表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「この人が彼氏です!」と学園アイドルに言われたモブ、逃げられなくなる  作者: もりぞー
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/72

第34話 モブ、メイド服の学園アイドルに文化祭を振り回される

 焼きそばを買いに行こうと思ったのに、結局D組の前から動けていなかった。


 ……なんで俺、まだここにいるんだよ。

 橘がもうすぐ終わると言ったのが引っかかって——いや、たまたまタイミングを逃しただけだ。


 ポケットのスマホが震えた。


『終わったよー!!』


 返す間もなく、D組のドアが勢いよく開いた。


 黒いワンピースに白いエプロン。フリルのヘッドドレス。

 メイド服のまま飛び出してきた橘が、肩にポーチだけかけて、廊下の視線を片端からかっさらっていくのが見えた。


「あ、いた! おまたせ!」


「ちょ……お前そのままかよ」


 橘がぱっと笑った。メイド服のスカートがふわっと揺れる。

 周りの視線がこっちにも集中してるのがわかる。


「着替える時間もったいなくて!」


 D組のドアから、宮田が顔だけ出した。


「あんた、着替えないの?」


「いいの! 時間もったいないから!」


 宮田が俺の方をちらっと見た。


「……ふーん。楽しんできなよ」


 それだけ言って、D組に戻っていった。

 今の「ふーん」に何が込められてたか、深く考えたくない。


「汚れたらどうすんだ、それ。レンタルだろ」


「気をつけるから! ほら、行こ!」


 聞く気ゼロだった。



 中庭に出た。

 B組の焼きそば屋台がテントの下に出ていて、鉄板がじゅうじゅう音を立てている。ソースの匂いが中庭に充満していた。


 メイド服の橘が隣にいる状態で中庭を横切ったせいで、すれ違う人間の視線がごっそり持っていかれる。


「あ、橘さんだ!」


「メイド服のまま!?」


 ざわつきが広がるのが聞こえた。橘は全く気にしていない。

 少しは気にしてくんねぇかな……。


 B組の屋台に、エプロン姿の矢野がいた。


 矢野の目が、俺を見て、隣のメイド服を見て、もう一回俺に戻った。


「…………へえ」


「何」


「いや、別に」


 この「別に」、裏ありすぎだろ。


「焼きそば二つ」


「はいよ」


 矢野がヘラで焼きそばを盛りながら、ぼそっと言った。


「なんだ、周りに見せつけてんのか?」


「うるせえ。なりゆきだ」


「なりゆき?」


「……黙って焼け」


 矢野がヘラを返しながらこっちを見ないふりをしているが、口元が完全にアウトだ。


「ねえ矢野くん、焼きそばおいしそう!」


「どうも。彼氏に焼いてやったぞ」


「やめろ!」


 パックを受け取って、矢野から離れた。


 中庭のベンチに並んで座って食べる。

 メイド服のまま焼きそばを頬張っている橘の絵面がすごい。


「おいしい! 焼きそば食べたかったんだよねー!」


「お前、まともに食べてなかったのか」


「シフト中に裏でちょっとつまんだだけ! だからお腹すいてて」


 嬉しそうに頬張っている。

 こいつがメイド服で焼きそば食べてるのを、中庭を通る人間が片っ端から二度見していく。


「悠真くん、ソースついてるよ」


 橘がこっちの口元を指さした。


「……どこ」


「そこ。ふふっ、取れてない」


 顔をそむけて袖で拭った。


「橘さーん!」


「メイド喫茶すごかったよー!」


 食べ終わって校舎に戻る途中でも、三人くらいに声をかけられた。

 橘がその都度「ありがとー!」と手を振る。


 メイド服の橘の隣にいる俺が、周りからどう見えているか。


 ……考えるのやめよう。



 二階に上がった。一年の教室が並ぶフロアだ。


 C組がお化け屋敷をやっていた。


「悠真くん、入ろ!」


「は? いや——」


 反論が完成する前に腕を引かれていた。


 中は暗かった。段ボールで作った壁と、LEDが並んでいる。

 驚かし役の一年が布を被って「うらめしやー」と叫んだ。

 正直、全然怖くない。


 出口から出た。


