生まれ変わりの許嫁(8)
「おい! 霊奈!」
「は、はい! な、何?」
我に返った霊奈が焦って、俺を見た。
「いや、だから、俺と霊奈が結婚をして、俺が婿養子に入るって話はまったくないよな?」
「……そ、そうだったかな?」
いや、もっとはっきりと否定してくれないと疑われるだろ!
「本当にないから! 龍岳さんにも訊いてみてくださいよ!」
俺の必死の弁明に、了堅先生も魅羅もとりあえず納得してくれたようだ。
「では、魅羅と結婚して、儂の跡取りになるという選択肢も残っていると考えて良いのだな?」
「それは何とも」
「お爺様、魅羅は真生様への愛を貫きます! いざとなれば既成事実を作ることも厭いません!」
何だよ、既成事実って?
そう言いながら、体を俺に密着させるのは止めなさい! にやけた顔を霊奈に見られてしまうだろうが!
「さすがは我が孫娘。天晴れな覚悟だ」
いやいやいや、孫娘の純情を利用した政略結婚なんすか?
「了堅先生」
イチャつく魅羅を見たからか、我に返った霊奈が真面目な顔つきで了堅先生に詰め寄った。
「先ほどから、先生は真生をご自分の後継者にと話されていますけど、先生には了斎先生がいらっしゃるではないですか? 了斎先生の後継者という意味なのでしょうか?」
「いや、違う。儂の後継者だ」
「どういう意味なのでしょうか?」
「儂が了斎を見限っていることは知っておろう? 龍岳先生から聞いてないか?」
「……それとなく」
当のご本人から単刀直入に訊かれると、オブラートに包みたくなるのが人情と言うもので、霊奈も曖昧に答えた。
「我が息子ながら、あいつは駄目じゃ。もうちょっと苦労を味わせて育てた方が良かったと後悔しているところじゃ」
「……」
「世間的には、息子了斎が年齢的にまだ若いから、了斎へのつなぎということで南部先生に儂が輝星会の会長職を譲ったと言われているが、儂がその気なら、直接、了斎を会長にしておるところだ。できる奴であれば、年齢など関係はない。そうじゃろう?」
「は、はい」
「だから、儂は魅羅の旦那になる者に期待をしているのだ。了斎ではなく、儂の後継者としてな」
「しかし、了斎先生にとっても魅羅ちゃんは一人娘。了斎先生も同じことをお考えなのでは?」
「ふんっ、了斎の後継者など必要ない! いずれは東堂家の家督を了斎から取り戻し、魅羅の旦那に譲るつもりだ」
「了堅先生」
今度は俺が質問するターンだ。
「そんな東堂家の秘密のようなことを、ぺらぺらと俺達に話して良いのですか?」
「ふははは、別に秘密になどしておらんぞ。儂に近い先生方には堂々と話していることだし、了斎の耳にも入っていることだろう」
「はあ、そうなんですか?」
いくら主義主張が違うって言っても親子には違いない。それなのに、どうしてこんなに争うことになってしまったのだろう?
親子兄弟であっても、血で血を洗う抗争を勝ち残らなければ、政治家として生き残ることもできないということなのか? 俺には、まだ理解できないことだ。
魅羅は、この祖父と父親の争いをどう思っているのだろう?
俺は魅羅を見つめた。
「魅羅! 魅羅は、このままで良いと思っているのか?」
「このままって?」
「いや、だから、お爺さんとお父さんが」
「私には父親はいませんから!」
「えっ?」
「私の父親は、もう、いないんです!」
魅羅の寂しげな表情に、俺はそれ以上、魅羅を問い質すことができなかった。
魅羅のお母さんは、十年ほど前に病気で死んで、父親の了斎さんは新しい奥さんを娶ったが、その継母と魅羅はうまくいかなかったという話だった。父親がそんな継母と一緒になったことは、魅羅にとっては裏切りにしか思えずに、父親も母親と一緒にいなくなったという気持ちなのだろう。
だから、魅羅は、その時からずっと、お爺さんである了堅先生の元にいるのだ。
「まあ、そういうことだ。今日は、真生君の人となりを見せてもらうためと、儂の後継者になってもらいたいと考えていることを知っておいてもらうために会いに来た。そして、儂が君を後継者にと考えていることが漏れたら、君の命を狙う輩も出てくる恐れがあるので、結界を張るなどという手段も取らせてもらった。今日の話は、とりあえず君達の心の中に仕舞っておいてほしい」
「父に相談をしたいのですが?」
「龍岳先生は信頼に値する。話してもらってかまわない」
了堅先生は、左右を見渡すと「武器を仕舞いなさい」と俺達に言った。
俺と霊奈が武器を仕舞うと同時に、結界が解けて、揺らいでいた景色が元に戻り、アキバの裏通りに俺達は戻った。
