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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

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第85話 悠真、紗月とオープンキャンパスへ行く

 今日はオープンキャンパス。


 俺は受付でもらった地図を開き直した。


 工芸棟は、建物を二つ通り過ぎた先にある。

 門を入ればすぐ校舎だと思っていたけど、まだ歩くのか。


「広いね!」


 隣から紗月が地図を覗き込む。


「そうだな、こんなに広いのか……」


 専門学校の見学では、こんなに外を歩かなかったぞ。


 受付のテントでは、高校生と保護者が案内を広げていた。

 その横を、学生スタッフに道を聞いた人たちが、俺たちとは別の棟へ向かっていく。


 大学に入るのは初めてだ。

 建物の間に木があって、その向こうにもまた建物が見える。


 なんつーか、ちょっと気圧されるな……。


 紗月と周りをきょろきょろしながら歩いていると、大きく開いた扉の中に作業台が見えた。

 教室にしては、ずいぶん天井が高い。

 あれも学生が使うのか?


「悠真、こっちだよ!」


「おう。あの中、何するところだろうな」


「気になるよね。工芸棟にもあるかな」


 地図の向きを確かめて、紗月と並んで先へ進む。


「よくここ見つけたな」


「この前のお店のコップ、あったでしょ。光に当てたら色が変わったやつ」


「ああ。紗月がずっと見てたな」


「あれ、どうやって作るのかなって。それで探したら、ガラスの公開制作があるって書いてあったの!」


 紗月が案内の紙を開いた。


「アルミの小皿を作る体験もあったから、両方行ける日にしたんだ」


「そういや、予約したの小皿だったな」


 金属の板をどうやって皿にするんだろう。

 ガラスもわからんけど、そっちも気になる。


 工芸棟の入口には、美術学部・工芸学科の案内が出ていた。

 案内に沿ってガラス工房へ入り、ほかの来場者と一緒に作業場を覗く。


 っていうか、めっちゃ熱い……。

 外も暑かったのに、顔に当たる熱が違う。


「今は先生と学生で、器を作っているところです!」


 案内の人が、全員に聞こえるように説明した。


 炉の前にいる人が、長い竿を回している。

 先についているのは、橙色に光るガラスだった。


 あれ、垂れないのか?


