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「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第二部

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第74話 悠真、紗月の名前がない三行から将来を考え始める

 連休三日目の夕方。


 紗月んちの台所に着いて、俺は作るものを先に言わなかった。


「……で、なに食いたい」


 紗月が俺の方を向く。


「え。聞いてくれるの?」


「昨日、そう送っただろ」


「あ、そういえばそうだった。やったぁ!」


 紗月が両手を上げる。


「そこまで喜ぶかよ」


「そこまでだよ! 聞くってことは、私の食べたいやつを一番に考えてくれてるんだよね?」


 うっ。


 ……そういう言い方すんなっての。


「で、なんだよ」


「オムライス!」


「昨日食っただろ」


「昨日のは悠真の。今日のは私のオムライス!」


 紗月が胸を張る。


「巻くとこ、教えてくれるって言ったもん」


 言った。たしかに言った。


「……わかったよ」


 二人で料理を始める。

 少しずつ教えながら、中身は最後に俺が整えた。


 今は、その中身を卵で包むだけのところだ。

 フライパンの前を、紗月に譲る。


「いくよ!」


「落ち着け。全体に広げろ。……そこで待て」


「まだ?」


「まだ。……よし、傾けろ。一気に」


「ふぁい」


「返事が変だろ」


 紗月の手首が返る。


 卵が、ちゃんと巻けた。


「……できた! できたよ悠真!」


「おう」


「おうって! もっとこう、あるでしょ!」


「……前より、だいぶマシになってんな」


「マシ!?」


「褒めてんだよ」


 紗月が完成したオムライスを皿にのっけて、俺の前に置く。


「はい、悠真の分」


「お前が食えよ。自分で巻いたやつだろ」


「やだ。だって、悠真に食べてほしくて作ったんだもん」


 思わず動きが止まる。


 ……先に言えっての。


「わかったよ……半分な。あと一つ作るから待っとけ」


「うん!」


 自分の分もパッと作って、ダイニングに持っていく。


「あ、じゃあ半分こ、二人でしよ!」


「わかったわかった」


 二人で半分に分けて、それぞれ食べる。

 紗月のオムライスは、卵がちょっと厚いし、端が破れてる。


 まぁ、けど。


「……うまいよ、ふつうに」


「やった!」


 紗月も、でかいひと口を放り込む。


「……ん! おいしい!」


「自分で言うのかよ」


「二人で作ったから、よけいおいしく感じる!」


 まぁな。


 ……こいつに聞いてから作るもの決めるってのも、悪くねえな。



 連休が終わって、五月も半ばになった。


 日曜の昼過ぎ。

 母さんと親父は出かけて家には誰もいない。


 夕方には紗月んちに行くけど、それまでは暇だ。


 なんとなく台所に立って、料理ノートを広げた。


『さつき、玉ねぎでかいと残す。』

『さつき、ピーマンは平気。』

『さつき、二日目のカレーのほうが好き。』

『さつき、卵の日は皿が早い。』


 ……さつき、さつき、さつき。


 ほとんど、こいつの話しか書いてねぇな……。


 ぱらぱらめくっていく。

 前のほうも似たようなものだった。


 汁物のときは食うのが遅いとか、辛いのは半分にしとけとか、そんなのばっかり出てくる。


 めくってたら、ある一行が目に入ってきた。


『切るの、もうちょい細く。』


 思わず、めくる手が止まった。


 書いたのは俺だ。

 けど、細くしたらどうなるのかは、たしかめてない、な。


 冷蔵庫を開けた。


 キャベツと人参、豚バラが半分。

 昨日の残りだ。


 野菜炒め、作れる、な。


 細くしたら、どうなるのか。

 それだけ、知りたい。


 ……やるか。


 まな板に出したところで、手を止めた。


 全部切ろうとしてたのを、半分だけ皿によけて、冷蔵庫へ戻す。


 一回で使い切ったら、それで終わりだ。


 ちょっと試しに作ってみたいし、半分は残した。


 一回目。


 キャベツはざく切り、人参も適当な太さで切る。

 いつもの感じだ。


 フライパンを熱して、全部一気に放り込んで、強火のまま炒める。

 じゅう、と鳴って、湯気が上がる。


 塩と胡椒。

 完成だ。


 皿に盛り付ける。


 食う。


「……微妙」


 いや、食えないことはない。


 けど、なんか水っぽい。

 キャベツがへにゃっとしてて、噛んだ感じが最初から最後まで同じだ。

 フライパンの底にも、汁が残ってる。


 これを出したら、紗月はたぶん、うまいって言う。


 ……いや。

 今は、そこじゃない。


 そのタイミングでスマホが鳴った。


 紗月だ。


『今日の夜ごはん、楽しみにしてるね!』


「……はいはい」


 声に出してから、『おう』とだけ打って返す。


 今ここで作ってるこれは、まぁ、『試し』だな。


 誰にも出さない。