周りに人通りはまったくなかった。
と言うか、それを確認して了堅先生は結界を解いたのだ。
「魅羅、一緒に帰るか?」
それまでの政治家としての顔から優しいお爺さんの顔に変わった了堅先生が魅羅に訊いた。
「はい。でも少し真生様とお話をさせてください」
「うむ、分かった。では、車で待っておるぞ」
そう言うと、了堅先生は振り返り、その先に停まっていた黒塗り高級車に乗り込んだ。
それを確認した魅羅が俺と霊奈に向き直った。
「真生様、お爺様も真生様を認めてくださいました。魅羅の目に間違いはなかったと思うとすごく嬉しいです!」
「魅羅ちゃん」
霊奈が魅羅を睨みつけた。
「真生は御上家の家族なの! 東堂家には入ることはないわ!」
「真生様はどう思っているのですか?」
俺の気持ちは変わっていない。
「霊奈の言うとおりだ。俺は、これまで御上家でお世話になっている。その恩を忘れるほど酷い人間じゃないつもりだ」
「恩返しで家族になっているのですか?」
「も、もちろん愛情だってあるさ! 御上家の人みんなが好きだ! だから俺は御上家から出ることはない!」
霊奈がすごく嬉しそうな顔をした一方で、魅羅が伏せ目がちになった。
「今の真生様のお気持ちは分かりました」
「これからだって変わらないよ」
「どうして、そう言い切れますの? 将来は、何があるのか分からないのに?」
「そ、それはそうだが」
「私はお母様が亡くなるまで、お父様が大好きでした。でも、今は大嫌いです!」
「……」
「真生様と御上家の方々とは血が繋がっていないのでしょう? 血が繋がっている人だって大嫌いになるのです。真生様がこれからも永遠に御上家の方が好きだと断言できるはずはないと思います」
「確かに将来のことは誰にも分からない。でも、少なくとも今はそう信じている」
「……分かりました。真生様」
魅羅は俺の顔を真正面からしっかりと見た。
「私は真生様を諦めません。お爺様のためとか輝星会のためとかではありません。私は私の正直な気持ちで真生様が好きです」
ド直球な告白に俺もどう返せば良いのか分からなかった。
「でも、真生様が言われたように、今の真生様と私は、まだ同級生の友達。それは理解しました。だから、これから真生様ともっともっと話をさせていただいて、お互いのことを分かり合うようにします! それで、真生様が私ではなく、霊奈ちゃんを選ぶと言うのであれば仕方ありません。私は真生様を諦めます」
「ちょっと! 私は真生とそういう関係じゃ……」
今度は、魅羅が霊奈を睨んだ。
「霊奈ちゃん、負けないからね!」
霊奈の言葉が聞こえていないように、一方的に宣戦布告をすると、魅羅は笑顔を俺に見せた。
「それでは真生様、さようなら! また明日、学校で!」
「あ、ああ」
魅羅は、元気良く手を振ると、俺達に背を向けて、了堅先生が待っている黒塗りの高級車に向けて歩いて行った。
「真生! 私は……」
車が走り去るのを見届けると霊奈が俺に話し掛けてきたが、途中で言い淀んでしまった。
「霊奈、俺の正直な気持ちを言うよ」
「えっ?」
魅羅の告白に影響を受けたと言う訳ではないと思うが、俺は、今、俺が霊奈をどう思っているのかを、はっきりとさせたかった。
「こ、ここで?」
霊奈は焦って左右を見渡したり、前髪をいじったり忙しく体を動かしていたが、すぐに覚悟を決めたように、真っ直ぐに俺を見た。
「俺はさ、霊奈のことが好きなのかどうか分からない」
「えっ?」
拍子抜けした霊奈には構わず、俺は言葉を続けた。
「まあ、毎日一緒に暮らしていて、そんな気持ちにならなかったってのもあるけど、今の霊奈との関係が何か心地よくってさ」
「……」
「魅羅と霊奈を比べると、やっぱり霊奈が良いって思う」
霊奈が顔を真っ赤にしながら、少し涙ぐんでいるような気がする。
「俺達って、けっこうお似合いじゃね?」
「……真生」
「やっぱりさあ、いつも喧嘩をしてストレスを発散させてくれるし、闇の騎士としての腕前もすごいし」
「そこ?」
「えっ?」
何、拳骨を振るわせているんだ? 危ないから拳骨を降ろしなさい!
「真生―!」
「な、何だよ? 俺、何か酷いこと言ったか?」
「言ったかじゃないわよ! ちょっと止まりなさい! 息の根も止めてやるから!」
俺は追い掛けて来る霊奈から逃げた。まあ、霊奈が本気じゃないことは分かった。霊奈が全力で走ると、普段の俺なんか、すぐに追いつかれるはずだ。
俺と霊奈は、そのまま駅に向かって走って行った。
――あれっ、そう言えば、何か忘れているような気がするが?