 見ていると、道具を当てたところがへこみ、丸かった塊の形が変わった。


 ……うわ。今の、ガラスだよな。

 コップなんか毎日見てるけど、あんなふうに曲がるところは見たことねぇ。


「悠真、なんかすごいね!」


「おう。あの道具、どこに当ててんだ?」


 前の人の邪魔にならないよう横へずれて、炉の前にいる人の手元を見る。


「内側か?」


「あ、もうお皿みたい!」


 紗月に言われて先端を見ると、なんかまた形が変わってた。

 そっちを見ている間にも、作る人の手は動いている。


 マジか。作業スピード速いな……。


「今の見た?」


「どれだ?」


「端っこがひらってなったところ」


 紗月が指先で、外へ開くような形を作った。


「なんだよ、ひらって」


「もう、そこがすごかったのに!」


「手元もすげぇんだよ」


 紗月と感想を言い合いながら作業を見ていたら、入口から小皿体験の集合を知らせる声がした。


「次は私たちだね」


「いきなりあれじゃなくてよかった」


「私もちょっと思った!」


 顔を見合わせて笑ってから、ほかの参加者と一緒に、案内の学生についていった。



 目の前に置かれたのは、下準備を済ませたアルミの板だった。

 一人一枚。手のひらに乗るくらいの大きさだ。


 これが小皿になるのか……。


 鞄と飲み物を棚へ置き、借りた保護具をつけて席に着く。

 隣では、紗月も髪を結んで準備していた。


「まずは、道具を置いたまま見ていてください」


 前に立った先生が手本を見せてくれる。

 叩く場所が変わると、板の縁が少しずつ上がっていく。


 おお……皿の形になっていってる。

 さっきのガラスといい、先生がやると簡単そうなんだよな。


 俺たちも始めていいと言われ、道具を持った。

 実習室のあちこちで、金属を叩く音がし始める。


 ……あれ。全然変わらねぇ。


「これ、合ってますか?」


 卓についてくれている学生に見せると、板の支え方を直してくれた。


「大丈夫です。そのまま少しずつ続けてみてください」


 言われたとおりに持ち直して、また叩く。

 しばらくして横から見てみた。


 あ、ちょっと曲がってる。

 ちゃんと皿になるんだな、これ。


「あっ、できてきた!」


 隣で紗月が自分の皿を持ち上げて横から覗き、嬉しそうに笑った。

 すぐに台へ戻して、また叩き始める。


 俺も自分の板へ目を落とした。

 もうちょい、こっちも曲がるか?


「悠真、見て!」


「おう、ちょっと待ってくれ」


 もう少し叩いてから道具を置くと、紗月が自分の皿を隣に並べた。


「どう?」


「おお……ちゃんと丸くなってきてるな」


「でしょ!」


 紗月は皿を目の高さまで持ち上げた。


「さっきまで、ただの板だったんだよ?」


「ああ。俺のも、やっと曲がってきた」


 紗月が俺の手元を覗いてから、また自分の作業へ戻る。

 俺も途中の皿を持ち直した。


 その後も教えてもらいながら作業を続け、最後は先生に仕上げをしてもらった。

 説明から数えて一時間半ほどで、二人とも一枚ずつ完成した。


「できたね!」


「おう。俺のも、ちゃんと皿になってる」


「私のもだよ!」


 思ったほどきれいな丸にはならなかった。

 それでも、最初の板とは全然違う。


 棚から鞄を取ってきて、皿を紙に包んで中へ入れる。

 紗月も自分の皿を包み終えて、鞄の口を閉じた。


 借りた道具と保護具を返し、飲み物も持って、二人で実習室を出た。



 廊下で麦茶を飲んでから、もう一度地図を開いた。


 工芸棟の隣に、講義棟と書かれた大きな建物がある。

 そういや、大学の普通の教室って、どんな感じなんだ?


 講義棟の入口まで行くと、掲示に当日受付の学内案内が載っていた。

 見学先に講義室も入っている。


「紗月、これ行かねえ?」


「学内案内?」


「教室の中、入れるみたいだ。工房じゃない授業って、どこでやるのか見てみてえ」


「行きたい! まだ申し込めるかな?」


 掲示のそばの受付で聞くと、次の回に空きがあった。

 二人分申し込んで、集まっていた高校生や保護者と一緒に出発する。


 案内してくれるのは、工芸学科の女子学生だった。

 首からスタッフ証を提げた学生について、講義棟へ入る。


 自動ドアをくぐると、ひんやりした風が当たった。

 あー、涼しい……。


「ここは講義棟です。今日は大講義室を一つ開放しているので、入ってみましょう」


 開いていた扉から中へ入った瞬間、足が止まった。


「……うわ、広っ」


 席が段になって、前までずらっと並んでいる。

 教壇の上には、映画館みたいな大きなスクリーンが下りていた。


 こんなに広いところで授業やるのか?

