの状態を見て少し安心た感情が読み取れる。
“後は任せておけ、 ゆっくり休むんだぞ! ”
そういって、再びの惑星間貿易商の仕事に戻っていった。
本日の病棟には、墓守の管理者が、来ている。
「随分と荒っぽいやり方ですね」
「暴走を止めるんだ。 それに今までのツケもある。 腕一本で済めば易いものだ」
「まったく。 彼らは呆れていましたよ。 ここで残った契約者まで死なれては、計画遂行に大きな障害となりますからね」
「相変わらずだな」
「はい。 彼らにとってみればでしょうね」
苦笑しながら、発言する。
「しかし、私は親友として、お見舞いに来ていますよ」
墓守の管理者は、笑顔をダイゴに向ける。
「ありがとうな」
「タツマ君は、どうです? 」
墓守の管理者が、となりで寝ているタツマに視線を向ける。
「夢遊病みたいになっている。 目が覚めて、起き上がり、院内を歩き回り、そして寝る。 食事や排せつは問題がない、 名前を呼ぶと振り返るがそれ以上の反応はなし」
「カウンセリングは? 」
「ときおり、スキュレスが来て話しかけているけど変化なし。 今は、成り行きを見守る形だな。 例の凶暴さを加味すれば、ベッドに縛り付けておきたいところだが、現状は自由にさせている」
「名前に反応するとなると、自我はあるようですね」
「ああ。 それにかつての人格も抑え込めているようだ。 後は時間とタツマの精神力の次第だな」
「もし、表人格のタツマ君が負けたら、あの人が戻ってくるのでしょうか?」
「さぁな。 わからん」
病室は二人部屋。 タツマとダイゴのヒルベルト親子がいる。 そのため、室内は静かであり、外からの声がたまに聞こえて来る程度である。
沈黙から墓守の管理者が、何かを決めたような顔になり話題を切り出す。
「スキュレスさんから要望がありました」
「要望? 」
「ええ。 後ほど正式にダイゴさんと話すとのことですが、先に相談を受けた形ですね」
「で? その要望とやらは? 」
「マールスに戻りたいとの事です」
「またどうして」
ダイゴにとっては、意外な提案になる。
「この間、報道で令のタニア連合王国のガラスの雪の番組をやっていまして、多くの難民の窮状が放映されていました」
「そんなの腐るほど見てきただろう」
「まぁ1年近く経過して、心の整理も付いたのでしょう。 難民を支援したいとのことです」
「ご高説は素晴らしい。 金は? 金なくして、支援は無理だぞ」
「彼女の家の隠し財産があるようです」
「……なるほどね。 で俺にどうしろと」
「手伝って欲しいとのことです」
「無償でか? 」
「報酬は、マールスにおける、権益にヒルベルト商会を食い込ませるとのことです。 ただし成功の暁ですが」
「どうやって? 工程は? 」
「無いでしょうね。 彼女の信頼に賭けるといったところです」
「無償の支援じゃねーか」
「はい」
暫く両者の間に沈黙が訪れる。 ダイゴは常に金を求めてここまでやって来た。金のために命を張る。ベルナールへの宅配便は、その最たるものだ。
金の見返りのない案件に突っ込む。さらに利益がいつ出るかわからないと来ている。
「わかった。やるよ」
墓守の管理者は、目を丸くする。
「どうした? 提案したのはそっちだろ」
「いえ……あまりにも決断が早かったので。 それにダイゴさんの今までの行動からすれば、断ることを予見していたので」
「まぁ色々あったからな。 それに、上の都合で戦果に巻き込まれて苦しんで、踏みつぶされるのを待つだけの人間の辛さもよくわかる。
ガラスの雪は、僅かに触れただけだが、あの悲惨な状況を少しなりとも改善できるのであれば、俺の違った意味での生きる意味なるかと思ってな」
墓守の雰囲気が変わる。
「そうですか……彼女と今後も関わるということでよろしいのですね」
