表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/71

第47話 紗月、「またな」がまだ耳のどこかに残ってる

 目が覚めた。カーテンの隙間から薄い光。まだちょっと暗い。


 枕元のみけに「おはよ」って言った。耳の左右が違うの、今日もかわいい。


 よし。起きよ。



 おにぎり、できた。


 ラップを広げて、ぎゅっと三角に整える。今日は梅と鮭。悠真くん、鮭好きだし。


 手のひらが、あったかい。ご飯握ったから当たり前なんだけど。


 ——あ。


 文化祭のとき、悠真くんの手も、こんなふうだった。フォークダンスで、ちゃんと握り返してくれて。


 そうだ、おにぎり包まなきゃ。


 ラップに包んで二つ、かばんの端に入れた。タッパーは悠真くんが持ってきてくれる。おかず、今日は何だろ。最近甘いの多いから、また甘煮とかかな。


 みけをかばんに入れた。かばんの端からちょこんと出てる。


 鏡の前。コテで毛先を巻く。左はいい感じ。右がちょっと跳ねてる。もう一回。

 制服のリボンを直して、マフラーを首に巻いた。チェックの柄。お母さんが昨日出してくれたやつ。


「行ってきまーす」


 返事はなかった。お母さんはもう出かけたのかな。

 ドアを閉める。冷たい空気。息が白い。



「おはよ紗月。今日寒くない?」


 坂を下りたところで玲奈が待ってた。


「寒い! マフラーしてきたよ!」


「あ、かわいい。チェック柄じゃん」


「えへへ、お母さんが出してくれた」


 並んで歩く。いつもの道。商店街のアーケードをくぐると、パン屋の小麦堂からいい匂いがした。


「ねえ玲奈、帰りにパン買って帰らない?」


「明日の朝用?」


「うん! メロンパン気になるの」


「紗月、メロンパンいっつも気になるって言って結局あんぱん買うよね」


「……次こそメロンパンにする」


「はいはい」


 駅前の信号を渡って、坂を上る。正門をくぐって、本館に入った。


 2-Bの教室。入口に立つ。


 ——いた。窓際の席。


「おはよ悠真くん!」


 悠真くんがこっちを見た。


「……おう」


 矢野くんが隣の席で「はいはい」って顔してる。


「元気だな朝から」


「元気は大事だよ! ねえ悠真くん、今日のおにぎり鮭だよ!」


「おう」


 ——今日の「おう」、なんかちょっとだけ低い気がした。


 気のせいかな。


「お昼、屋上でね!」


 手を振って、教室を出た。玲奈が廊下で待ってる。


「朝からわざわざ報告しに行くんだ」


「報告じゃないよ。おにぎりの予告!」


「同じでしょ」



 屋上。風が冷たい。フェンスが鳴ってる。


 いつもの場所に座った。悠真くんの隣。壁際はちょっとあったかい。向かいに矢野くんと玲奈。


「はい、おにぎり!」


 ラップに包んだ鮭おにぎりを、悠真くんに渡す。


「さんきゅ」


 タッパーが出てきた。蓋を開ける。


「あ、きんぴら!」


 甘くないやつだ。最近甘いの続いてたから、ちょっと意外。でもきんぴら好き。梅おにぎりかじって、箸を伸ばした。


 しゃきしゃきしてる。おいしい。


 悠真くんが鮭おにぎりのラップを剥がして、かじった。


 全部食べてくれるかな。


 ……うん、食べてる。よかった。


 向こう側では矢野くんがポテチの袋を開けた。


「矢野くん、またコンソメ?」


「たまにはうす塩にしなよ」


 玲奈が手を伸ばして、三枚くらいさっと持っていった。矢野くんが「おい」って顔してる。


「玲奈と矢野くん、仲いいよね」


 二人が同時にこっちを見た。


「どこが」


「……そんなわけないでしょ」


 あれ、怒らせちゃったかな。ふふっ。


 悠真くんがおにぎりをかじりながら、フェンスの方に目をやった。


 ——あ、鳥だ。フェンスの上に止まってる。ちっちゃい。すずめかな。もふっと膨らんでて、寒そう。


「ね、見て悠真くん。鳥。寒くないのかな」


「さあ」


「もふもふだね。かわいい」


「……そうだな」


 まあいいか。きんぴら、もう一つもらお。


