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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

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第82話 悠真、合格祝いのオムライスで紗月に褒め倒される

 月曜の夕方、紗月んちの門をくぐったところで、足が止まった。


 玄関の明かりはついてる。二階は暗い。


「悠真、また見てる~」


 先に扉を開けた紗月が、俺と二階を見比べた。


「……別に、見てねえよ」


「見てたよ。この間からずっと、お父さんいるか気にしてるでしょ」


 ばれてんのかよ。


「たぶんしばらくいないよ。ほとんど帰ってこないし」


「たぶんってのが一番困るんだよ」


「じゃあ、靴見てみる?」


「確認させんな。余計に気にしてるみたいだろ」


「気にしてるじゃん」


 紗月が笑って、玄関に入っていく。


 この前、紗月の父親が何を考えてたのかは、結局わからないままだ。

 帰り際のあれも、まだ引っかかってる。


 でも、今日も来るって決めたのは俺だ。


 靴を脱いで、紗月のあとを追う。


「今日、なに作るの?」


「冷蔵庫見てから」


「ほんとに言った通りだ!」


「俺が言ったんだから当たり前だろ」


「えへへ。そっか」


 なんでそこでそんな嬉しそうなんだよ。


 広い台所に入る。

 冷蔵庫を開けた俺の後ろで、紗月がすぐにエプロンをつけ始めた。


 この前のことは何も終わってない。

 面接の結果も、まだ来てない。


 それでも腹は減るし、夕飯は作る。


 ……今は、それでいい。



 それからの二週間は、やたら長いくせに、毎日やることはほとんど同じだった。


 学校では期末試験の範囲が増えて、帰れば紗月んちで飯を作る。


 食い終わったら、俺は自分の試験勉強。

 紗月は教科書と、大学の学部が並んだスマホの画面を行ったり来たりしていた。


「悠真、ここ」


「自分で一回解けって」


「解いたよ! 答えが合わないの!」


「途中から符号が逆だろ」


「ほんとだ!」


「てか、スマホは閉じろよ。今は数学だろ」


「でも今日まだ三個しか学部見てないよ?」


「試験に出ねえだろ、それ」


「大学には出るよ!」


「大学は問題集から出てこねえよ」


 こいつ、勉強の途中に進路まで混ぜるから、机の上がずっと忙しい。


 俺のスマホは静かなままだった。


 玄関のほうで物音がするたび、台所から顔を上げるのも直らない。

 宅配だったり、お母さんだったり、風で何か鳴っただけだったりする。


 そのたびに紗月がこっちを見る。


 俺が何でもない顔して手元に戻るのも、いつものことになっていた。



 そんな日が続いた、ある日の放課後。

 紗月が宮田の机に寄っていった。


「玲奈、ちょっと聞いて!」


「なに」


「この前ね、お父さんが帰ってきて、悠真と初めて一緒にごはん食べたの」


 俺は鞄に教科書を詰めながら、手を止めた。


 自分から話すのかよ。


「へえ。やっと会ったんだ」


「うん! 四人で食べたのも初めてだったんだよ。悠真、ずっと緊張してて」


「余計なとこまで言うなよ」


「味噌汁つぐとき、手も震えてたし」


「震えてねえって」


 宮田が俺を見た。


「水野。まだ引きずってるでしょ」


「……別に」


「その返しでごまかせると思ってる?」


「思ってねえよ……」


 引きずってるのは事実だしな。

 っていうか、兄といい父親といい、こいつの家族は印象強すぎるんだよ……。


「あとね、専門の面接も終わってて、今は結果待ちなの」


 紗月が続けると、宮田は一度だけうなずいた。


「専門に行くのは聞いてたけど、そこまで進んでたんだ」


「うん。だから今、ふたつ待ってる感じ」


「勝手に増やすな。お前の父親のほうは何を待ってんのかもわかんねえだろ」


 むしろ教えてくれたほうが楽だわ。


「じゃあ、ひとつ半?」


「半ってなんだよ……」


 宮田が小さく息を吐いた。