 俺が食って、俺がたしかめて、それで終わるやつだ。


 冷蔵庫から、さっきよけといた半分を出した。


 二回目。


 キャベツは細めに、人参は薄く切る。


 同じ量なのに、まな板の上が全然違って見えた。


 フライパンには、まず人参と豚バラだけ入れる。

 キャベツはあとから足す。


 入れた瞬間、音が変わった。

 一回目より軽い気がする。


 最後に火を強くして、さっと混ぜて、皿へ。


 食う。


「……お。うまい」


 しゃきっとしてる。噛んだ音まで違う。


 同じものなのに、こんな変わんのかよ。


 たぶん、一回目はいっぺんに入れすぎたんだ。

 水が出て、フライパンの中で蒸れる。

 で、あのへにゃっとしたやつになる。


 あってるのかは、わからん。


 ネットで調べりゃ書いてあるかもだけど、今わかったのは、二回目のほうがうまいってことだけだ。


 そこだけは、はっきりしてる。


 空になりかけた皿を二枚、並べて置いてみた。


 一回目のほうは、色がくすんでる。

 二回目のは、キャベツの白いとこがまだ白い。


 ……並べると、こんなに違うのかよ。


 どう違うのか、口で言ってみる。


「こっちは、しゃきっとしてる。……以上」


 語彙……。


 テーブルのノートに書いとくか、と思ったけど、箸を持ったままだった。


 あとでいいか。


 一回目のやつも、残すのは違う気がして、結局そっちも全部食った。


 三回目も、食材買い足せばできる。

 細さをもう一段変えて、火を入れる順番も入れ替えて——。


 ……いや、腹がもう限界だな。


 それでも、まだやりたいと思ってる自分がいる。


 これが料理が好きってことなのか、ただの意地なのかは、わからん。


 食い終わって、食器やフライパンを洗っている間も、ずっと二回目のことを考えてた。



 同じ日の夜。


 紗月んちで飯を作って、帰って、風呂に入って、部屋に戻る。


 机に座って、鞄から料理ノートを出す。


 今日のぶんを書く。


『キャベツは細いほうがうまい。』

『人参と肉が先、キャベツはあと。』

『いっきに入れると水っぽくなる。』


 書き終わって、ページを見る。


 ……『さつき』、が一個も入って、ない。


 三行しかないのに、なんか変な感じだった。


 前のページを開いて、今日のと並べて見る。


 字は同じだ。俺の汚い字。

 書いてあることだけが違う。


 どっちも料理の話なのに、なんか落ち着かない。


 いつからこれ書いてんだっけと思って、いちばん最初のページまで戻してみた。


 冬だ。親子丼。

 米の量を間違えた、とだけ書いてある。


 あのときは、明日また作るとしか思ってなかった。


 それが、指で摘まめるくらいの厚さになってる。


 ノートを閉じて、机の端に置いた。


 しばらく、置いたノートを見てた。


 もう一回開く。

 後ろの空いてるページを開いて、書く。


『料理が好きなのか』

『紗月に作るのが好きなのか』

『好きだったとして、仕事にできるのか』


 三行書いて、しばらく見てたけど、答えは一個も出ない。


 上の二行を指でなぞってみたけど、この二つ、混ざってんじゃねぇのか。


 今日は一人で作って一人で食って、それでも、まだやりたいと思った。


 ……ただの野菜炒めだぞ。

 そんなもんで決まってたまるかって話だ。


 ペン先が止まる。


 紗月の彼氏ってだけじゃなくて、俺にも一本、柱みたいなものが欲しい。


 ……モブでいい、って思ってた頃なら、こんなの浮かばなかったな。


 椅子の背にもたれて、天井を見た。


 さっきから同じとこを回ってる気がする。

 一人でやってたら、明日も明後日も、たぶん同じとこを回る。


 昼に皿を並べたときもそうだった。

 違いはわかったのに、出てきたのはしゃきっとしてる、だけ。


 ……あー、くそ。出てこねぇ。


 ……誰かに聞くか。


 紗月は、まだ違う。あいつに言ったら全力で喜ぶ。


 ……それが目に浮かぶから、まだ言えないな。


 それに、まだなにも形になってないしな。

 名前もついてないものを、あいつの前で言うのは……な。


 うーん、こういうときは、矢野だな。


 あいつにただ聞くのは違うと思う。


 起き上がって、ノートの端に、もう一行だけ足した。


『紗月の話してねぇとき、俺、何の話してる』


 これだ。


 自分がどうなのかは、自分じゃわからん。

 矢野なら、俺のことも、紗月とのことも、横でずっと見てる。


 これを、矢野に聞く。


 どう言うかを、頭の中で何回かやってみる。「なぁ」から入るのか、いきなり本題か。


 ……そこまでやってから、自分で笑った。


 飯の献立より念入りに考えてどうすんだ、俺。


 ペンを置いて、ノートを閉じる。

 机の端の、あの紙が置いてあったところに戻した。


 たぶんあいつ、「真面目かよ」って笑うんだろうな。


 ……それでいい。笑われてから、もう一回聞く。

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