第83話 悠真、去年と同じ花火で次のデートに誘う
夏休みに入ってしばらく経った、ある日の夕方。
俺と紗月、矢野と宮田の四人で祭りに来ていた。
提灯がつき始めた商店街を歩いている途中。
いきなり、宮田と矢野の足が止まった。
右に模型店。
左に古着屋。
矢野は右を見て、宮田は左を見てる。
こいつら……。
「ねえ、今日は四人でお祭り回るんだよね?」
紗月が二人の間へ回り込み、両手を広げて言う。
「回るぞ」
矢野は模型店のガラス越しに、積まれた箱を見てる。
「回るでしょ」
宮田は左の古着屋に並んだ革小物を見てる。
どっちも紗月を見てねえ。
「おい、まだ参道にも入ってねぇぞ」
まさか今から買い物すんのか?
「だって矢野、ここ寄るつもりだったでしょ」
「ああ。宮田も、そっち見るだろ」
「見る」
矢野がスマホを出した。
地図と時計を切り替えて、片手で画面を宮田へ向ける。
「先にこっち。次そっち。まだ時間あるし、花火に間に合うだろ」
「じゃあそれで」
宮田がすぐにうなずいた。
おい、やり取り早すぎないか……。
「そういうの、お互いの行きたい店、普段からちゃんと覚えてるの?」
紗月の顔が、一気に楽しそうになった。
「同じ商店街にあるしな」
「見ればわかるでしょ」
矢野と宮田の返事は、それだけだった。
「それでもわかるんだ……!」
「橘、まだやるのか、それ」
矢野が半目で突っ込む。
「だって、気になるよ!」
「はいはい……ほら、矢野、行こ」
宮田が模型店の扉を開け、矢野も普通にそのあとへ続いた。
なんかいつも通り、だな。
付き合ってるはずなのに、あんま変わらんな、あいつら。
「ねえ、悠真」
「なんだよ」
「先に神社行こ。あの絵馬、まだあるか見たい!」
絵馬って……あれか。
でかでかと恥ずいこと書いたやつだな。
あれまだ残ってんのかなぁ……。
「じゃあ二人に連絡だけしとくか」
先に行ってるぞ、とだけ矢野のLINEに送った。
「行くぞ」
二人で歩き出すと、参道の手前から急に人が増えた。
親子連れと浴衣の二人組が横切って、紗月が一度こっちを見る。
手が少し上がった。
迷ってから、その手を握った。
「……はぐれないようにな」
「うん!」
紗月の指が、すぐに絡んでくる。
少し歩くと、参道の両側から、焼けたソースと甘い砂糖の匂いが混ざってきた。
提灯の下では、かき氷の旗と綿菓子の袋が、人の頭の向こうで揺れている。
紗月は屋台が見えるたび、そっちを向く。
そのたび、つないだ手まで横へ引かれる。
「前見ろ」
「見てるよ。いっぱい!」
「そういう意味じゃねえ」
……そんな嬉しそうに腕振るなっての。
時々屋台に寄りながら、人の間をぬって、二人で境内へ向かった。
◇
境内に入り、絵馬掛けの端で、紗月が「あっ」と声を上げた。
あのときの絵馬は、まだ残っていた。
風雨にさらされた紐は少し白っぽくなって、赤かったハートも薄くなってる。
それでも、二人の名前と、ずっと一緒にいたいって願いは、ちゃんと読めた。
「まだあったね!」
「あんな目立つの書くからだろ」
「それ、あることと関係ある?」
「見つけやすい」
「そっか!」
紗月が笑って、絵馬の端に指を近づける。
触る手前で、止まった。
ハートの下の薄くなった文字を、少しだけ見てる。
卒業したら、俺は専門に行く。
紗月はまだ、どこへ行くか決まってない。
今みたいな毎日が続くかは、わからない。
「悠真?」
紗月がこっちを向いた。
「……いや。新しいのは書くなよ」
「まだ何も言ってないよ!」
「顔が書く顔してた」
「どんな顔?」
「知らねえ」
紗月がむっとして、すぐに笑った。
「今度は、悠真が書いてね」
「書かねえよ」
あっという間に、いつもの紗月だ。
それでいい。今は。
「おー」
後ろから、矢野の声がした。
振り向くと、矢野が片手に小さい袋を二つ持ってる。