 後ろまで、先生の声聞こえるのかな。


 後ろの席のあたりから見渡していると、階段を前へ降りていった紗月が振り返った。


「悠真、おいでよ! ここ空いてる!」


 前から三列目くらいの席で、隣の椅子をぽんぽんと叩いている。

 ほかの参加者も、座ってみたり、天井を見上げたりしていた。


 なんでそんな前なんだよ……。

 そう思いつつ、俺も段を下りて紗月の隣へ向かった。


 椅子の座面を下ろして座ると、紗月が嬉しそうにこっちを向いた。


「どう? 前、すごく近くない?」


「近いっていうか……スクリーン見上げるの、首痛くなりそうだな」


「ふふっ、でも前の方って、なんか特別感あるじゃん」


「特別感って……」


 紗月は満足そうに、またスクリーンを見上げた。

 ……こういう席、俺一人だったら選ばねぇだろうな。


 俺が前を向いたところで、少し後ろの席から声がした。


「あの、質問いいですか?」


「はい、どうぞ!」


 教壇の前に立った学生が笑顔で応じる。


「工芸学科の人も、こういう教室で授業を受けるんですか? ずっと工房にいるのかと思ってました」


「あはは、よく聞かれます。美術史とか、共通の講義もあるんですよ。私も午前中はここで授業を受けて、午後は工房へ行く日があります」


 そうなんだな。

 この広い教室に、いろんな学科の学生が座ってノートを取る。

 昼になったら飯を食って、午後はさっきみたいな工房へ行くのか。


 もう一度、後ろまで続く席を見た。

 自分で座って聞くと、ちょっと想像できるな。


「あの!」


 今度は、隣の紗月が手を挙げた。


「はい、どうぞ!」


「さっきガラスを見て、金属のお皿を作ったんですけど。入学するときに、どちらか一つに決めるんですか?」


 紗月が身を乗り出して聞く。

 学生は手元の学科案内を開いた。


「最初は、陶芸、ガラス、金属の三つの基礎をみんなでやります。入学するときに、一つに決めなくても大丈夫ですよ」


「全部、体験できるんですか?」


「はい。このページに授業の紹介があるので、あとで見てみてください」


「ありがとうございます!」


 紗月は差し出された冊子を受け取り、開かれたページに目を落とした。


「陶芸もできるんだね」


「今日やってないやつだな」


「うん!」


 授業の名前を追っている横顔が楽しそうで、俺もちょっと隣から覗いた。


 その後、ツアーは図書館や中庭を回り、食堂のある建物の前で終わった。


「ご案内は以上です。一階の学生食堂は、今日来られた皆さんも使えますので、ぜひ寄ってみてくださいね!」


 ほかの参加者と一緒に礼を言い、案内の学生と別れる。

 食堂の方を見ると、急に腹が減ってきた。



 学食の中は、来場者や学生スタッフで賑わっていた。

 空いているテーブルを見つけて、二人でトレーを置く。


「……ふぅ、座れた」


 椅子に背中を預けると、足と肩の力が抜けた。

 小皿を叩いて、大学の中を歩き回って。

 思ったより疲れてたんだな。


「お疲れ、悠真」


「紗月もお疲れ。めっちゃ腹減ったな」


「うん、いただきます!」


 俺も手を合わせ、ご飯を口に運んだ。

 うまい。動いた後の飯って、なんでこんなうまいんだろうな。


 紗月も食べながら、テーブルの端に置いた学科案内をめくっていた。


「さっきの授業のページ、見てるのか?」


「うん。陶芸も面白そうだなって思って」


「全部の基礎やれるって言ってたもんな」


「うん。金属も、やってみたらすっごく楽しかったし」


 紗月は箸を止め、小皿をしまった鞄へ目をやった。


「でもね、まだほかの学部も気になってるの」


「ほかの学部?」


「デザインとか、企画系のも。まだ画面でしか見てないから」


 案内のページを一枚めくって、紗月はこっちを見た。


「今日来て、大学ってこういうところなんだって少しわかったけど。もっと色々見てから考えたいなって」


「いいんじゃねぇか」


 麦茶を一口飲んでから言った。


「まだ夏休みだし、気になるなら見に行けばいいだろ」


「……うん!」


 紗月は嬉しそうに笑い、案内を閉じた。

 また箸を持つのを見て、俺も残りのご飯を食べ始める。


 食べ終え、お茶を飲んでひと息ついた。


「ごちそうさまでした。それじゃ、行くか」


「うん!」


 紗月が学科案内を鞄へしまい、俺も荷物を持った。

 その中には、自分で叩いて作った小皿が入っている。


 二人でトレーを返却口へ運び、食器を返した。

 賑やかな食堂を抜けて、自動ドアから外へ出る。


 見上げた夏の空は、朝よりも高く、青く広がっていた。

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