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囚  作者: 木々


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8/80

無意識

[登場人物]

富野瑛亮(14)中学三年生

葛西愁吾(14)中学三年生

放課後。部活へ向かう生徒の波に紛れて席を立ち、教室を出る。特に行くあてもないから、時間を潰すためだけにトイレへ入る。小便器の前で用を足していると、わざわざ隣を選ぶ奴が来て顔を見る。

涼しい顔をして隣にいたのは葛西だった。

「うわ、お前かよ。」

「嫌みたいに言わないでよ。」

「嫌だろ。なんで隣来んだよ。他空いてんじゃん。」

顎で一つ隣を指してみせるが、葛西は見向きもしない。やっぱり、変な奴だ。

「どこを選んでも自由でしょ。」

「だとしても隣は無い。」

「え、止まっちゃった?」

わざとらしくとぼけたフリで、こちらを覗き込む。反射的に身を前に出した。

「おい、見んな。」

「パンツ、ダサいね。」

「は?」

角度的に考えたら、絶対に見えていないはずなのに、適当なことを言う。本当に何を考えているか分からない奴だ。

やっと隣から葛西が居なくなり、落ち着いて用を足す。彼は手洗い場で手を洗いながら、チラッとこちらを見る。

「今日来る?文芸部。」

「行かねーよ。」

言葉の意味を知っているせいで、一瞬だけドキッとする。あの狭い空間と、その時の出来事を思い出させる、端的な隠語だった。

「それは寂しいね。少しは役に立った?」

「は?いや……別に。」

「へぇ、立ったんだ。」

葛西は蛇口の水を止めて、丁寧にハンカチで手を拭い、含んだ笑みを微かに浮かべる。

「勝手に判断すんな。」

「僕はいつでも待ってるけどね。」

そう言い残して、葛西はトイレを出て行った。

それから数日は、一度も寄ろうなんて思わなかった。しかし、あの日以来、あれを超える夢なんて一度も見られなければ、妄想のパターンもマンネリ化して、フラストレーションは溜まり続けた。その結果、再びこの扉の前に来てしまった。

ゆっくりと、軋む扉を開ける。

「あ、富野くん。」

豆電球の灯りの下、葛西は相変わらず、そこに座って本を読んでいた。文庫本から視線を外し、こちらを見ても驚きもせず、喜びもせず、すぐに存在を受け入れる。それが気持ち悪くて、何か言われた方がまだマシだと思った。

「……おう。」

「今日は何して欲しいの?」

葛西は本を机の上に置き、頬杖をついて、貼り付けたような笑顔でこちらに問い掛ける。

そんなに簡単に受容されると、逆に恥ずかしくなった。

「別に。たまには、来てやろうかと思って。」

「富野くんは優しいんだ。」

「優しくねーよ。」

花音に言われた言葉とリンクして、すぐに否定した。彼が同じことを言ったのも嫌だが、ここへ来た本当の理由を知っているのに、そんな風に言われるのはもっと嫌だった。

彼は否定の意味を分かっていて、クスッと笑う。

「エッチなだけか。」

「ちげーし。」

気恥ずかしさのために、直接的な指摘をされるのも嫌だった。本心を悟られないように、葛西から目を背ける。

「あれから、どんな妄想した?それとも、エッチな夢でも見た?」

「……別に。」

小さく返答すると、葛西はニンマリと笑う。

「へぇ。いいなぁ。」

「何が。」

睨むように彼の顔を見た。

どうして、彼は毎回こんなにも勘がいいのか。不思議に思って、盗聴でもされているんじゃないかと変なことまで疑った。

「寝ている間にあんな夢を見てしまった自分は、本当に自分なのだろうか。」

「は?」

「無意識に抑圧された感情は、心に影響を与えるんだって。無意識って概念は、昔の精神医学者、フロイトが提唱したの。」

「何の話だよ。意味分かんね。」

「富野くんは、吉沢さんに告白しないの?」

興味の無い話から、急に重大な質問をされて、鼓動がポンッと跳ねるような感覚がした。こいつは、花音への想いまで知っているのか。

「えっ、なんで。」

「なんでって。好きなんでしょ?授業中とか、よく見てるよね。吉沢さんのこと。」

「はっ?見てねーし。」

どうしてそんなことを訊くのか。裏に隠された意図を懸命に探して、一つの可能性に辿り着く。

「えっ……もしかしてお前。」

こちらが行かないなら先に行く、という宣戦布告に感じた。

葛西は眉間に皺を寄せて、呆れた様子でこちらを見る。

「は?富野くんは、バカなの?」

「は?」

「富野くんが吉沢さんを好きだってことくらい、見てたら分かる。でも僕は、吉沢さんのこと嫌いだから、安心して。」

予想と真逆を言われたとしても、彼に対して沸いてくる苛立ちはほとんど同じだった。花音のことを好きと言っても、嫌いと言っても癪に障るのだ。

「は?嫌いまでいく?好きじゃないとかじゃなくて?あの花音を?やば。お前、見る目無いよ。センス無い。」

葛西は口元を固く結んでから、次の瞬間には堪え切れずに吹き出す。

貶されて、何がそんなに可笑しいというのか、全く分からなくて気味が悪かった。葛西はその後も、一人でずっと大笑いしている。

「確かに。僕って見る目無いよね。だって、富野くんが好きなんだよ。僕でも出来ることを怖くてしない、富野くんのことが。こんな意気地なしを選ぶ僕って、本当にさ。」

「なっ……。」

葛西は机に伏せて、時折堪えるようにずっと笑っている。その笑いが恥ずかしくて、どうにか止めたくて、肩を掴む。

「笑いすぎ!もういいから!」

「本当に、僕ってセンス無い。」

「もう笑うなって!」

置かれた本が、机上と彼の腕の間から床に落ちる。嫌々、その本を拾った。

顔を上げた葛西は手を伸ばし、本を持った左手を引く。目が合って、反対の手の親指で唇を触られる。

「何だよ。」

「今日は、乾燥してないね。」

「別に。お前に言われたからじゃねーし。」

「今日もしていいよ。キス。」

そう言われて、少しだけ見開いた目の視線は、机上、左手、天井へ移りながら、最後は彼の口元で止まる。

「うん。」

唇を重ね、感触に集中して目を閉じる。上下の歯の間から、彼の舌先が触れる。その瞬間だけ驚いたものの、新しく得た感触の心地の良さに、夢中になっていく。吸い付くように心地の良さを求めるだけで、他には何も考えられないまま、欲に身を任せて絡めていく。

椅子がガタンと音を立てて、左手を掴む彼の手にぎゅっと力が入るのが分かった。代わりに、舌先の力は抜けていく。その様子に気付いて、惜しいと思いながらも、唇を離れる。

葛西は濡れた唇を一度噛んでから、口を開く。

「何、急に。」

彼の黒い瞳は、少しだけ揺れていた。

「何って、そっちが先に舌入れて来たんじゃん。」

「……そっか。」

葛西は視線を落として、椅子から立ち上がり、隣を通ってここから出て行こうとする。

「え、だめだった?」

後ろ姿の彼は、首を横に振る。

「富野くんはさ、ずっとそうやって、何も考えないでいてよ。」

「なんだよ、それ。」

振り返っていつもみたいに微笑んでから、葛西は扉を開けて出て行ってしまった。

[次回更新]11月11日 火曜日 23時予定

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