 腕を引っ張っていた橘の手が、いつの間にか俺の制服の袖を掴む形に変わっていた。


「怖かったのか?」


「全然?」


「じゃあなんで掴んでんだよ」


「えっ——あ」


 橘が慌てて手を離した。


「暗かったから! つまずかないようにだよ!」


「お化け屋敷の中でつまずく心配するか普通」


「するでしょ! メイド服だし!」


 理屈がめちゃくちゃだ。


 その先のE組が、縁日風の射的をやっていた。


「あ、射的! やりたい!」


 橘が小走りで受付に向かった。


 一回百円で三発。コルク銃で棚の景品を落とす。よくあるやつだ。

 景品は手作りっぽいぬいぐるみとか、お菓子の袋とか。


「悠真くんもやろうよ!」


「いい」


「えー! 一回だけ!」


 結局二人分払っている俺がいた。


 橘が銃を構えた。


「えいっ!」


 コルクが飛んで、棚の上の方に当たった。何も落ちない。


「当たんないー!」


「狙い高すぎ」


「もう一発……えいっ!」


 今度は棚の手前に転がった。


「難しい!」


「力入れすぎなんだよ」


 橘が三発目を外して、「むー」と頬を膨らませた。


 俺の番だ。

 適当に構えて、引き金を引いた。

 コルクが一番下の棚に当たって、手作りっぽい小さなぬいぐるみが転がり落ちた。


「すごい! 当たった!」


 橘が目を輝かせた。

 目をそらす。


「別に、たまたまだろ」


「悠真くんすごい! はい、私のね!」


 受付の子が差し出したぬいぐるみを、胸の前で両手に包んだ。


 いや、なんで俺が取ったのがお前のになるんだ。

 しかもそれ、たぶん手作りの猫だぞ。耳の大きさが左右で違う。


 なのに橘は、そのいびつな猫のぬいぐるみを大事そうにポーチに入れた。


 いや、取ってやったわけじゃない。

 橘が勝手に持ってって勝手に喜んでるだけだ。


 そういうことにしておく。


「悠真くん、フォトスポットあるよ! 撮ろ!」


「無理」


 即答だった。

 メイド服の橘と写真は、さすがに無理だ。


 橘は「えー」と言いながらも引き下がった。代わりにスマホを取り出して何かいじっている。


 ふと前を見たら、向こうから見覚えのある姿が歩いてきた。


 ショートボブ。小柄な背筋のいい姿勢。


 柊だ。

 隣にもう一人、同じくらいの背の女子がいる。友達と回っているらしい。


「お、柊。お疲れ」


「あ……先輩、お疲れさまです」


 柊が小さく頭を下げた。

 一瞬、柊の目が俺の隣——橘のメイド服の方に動いた気がした。


 そのとき、橘がぐいっと寄ってきた。

 肩がぶつかるくらいの距離で、スマホをこっちに向けている。


 カシャ。


「ちょ……お前!」


「えへへ、撮れた!」


「フォトスポット断っただろ!」


「だってフォトスポットじゃないもん。廊下だもん」


「理屈がおかしいんだよ! つーか消せ!」


「やだ!」


 橘がスマホを胸の前に抱えてガードした。メイド服で逃げる体勢に入っている。


「おい——」


 追いかけようとして、ふと気づいた。


 柊たちの姿が、もう廊下の向こうに遠ざかっていた。

 遠ざかる柊が、ちらっとこっちを見たように見えた。——が、橘がスマホを掲げて逃げるので、それどころじゃなかった。


「悠真くん、次あっちー!」


 考える暇もなく、橘に腕を引かれた。


 廊下の壁に、ポスターが貼ってあった。


 『文化祭2日目 後夜祭プログラム フォークダンス&キャンプファイヤー』


「あ、明日フォークダンスだって!」


 橘が立ち止まった。


「出るでしょ?」


「は?」


「フォークダンス! 明日!」


「なんで俺が——」


「彼氏でしょ? 出るの当然じゃん!」


 当然って何だよ。


「……考えとく」


「やった! 考えとくは悠真くん語で『出る』だもんね!」


「確定させんな」


 橘が嬉しそうに笑って、いびつな猫のぬいぐるみの入ったポーチを両手で抱えた。


 窓の外は夕方の色になっていた。

 廊下のガーランドが、オレンジの光で揺れている。


 ……明日も、振り回されるんだろうな。


 そう思いながら、俺はメイド服の隣を歩いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