「ああ」
「スキュレス氏の件は、既に財団に報告しております」
「お前の仕事は、それだからな。 別に何とも思わんよ」
「もし、彼女をヒルベルト商会に加えるのであれば、早急に追加報告せよとのことです」
「……そう来たか」
「はい。 彼女の伝手は、まだ生きている。 そして財団はマールスへの影響力強化を求めている。利害が一致しているようです」
つまりは、彼女を彼らの悪魔の契約に巻き込ませるとの宣言になる。
「それは……少し考えさせてくれ」
「はい。 彼らは待ちますよ。 いつまでも。そして裏切りは許さない」
「知っている。 安心しろ裏切りはない」
「わかりました。 そのように伝えておきます」
リラックスムードから、病室内はひり付いた雰囲気になる。
「それと……拳銃をタツマに渡したのはお前だな? 」
ダイゴの目が鋭くなる。
「はい。 彼が欲しいと言っていましたから」
「ガキに銃まで渡すのか? 」
「財団に報告したところ、許可が出ましたので。 その意図までは、わかりません」
「とことんまで外道を貫くな」
「傍から見ればそうでしょう。 個人の人生など彼らにとってみれば、大河の水の一滴。彼らは大河の行く先のみを見ている」
「……」
「財団を擁護する訳でも貶す訳でもない。ただ、彼らはそうしている。客観的事実です」
「悪魔の契約。 契約満了時は全てを頂くか」
「そこまではしないでしょう。 ただし、向こうの意思には絶対に従ってもらう。それだけですよ。 そして、そこには憐憫の類は入り込まない」
「弱者は切り捨てろか……」
「はい」
両者の話が終わる。
タイミングを見計らったように不意にタツマが目の開き、天井を見つめた後、顔が横を向く。
ベッドに横になってるダイゴと目が合う。
「よう。親父。 こんなところで何をしているんだ? 」
「養生ってところだ。 仕事が忙しかったからな」
おそらくダイゴにしてみれば、いつもの軽口と皮肉のつもりだったのだろう。
「そうか……隣の人は? 」
「……俺の友人だ」
「へー」
タツマがゆっくり起き上がる。
「どうも。 親父が世話になっています」
以前と様子が明らかに違う。 暴言も挑発もない。
しかし、13才にしては発言が大人びて落ち着ている。 その様子に違和感を覚え、墓守の管理者は、状況を確認する。
「とんでもありません……ところで私を憶えていますか? 」
「……どこかでお会いしましたっけ? 」
「いえ。 気のせいですね。 それでは私はこれで」
墓守の管理者は、病室から出ていった。
「タツマ。あいつを憶えていないのか? 」
「ああ。 誰? 」
「そうか……スキュレスという名に聞き覚えは? 」
「ないな」
「……」
受け答えははっきりしているが、記憶の一部が飛んでいるようだ。
(ここで俺の腕がないのが知られると、タツマの嫌な記憶が戻る可能性もある。 腕のことは隠しておくか)
「タツマ。 とりあえず、ナースコールを押してくれないか? 」
「はっ? 親父どこか悪いのか? 」
「いや。 とにかく押してくれ」
その後、病室に看護師が飛んでくることになり、タツマは別病棟に入れられることになる。
診断結果は、解離性健忘との診断。 母親が目の前で死んだ時から徐々に裏人格が現れ始め、そして今のタツマには、大暴れした数年の記憶が消えている。
あのタツマの裏人格が消える際に一緒にもっていったのか。それとも偶然なのかは不明だが、それでも多くの記憶をもっていった。
*
ここは、テラ・マールスコロニーの宇宙船ドックのロビーになる。
数多くの旅人の出発点であり、目的地向かう意思の熱、別れを惜しむ悲しみの冷涼が交わる熱くも寒くもない特有の空間になる。
ここにも一組、別れを組みがいる。
「私、先に行きますね」
