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Powergame in The Hell Ⅱ  作者: 粟吹一夢
第三章
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閉ざされた帰り道(1)

 夏休みに入る前、最後の日曜日。

 ソウルハンターの制服を着た俺と霊奈れいなは、それぞれ自分のエア・スクーターに乗り、霊魂管理庁第三百三十三支部に向かっていた。

 ちなみにソウルハンターの制服とは、男性用はタキシード風黒服で、女性用はゴスロリ風黒ドレスだ。どちらも喪服ぽく見えなくはないが、特に女性用制服は誰かの趣味で作ったとしか思えないほどの萌え仕様で、俺がこの制服を着た霊奈と初めて会った時、コスプレイヤーにしか思えなかったほどだ。

 その使命を終えた霊魂に対する礼儀を失することのないようにと、どちらも長袖だし、男性用は長ズボン、女性用も黒タイツという暑苦しい格好ではあるが、一応、冷感素材でできている夏服で、見た目ほど暑くはない。

 俺達は、三十三区にある大きな川の河川敷にぽつんと建っているプレハブのような建物の側に降り立った。そこが霊魂管理庁第三百三十三支部と呼ばれる施設だ。

 支部と言っても、ここに詰めている職員がいる訳ではない。

 霊魂管理庁の支部とは、地界の霊魂の回収に行くソウルハンターが幽体離脱をした後の肉体を一時保管しておくため、強力なバリア結界を張れることができる施設のことだ。

 今、俺がいる世界は「獄界」と呼ばれている。そして、俺が元々いた世界は「地界」と呼ばれている。二つの世界は「時空トンネル」を通ることで行き来できるが、残念ながら、そこを通れるのは霊魂だけで、肉体を有したままで別の世界に行くことはできない。だから、我々ソウルハンターは、地界の霊魂を回収するために、意識的に幽体離脱をして、霊魂になって地界に行かなくてはならない。そして、霊魂が離脱した後の肉体は、当然、最低限の生命維持機能しか働いていない状態であるため、外部から攻撃や干渉があっても対応できない。そこで、強力なバリア結界により外部から侵入することができない支部の中で肉体を安全に保管しておくのだ。

 この第三百三十三支部は、霊奈専用の支部で、交通事故で死んで霊魂となった俺を回収に来た霊奈がその肉体を保管するのに使用していた場所でもある。

 そして、この地下には龍真りゅうしんさんの肉体が冷凍保存されていたが、今、その地下は埋められて、初めから無かったことになっている。

 俺も地界に霊魂を回収に行く際には、ここを使わせてもらっている。

 普段は高校生をしている俺と霊奈だが、ソウルハンターの仕事もしていないと体がなまってしまいそうなので、日曜日にちょくちょく嘱託職員として働いている。そして、今日、俺と霊奈が割り当てを受けた死亡予定者は地界の人間であったことから、一緒に行くことにしたのだ。

 霊奈が支部のドアに取り付けられている生体認証鍵に右手のひらをかざすとロックが解除され、ドアがスライドして開いた。

 霊奈と一緒に中に入ると、自動でドアが閉まり、ロックされる音がした。

 家具も何もない室内には、ふかふかのソファ二つだけが向かい合うように置かれていて、俺と霊奈がそれぞれソファに沈み込むようにして座った。

「真生、行くわよ」

「おう!」

 俺と霊奈は目を閉じて、精神を集中させた。

 幽体離脱は、まず、普段は意識することのない自分の霊魂の存在を意識することから始まる。

 そして、自我を肉体から霊魂に移し替えることをイメージする。それが上手くできたら、景色の見え方が変わる。言葉にすると難しいが、目で見ていた景色が心で見ているようになるとでも言うのだろうか、自分の体の中から外を見ているように視点が変わる感じだ。

 そうなれば、自我が操るのが肉体ではなく霊魂になる。

 俺は立ち上がった。もちろん、立ち上がったのは、俺の霊魂だけで、肉体はソファに座ったままだ。

 前を見ると、ソファに座って目を閉じている霊奈の前に、少し透き通っている霊奈が立っていた。それが霊奈の霊魂だ。

「行くか?」

「ええ」

 霊魂には重さがない。念じるだけで前にも後ろにも上にも下にも移動することができる。この進み方にもコツがある。慣れないと紐が切れた風船のように漂うことしかできないが、コツさえ掴むと自由に空も飛べる。

 そして、霊魂は物質ではない。この辺りは最新の霊魂学でも全てが解明されている訳ではないが、通説上は、強力な意識の構成化と言われている。

 ソウルハンターが体得している霊魂捕獲技術やそれを援用したシステムを利用している地獄では、霊魂を掴んだり、遮蔽したりすることができるが、通常の物質では霊魂をさえぎることはできない。