片方には模型店のロゴ。もう片方は、古着屋の黒い紙袋。
隣で宮田が、右手首に巻いた細い革のブレスレットを、反対の手で直していた。
「間に合ったね」
「余裕だったな」
「あ、矢野くん、二人分持ってる!」
紗月が、すぐ食いついた。
「見ればわかるでしょ」
「二つでも軽いぞ、これ」
そう言って、矢野が袋を持ち直す。
こいつが人の荷物持ってるのすげぇ違和感……。
口に出したら何言われるかわからねぇから、黙っとくけどよ。
紗月が、今度は俺を見た。
「なんだよ」
「んーん、なんでもない!」
じゃあ、なんでこっち見たんだよ。
そんなやりとりをしていたら、花火の開始を知らせる放送が流れた。
「あたしたち、表から見るから」
宮田が人の多い本殿前を見た。
「ああ、行くか」
矢野が普通に宮田の隣に並ぶ。
二人は、そのまま人の多い方へ歩いていった。
二人を見送り、本殿の裏へ続く道へ目を向ける。
……場所は覚えてる。
「紗月。裏、行くか」
言うと、紗月が目を丸くした。
「……うん。行く!」
今度は俺から紗月の手を取り、本殿の裏へ向かった。
◇
本殿の裏手へ入ると、屋台の呼び声が木に遮られて一段遠くなった。
さっきまで混ざっていた甘い匂いも薄くなる。
木の間を抜け、さらに石段を上がると、小さな踊り場があった。
去年と、同じ場所。
提灯の列が下に伸びて、その先に駅の灯りが見える。
鳥居の向こうに、最初の花火が上がった。
「やっぱり、ここがいいね」
紗月が踊り場の端に腰を下ろした。
俺も、その隣に座る。
去年は少し間を空けた。
今年は普通に肩が触れる。
ドン、と音が遅れて届いた。
「覚えてた?」
「場所くらいはな」
「それだけ?」
「……だいたいは」
「えへへ。私も」
紗月が肩をちょっと押しつけてくる。
同じ景色なのに、こんなに近かったか。
去年は、紗月に腕を引かれて、ここまで来た。
今日は、俺が場所を言った。
それで紗月がこんなに嬉しそうなら、まあ、いいか。
しばらく、二人で花火を見た。
上がる間隔が短くなって、青い光が続けて空に広がる。
それが消えたあと、紗月がそっと息を吐く。
「悠真と来られてよかった」
指先が、俺の手の甲に触れた。
胸の奥が、一回だけ大きく鳴った。
……そういうの、いきなり言うなよ。
「……俺も」
それしか返せなかった。
けど、今度はそれで終わらせない。
「なあ。この前、どっか行くって言ってただろ」
「うん!」
「夏休みのあいだに、一日、空けろよ」
口にしてから、花火を見上げた。
自分から言うのは、相変わらず慣れねぇ。
「それ、悠真が誘ってるの?」
「そう言ってるだろ」
「行く!」
返事が早い。
まだ行き先も何も決めてねえっての。
「どこ行く?」
「それは、あとで決める」
「二人で?」
「……そうだな」
「うん!」
紗月の指が、俺の指の間に入ってくる。
握り返す。
残りの花火が、立て続けに上がった。
今度は、ちゃんと見ていた。
◇
花火が終わって、本殿前へ戻る。
矢野と宮田は、鳥居の横で待っていた。
矢野の手には、まだ二つの袋がある。
「遅い」
「花火終わったばっかだろ」
「人、多いから、行こ」
宮田が短く言って、石段の方を向く。
「ねえ玲奈、それ似合ってる!」
紗月がブレスレットを指さす。
「そ。どうも」
宮田はそれだけ言って、石段のほうへ歩き出した。
矢野がそのあとを追い、宮田の隣へ並ぶ。
二つの袋を宮田とは反対側の手に持ち替えて、二人で石段を下り始めた。
俺も石段へ足を出す。
紗月は宮田の横には行かず、こっちに並んだ。
「悠真、はぐれるよ」
「もう人減ってるだろ」
「でも、はぐれるかもしれないよ?」
そう言って、紗月が俺の手を取った。
俺も指を絡めて、握り返す。
前には、矢野と宮田。
隣には、紗月。
四人で、二組で、提灯の下の石段を下りていった。