「紗月」


 玲奈の声。なんか、いつもと違うトーン。


「最近なんか変じゃない?」


「変じゃないよ!」


 ——あれ。声、大きくなっちゃった。


「……それよりご飯食べなきゃ。お昼終わっちゃうよ!」


 玲奈がじっとこっちを見てた。でもそれ以上は何も言わなかった。

 矢野くんのポテチの袋が風でカサカサ鳴ってる。悠真くんが鮭おにぎりの最後のひとくちを口に入れた。


 おにぎり、全部食べてくれた。


 うん。



 六限のチャイムが鳴った。


 玲奈と一緒に2-Bの前まで来た。


「悠真くん、帰ろ!」


 悠真くんが「おう」って立ち上がった。


 四人で正門を出る。風が冷たい。手がかじかむ。


「たい焼き食べたいなぁ」


「勝手に食え」


「えー、一緒に食べた方がおいしいじゃん」


「俺もいるんだけど」


 矢野くんが後ろから言った。


「矢野くんもだよ! 四人で食べよ!」


「遠慮する」


「玲奈は?」


「帰ってから食べる」


「……みんな冷たい」


 悠真くんの横を歩く。コートの袖が、たまにぶつかる。


 駅前で矢野くんが「じゃな」と手を上げた。


 三人になった。商店街を抜けるとき、小麦堂の前を通った。——あ、パン。朝、玲奈と買って帰ろうって言ってたっけ。


 十字路。


「じゃーね。寄り道しないで帰りなよ」


「えー、しないよ! またね玲奈!」


 手を振った。玲奈が角を曲がって、見えなくなるまで。


 二人きり。


 住宅街に入ると、静かになる。


 悠真くんが隣にいる。半歩前。いつもの速さ。靴の音がコツ、コツ、って響いてる。


 なんか、ほっとする。隣を歩いてるだけなのに。

 なんだろ。


 風が吹いた。冷たい。ポケットに手を突っ込んだ。


 ——あ。


 花火のときは、こんなに寒くなかったな。石段に並んで座ってて、すごく静かだった。


 そういえば、来週テストか。英語どうしよ。


「ねえ悠真くん、テスト勉強また四人でやる?」


「……まぁ、別にいいけど」


「やった! 今度は矢野くんのポテチ、玲奈の分も買ってこよっか」


「余計なことすんなよ」


「えへへ」


 住宅街の角を曲がった。悠真くんのコートの袖が揺れてる。


 ——掴もうとした。


 あれ。


 指が止まった。ほんの一瞬。息も。


 ……なんだろ。


 まあいいか。


 袖を掴んだ。


「ほら悠真くん、あっちにたい焼き屋あるんだって!」


「だから勝手に食えって」


「一人で食べてもおいしくないの!」


「……はいはい」


 悠真くんがため息をついた。でも袖はそのまんま。


 たい焼き、あんこがあつあつだった。



 坂の下。街灯がついてた。


「じゃあまたね、悠真くん! テスト勉強、約束だからね!」


 手を大きく振った。悠真くんが「またな」って言った。短くて、低くて、いつもの声。


 ふふっ。


 悠真くんが歩き出す。背中が、だんだん小さくなっていく。


 ——風が、冷たかった。


 胸の、このへんが。きゅっ、とした。ちょっとだけ、体が縮こまった。


「……寒っ」


 マフラーに顔を埋めた。息が白くて、マフラーの中がすぐあったかくなる。


 坂を上がる。途中でふと振り返った。


 悠真くんは、もう見えなかった。



「ただいまー」


 返事はなかった。


 靴を脱いだ。足の裏が冷たい。階段を上がって、自分の部屋のドアを開けた。


 かばんを下ろして、みけを枕元に戻した。朝入れて、夜戻す。いつものこと。


 ベッドに座った。


 ……今日も、楽しかった。


 おにぎり、「さんきゅ」って。それだけだったけど。


 うん。それだけで、よかった。


 手を見た。朝、おにぎり握ったときの、あの感じ。もうとっくに冷めてるはずなのに。


 悠真くんの「またな」が、まだ耳のどこかに残ってる。


 いつもの声。いつもの言葉。なのに。


 なんだろう。胸のあたりが、ちょっとだけ、あったかい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