第9話 懐かしい夢
夢を見た。
とてもとても懐かしい夢だ。
夢を夢と自覚することを確か……明晰夢、と言っただろうか、明晰夢は内容をコントロールできる、と聞いた気がする。
しかし思うように喋ることができない、これはただの過去の記憶を思い出しているだけ……。
「テスタさん、どうか何卒お願いします」
目の前で黒髪の青年が、私の横に立っているテスに向かって土下座している。
決してみすぼらしくはないが、上等とも言えない白色の布製の服を身に纏い、何故そこにこだわったのか、意匠を凝らした刺繍のコートを羽織っていた。
「そうは言ってもタナトス、貴方の剣はもう限界だから折れたのですよ。むしろここまで長持ちさせたのは才能と言うか……、って言うかこれ、剣……剣? 元々なんでしたっけ?」
「コレハ刺身包丁ッテ言ウンダヨー」
元々全長80㎝くらいはあったはずの店売り鉄製ロングソードだったはず。
それを刃こぼれする度に研いで研いで、研ぎまくって、通常のロングソードの買い替えまでに倒せる魔物の目安を大きく超え、おおよそ20本か30本分の魔物はこれ1本で切り抜けただろう。
その末に折れてしまった、細すぎ短すぎの元ロングソードを憐れの目で見るテス、そしてそれに対し、率直に『刺身包丁』と称したやや発光気味の少女。
身長は私より低く120㎝くらいだったはず、長い緑色の髪は、伸ばせば少女の足首くらいまであるが癖が強すぎてあちこちにハネている。
だがその少女の最大の特徴は『体全体がやや発光気味』な所だろう、なぜ発光してるかって?
こいつが『見えないはずの魔力が可視化出来る程に集まった集合体』だからだ。
「エリアロフィ、これは刺身包丁じゃなくてタナトスの剣だ。いや、世間的にはこれを刺身包丁と言うが、それでもこれはタナトスの愛用のロングソードだ、刺身包丁だが」
「………? ライカ、難シイコト言ワナイデ」
私がこの緑髪の少女、『エリアロフィ』にそう教えてやる。
エリアロフィは生物ではない、発声器官は勿論、内臓さえ持たぬ身だが、魔力を都合よく使い、抑揚がないながらもこうしてちゃんと喋ることが出来ている。
ちなみに魔力で会話がどういう原理か分からないし、本人も上手く説明できない。
「……で、これを機人族の技術で復元……。まず無理ですね、というか流石に修理が本職の鍛冶師も買い換えを勧めますね」
「あ、あの……」
「そうか……そうかぁー……、仕方ない、次の依頼の稼ぎで剣を買うか。……ライカの尻尾売った方が早いか……? 9本あるんだもんな、1本くらい……」
「狐族の尻尾は持ち主に付いてるからこそ意味と価値があるんだぞ。そもそも剣を買うお金くらい残しておけよ、なんで毎回教会やら孤児院やらにほとんど寄付してるんだ」
黒いフード付きのローブを着た青年が何か言おうとした気がするが、私は前々から疑問に思っていたことをタナトスに投げかけた。
「当り前だろ、目の前で困っている人を助ける、悪を挫き弱き人々を守る。それが俺の目指す『英雄』だからさ!」
「今お前が弱き人々側なんだよ」
おお、効いてる効いてる、間髪無き私の一撃に、英雄を志す馬鹿が絶句して地に伏せておるわ。
そうだ、この夢は私達がまだ『何者でもなかった』時代の夢、各々が望む将来を掲げ、語り、助け合い、どんな場所にも旅をした時代、私が何度も『巻き戻りたいと願った時間』の夢だった。
「ね、ねぇ……タナトス」
「どうかしましたか、ゼルノア」
ローブの青年の言葉にテスが気づいた。
深めに被ったフードから見える赤い瞳は優しく、弱気でおどおどした感じの小声なのが玉に瑕だが、まぁ悪い奴じゃない。
むしろ恐らく、悪魔の癖にこのパーティーの中で一番心が優しい、良い奴だ。
そんな黒ローブの悪魔の青年『ゼルノア』が、背に隠していた布巻きの何か長い物を、親友であるタナトスに手渡した。
私とテスは見た目からすぐに予想がついた。
「お、おい……ゼル、これ剣じゃないか。どうしたんだよこれ」
「えへへ、あ、あのね……タナ、いつも僕を助けてくれるから……」
布を取ってその全容を見る。
鞘にまで金で飾られ、刃は相当な業物だろう、鋭く光り輝く鉄……いや、鉄より遥かに上質な金属を、熟練の職人が鍛え上げている風景が容易に想像できた。
これを買うのに一体いくら使ったのか……、いやこれ絶対オーダーメイドだろう、いくら注ぎ込んだのだ。
「僕、タナがいつも剣を手入れしてる度に悩んでたの……見てたから。でもずっと、自分より他の人、ずっと大切にしてたから……、僕が出来ることこれくらいだけど……タナは僕の英雄だから……」
「ゼ……ゼルぅ……」
「ヨカッタネ、モウ刺身包丁ジャナイヨ」
ゼルノアの優しさに感激し、抱き着くタナトスと、タナトスの頭を撫でるエリアロフィ、それらを苦笑し眺める私とテス。
ずっとこんなことが続くと、続けばいいと思っていた。
いつからだったか、私が私の願いを忘れたのは、もう思い出せない、私が何を望み、旅をしていたのか。
私は神になどなりたくなかった。