「紗月。水野で遊ぶの、試験終わってからにしたら?」


「遊んでないよ! 悠真のこと見てるの!」


 宮田は、はいはい、と苦笑しながら俺たちから目を離した。


 コイツ楽しんでるだろ……。


 いつも通り、その日も俺たちは一緒に帰って、夕飯を作った。


 次の日も。その次も。


 紗月の父親が帰ってくることはなく、結果の連絡もないまま、期末試験だけが先に終わった。



 終業式の日。


 教室には、夏休みの予定を話す声があちこちから飛んでいた。


 宮田は鞄を肩に掛けながら、スマホを確認する。


「あたし、今日は矢野と出るから」


「玲奈、映画?」


「今日は買い物。映画ばっかりじゃないでしょ」


 なんか忘れがちだけど、こいつら付き合ってるんだよな……。

 いまだに慣れねぇ。


「いいなー。私たちもどっか行く?」


「今日は帰るぞ」


 俺が言うと、紗月がこっちを向いた。


「あ。結果、今日だもんね」


「ああ。学校から来た案内だと、もう見れるはずだ」


 宮田が俺の顔を見て、それから紗月を見る。


「じゃ、あとで教えて」


「うん! 玲奈にもすぐ言う!」


「なんでお前が先に答えるんだよ」


「だって私も待ってたもん!」


 宮田はそれ以上言わず、教室を出ていった。


 帰り道、紗月はいつもより俺の横から離れなかった。


「ねえ。悠真のおうちで、一緒に見ちゃだめ?」


「だめっていうか……一人で見る」


「なんで?」


「そうしたいから」


 言ってから、紗月を見る。


 口を尖らせてる。けど、ここは変える気にならなかった。


「……わかった」


 紗月がうなずく。


「でも、見たらすぐ教えて。すぐだよ?」


「おう」


「画面閉じて、お茶飲んで、落ち着いてから、とかなしね?」


「そんな余裕あると思うか」


「じゃあ大丈夫だね!」


 何が大丈夫なんだよ。


 いつもの坂の前で別れる。

 紗月は何度もスマホを指さしてから、坂を上がっていった。



 家には誰もいなかった。


 自分の部屋に鞄を置いて、机の前に座る。

 学校から面接のあとに届いた案内メールを開き、そこに書かれたWeb画面へ進んだ。


 いちばん下のリンクを押すと、番号と生年月日を入れる画面が出る。


 入力するだけなのに、二回打ち間違えた。


 ……落ち着け、俺。


 押す。


 白い画面が、一回固まって——


 合格、と出た。


 ……。


 え。


 もう一回見る。同じことが書いてある。


「受かった……!」


 声に出したら、急に本当になった。


 急に力が抜けて、椅子の背にもたれる。

 嬉しい。たぶん、すげえ嬉しい。


 なのに、なんか落ち着かない。


 最初に浮かんだのは、なんでか橘兄の顔だった。


 あの人、なんて言うんだろうな。

 たぶん「そうか」で終わりだけど。


 紗月にも送らねぇとな。


 母さんと親父は……直接言いたいし、後だな。


 スマホを取って、紗月に『受かった』と送る。

 矢野にも送っておいた。


 次の瞬間、紗月から通話がかかってきた。


『うわあああああ! やった! やったやったやった!』


「うるせえ!」


 耳からスマホを離した。


『悠真、おめでとう! すごいよ!』


「まだ、これからだろ」


『今日は今日のぶん、すごいの!』


 返す言葉が出ない。


『玲奈にも言うね! お母さんと、お兄ちゃんにも!』


「おい、待て。俺より広めんの早くないか」


『だってうれしいんだもん!』


 電話の向こうで、紗月が笑ってる。


 ……こいつ、俺より全力で喜んでんじゃねえか。


「……ありがとな」


『うん! 夕方、絶対来てね!』


「毎日行ってるだろ」


『今日は絶対なの!』


 電話が切れたあと、少しして『玲奈にも言った!』と追加で届いた。


 俺はもう一度、机の画面を見る。


 文字は変わってない。


 ……受かった。


 やっと、少しだけ息ができた。



 夕方、紗月んちの玄関を開けると、奥から足音が飛んできた。


「悠真! おめでとう!」


「近い近い。まだ靴脱いでねえって」


 紗月はエプロン姿で、両手に木べらを一本ずつ持っていた。