マールス行きの出発便が、出発フェーズに入っている。 もちろん、まだ時間があるが、余裕を持って行動するには、いい時間になる。
「……そうか」
「ヒルベルトさんからのバックアップももらえるようなので、何とかなりそうです」
今の彼女の瞳は、出会った当時の死んだ眼から、瞳の中に僅かに何かが灯っている。
「そうか……」
「私のような不幸な人を少しでも減らさないとですね」
「ああ」
ダイゴとしては、その眼の奥の揺らぎが気になって仕方ない。
「大丈夫ですよ。 それにヒルベルトさんの利益が叶うように動きますから。 こちらに来た際には、お仕事を用意しておきますね」
「お手柔らかな奴を頼むぞ」
「それは、どーかしら? マールスの既得権益に突っ込むのですから多少のリスクは取ってもらわないと」
彼女は、クスクス笑っている。
あれから1年程度経過している。 彼女は一見すると活発で、そして貴族での雰囲気が残っているお嬢様であり、高嶺の花のような雰囲気を纏っている。
「よくしゃべるな」
「そうですか? そうそう。 あのしょぼくれたタツマ君もようやく戻ったようでなによりです」
「会いに行かないのか?」
「私のことも忘れているのでしょう? であれば、今はいいです。 いずれ運命が交差すのであればまた、会うこともありますよ」
「そうか」
「彼をこれからどうするんですか? 」
「惑星間貿易商として鍛え直す」
「あら! 同じ……あのラッキースター号に乗船させるんですね」
「ああ」
「学校は? 」
「リモートスクールがある。 それで十分だ。 あいつの能力を近くでみることにするさ」
「そうですか――それは良い心掛けですね」
「ああ」
「それでは――これからよろしくお願いしますね。 ヒルベルトさん」
「ダイゴでいい」
「……そうですか。 ダイゴさん」
彼女はそう言い残してロビーから発着場に出発していった。 その姿を見送るダイゴであるが、彼女への感想が口を告ぐ。
「裏がありありだな。あの目。 復讐に燃える目じゃねーか。 俺を騙せ切れると思ったのかね……」
ダイゴの呟きは周囲の雑音にかき消される。
ダイゴが感慨に耽っていると、後ろから声が聞こえて来る。
「おーい。 ダイゴ―どこだー」
一般客のいる中で大声をだすなと言っているのにバルティスはその癖がとれない。
ダイゴも手を上げ自分の位置を示す。
それに気づいたのか駆け寄ってくる。
「おーいた、いた。 ラッキースター号の出発準備が整ったぞ」
「そうか」
「タツマは2級乗組員として登録したぞ」
「助かる」
「それにしても、奴は随分と性格が変わったな。 素直に指示内容に従うし、その上で指示の意味を聞いてくる。 おまけにその意味を理解している。 あれは、成長が早いぞ」
「いっぱしの船乗りになれば、くいっぱぐれることもないだろう」
「だな。 親子水入らずの航海だな」
「ああ。 そうなる……な。 荒事にも付き合ってもらう」
「またあいつが出て来るんじゃないか? 記憶障害の可能性もあるぞ」
「生き残るためだ。 この世界は綺麗ごとだけでは動いていない」
ダイゴの目が、鋭くなる。
「まぁ社長の教育方針であれば従うさ。 次の行先は、テラに向けての航海だ。 ラッキースター号も絡まれることが多くなってきたからな、鄭が、ドックに入れてくれとの要望が上がっているぞ」
「そうか……それも重要だが、あのスキュレスのことに関して言っておきたいことがある」
「了解。 そいつは鄭の愚痴と共に船の中で聞こう。 まずは出発だ」
タツマを含めた5名と宇宙最高峰のAIセレンを要するヒルベルトが、ここから動き出す。
星の瞬きのような一瞬のできごとが、多くの人の運命を変えていく。
スキュレスの意思と提案を引き受けながら、ヒルベルト商会の快進撃がここから始まることになる。
つづく