 と言うことで、俺と霊奈は、――正確に言うと、「俺と霊奈の霊魂は」なのだが、面倒臭いので、「俺と霊奈は」と言わせてくれ。――支部の建物の壁を通過して外に出た。

 そして、空に舞い上がると、川の水面を上流に向かって飛んで行った。

 前方に、陽炎かげろうのように揺らいでいる所があった。

 時空トンネルだ。これもソウルハンターの訓練を積むことで見えるようになる景色だ。

 俺と霊奈は、並んで、その揺らぎの中に飛び込んで行った。

 濃い霧が掛かっていて、何も見えない空間をしばらく飛ぶと、急に視界が開けた。

 獄界とそれほど変わらない景色だが、ここは、もう地界。俺が生まれ育った世界だ。

 ソウルハンターになってから、何回か地界に戻ったことがあるが、やはり、そのたび「懐かしい」と感じる。



 地界と獄界は並列社会なので、それぞれの世界で地球ができてから天変地異もほとんど並列的に起こっていたのだろう。二つの世界の地形はまったく同じだった。

 しかし、違うところもあった。獄界では、その昔、世界を統一した大王とその一族が君臨していた。どうも、その大王は地界で言うところの日本出身だったようで、そのため獄界では日本語が世界共通語になっている。壊滅的に英語の成績が悪かった俺にとっては不幸中の大幸福というところだった。

 そして、獄界で俺が居候をしている御上家があるのが三十三区なのだが、そこは地界で言うところも関東地方で、三十三区にある時空トンネルは、地界の東京近辺に繋がっていた。

 ということで、俺と霊奈は、地界で言うところの「日本」で死んだ霊魂の回収を主に担当していた。



 地界だけで一日に十五万人もの人が死んでいる。霊魂管理庁の正規の職員は、二、三人でチームを組んで、一チーム当たり一日百人以上の霊魂を地獄に連れて行っている。つまり、今この瞬間にも数多くのソウルハンターが幽体離脱をして、この地界にやって来ているのだ。

 そして、人口が多い場所が地獄に連れて行く霊魂も多いとは限らない。

 地界の日本はまだ平和だ。しかし、それ以外の地域では、例えば戦争で、あるいは飢餓で亡くなる人が圧倒的に多いのが現状だ。

 そう言う場所だと、集団護送のように霊魂を地獄に送る手段を採らざるを得ない場合もある。まるで荷物のようにだ。

 しかし、実際に「死」を経験している俺は、そう言うやり方は好きじゃなかったし、嘱託という身分で一日に地獄に送るべき霊魂の数もそれほど多く割り当てられていなかったから、一人ずつ地獄に送るようにしていた。

 霊奈も同じだった。俺の時もそうだったし、今もそうだ。

 今日、俺と霊奈は、それぞれ十人の霊魂を獄界の地獄まで連れて行くことを請け負っていた。



 とりあえず、今日の俺と霊奈が回収すべき霊魂は、主に関東地方に集中していた。

 と言うか、霊魂を効率的に回収するために、霊魂管理庁がエンマの出した死亡予定レポートを死亡場所ごとにまとめて、各ソウルハンターに依頼をしているのだ。

「じゃあ、真生まお! 十人目の回収が終わったら、支部で会いましょう!」

「おう! 頑張ろうぜ!」

 霊奈は、俺に手を振ると、北に向けて飛んで行った。

 俺は、エンマが出した死亡予定レポートを基に、今日死んだ人やこれから死ぬであろう人の住所に移動した。

 一人目は、今朝早く病院で死んだ老人の霊魂だ。

 その病院まで飛んで行くと、ちょうど亡くなった人の遺骸が霊安室から運び出され、霊柩車に乗せられるところだった。

 遺族や病院スタッフに見送られながら棺桶が霊柩車に積み込まれていたが、霊柩車のすぐ横で悲しげな顔をして自分の肉体の行方を見つめている霊魂を見つけた。

 俺が、その霊魂の横に降り立ち、声を掛けると、その人――これも正確に言うと、「その人の霊魂」だが、面倒臭いので以下省略だ。――は嬉しそうな顔をした。

 霊魂になってしまうと、肉体を有している者と話すことはもちろん、触れることもできなくなる。つまり、生ける者とは、まったくコミュニケーションが取れなくなる。言うなれば「究極のぼっち」となってしまう訳で、コミュニケーションが取れるのは、同じ霊魂だけだ。

 この人も自分が誰ともコミュニケーションが取れなくなったことで、自分の死を認識したはずだが、やはり寂しさを拭いきれなかったのだろう。

 ただ、お年寄りや病院で死んだ人は、ちゃんと自分の死を認識できるが、事故などで、突然、死んだ人は自分の死を受け入れられずに地獄行きを拒む人がいる。

 気持ちは分かる。だって、俺も最初はそうだったのだから。

 と言うことで、今日、一人目の老人は大人しく俺について来てくれて、無事、地獄に送り届けることができた。

 すぐに地界に戻り、二人目以降の人を連れて行く作業に取り掛かる。

 今日は、順調に仕事をこなすことができて、七人目を連れて行く作業に入った。

 その人も病院で亡くなるはずの老人だったが、その病院は、俺が「実家」と呼んでいる、俺の地界の家族が住んでいる家の近くであった。

 病院まで飛んで行くと、対象者は、まだ死んでいなくて、病室で酸素マスクをかけてベッドに横になっていた。

 弱々しく心電図の音が響く病室に家族が集まっていた。みんな、心配そうな顔をしている。

 死んでしまったら、人は意外と気持ちの切り替えができるみたいで、その後、取り掛からなければならない葬式の準備とかで、見ていて辛くなる表情は消えていることが多い。

 しかし、今のように、死の時が来ないことを祈っている人の顔を見るのは、やはり辛い。

 時計を見ていると、その人が死ぬのに、まだ若干、時間があった。

「実家に行ってみようかな」

 俺は、ふと、そう思い立った。

 

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