「なんで二本持ってんだよ」


「どっち使うかわかんなくて!」


「片方置け」


「うん!」


 片方を靴箱の上に置こうとする。


「そこじゃねえ! 台所に戻せ!」


 開始五秒で不安しかない。


 台所には、切った玉ねぎと鶏肉、卵が並んでいた。


「今日は私がオムライス作るつもりだったの」


「一人で?」


「うん。お祝いする人が作ったら、お祝いにならないでしょ?」


 言いたいことはわかる。

 ボウルの卵に殻も入ってない。玉ねぎも、前よりはちゃんと細かい。


「でもね、待ってるあいだに、なんか違うなって思って」


 紗月が俺の前に、もう一枚のエプロンを差し出した。


「一緒に作ろ!」


「俺、祝われる側じゃなかったのかよ」


「一緒に作ったほうが、もっとお祝いっぽいもん!」


「理屈が途中で変わってんだろ」


「変えていいの! はい、悠真はチキンライス!」


「勝手に担当まで決めんな」


「私は卵やるから!」


 紗月は下がる気がないらしい。


 迷って、エプロンを受け取る。


「……焦がすなよ」


「焦がさないよ! 前より上手になってるんだから!」


「知ってる。だから任せる」


「うん!」


 フライパンを二つ並べる。

 俺が具を炒めて、紗月が隣で卵を混ぜる。


「悠真、ケチャップこれくらい?」


「もう少し。入れすぎるとべちゃっとする」


「じゃあ、ちょっとずつね」


「そう」


「卵は?」


「温まってから。まだ早い」


「はい先生!」


「先生じゃねえっての」


 言いながら、俺は米を入れる。

 隣で紗月がフライパンを持ち上げた。


「重くないか」


「大丈夫! これくらい持てるよ」


「じゃあ、傾けすぎんな。ゆっくり」


 紗月が卵を流し入れる。

 フライパンの上で、卵が丸く広がった。


 紗月が「悠真」と呼びかけて、声を止めた。


 フライパンを持つ手も、一瞬だけ止まる。


「……なに」


「ううん。チーズ、入れてもいい?」


「好きにしろ。お前の分だろ」


「悠真のにも入れる!」


「じゃあ聞いた意味ねえだろ」


 何だったのかは、わからない。

 でも、卵が固まり始めてる。


「ほら、手動かせ。今だ」


「わっ、待って待って!」


「待ったら焼けすぎるだろ」


「悠真、こっち持って!」


「自分でやるって言ったの誰だよ!」


「一緒に作るって言ったもん!」


「そういうとこだけ覚えてんじゃねえ!」


 二人で騒ぎながら、どうにか二皿分を仕上げる。


 どっちも形は少し崩れた。

 けど、チキンライスはちゃんと包まれてる。


 食卓に二皿並べると、紗月は自分の皿より先に俺のほうを見た。


「ね、食べて!」


「お前も食えよ。二人で作ったんだろ」


「……うん!」


 同時にスプーンを入れる。


 卵は少し焼けすぎてる。チーズも多い。

 でも、うまい。


「どう?」


「……うまい」


「やった!」


「前より、だいぶマシになってる」


「今日は褒める日だよ。もっと!」


「調子乗んな」


「じゃあ私が褒める!」


 紗月がスプーンを置いて、まっすぐこっちを見る。


「受かったからすごいんじゃないよ。……それも、すごいけど」


 紗月が笑って、続ける。


「行くって決めたの、悠真だもん。だから、すごいの!」


 ……顔が熱い。

 ……飯の途中で全力出すなっての。


「……食え。冷めるだろ」


「えへへ。悠真、照れてる」


「うるせえ」


 紗月が笑って、またスプーンを持つ。


 これで終わりじゃない。


 俺の料理の紙も、まだ途中。

 紗月の進路だって、まだ決まってない。


 それでも今日は、二人で作った飯がうまい。


「ねえ悠真。明日はデザートも作ろ!」


「祝い、明日まで続くのかよ」


「受かったんだから、夏休み中ずっとでもいいよ!」


「長すぎるだろ!」


 紗月の皿は、もう半分なくなっていた。


 ……まあ、明日のぶんくらいなら、考えてもいいか。

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