第95話
レイヴンらを乗せた自律移動殻のスペクトルは今やほぼ完全に見失われた。いつものことながら、あっという間だ。
モサヒーは、北アメリカ大陸からの連れ合いであるボブキャット、キャンディ、そしてコードセムーとともに、海上を北へ向かった。
しばらく周囲に、海棲植物とプランクトン以外の生体信号は感知されなかった。が、最初に小型魚、それを追い大型魚が元通り泳ぎ回りはじめ、水面上に存在する大型ウマ類似動物は恐らく無害であると認識された様子だった。
サメなども近くを通り過ぎて行くが、特にキャンディに攻撃をしてくる事もない。それはこれまでにイルカやクジラ、シャチらにより海中で伝達された情報のおかげと思われた。それでも万一キャンディに危機が迫れば、モサヒーは全力を駆使し救出する心づもりでいた。その際には、コードセムーにも有無を言わさず協力してもらう。
まずは、北へ。
「あら」
その時、キャンディが声を挙げ水面上で脚を止めた。
「うん、どうかしましたか」モサヒーはすぐに、ある予測を立てつつ推進を停止した。
海原は、静かだ。
「あ」ボブキャットが次に声を挙げ、ほぼ同時にモサヒーにも検知が届いた。
大群だ。
レイヴンの話によると、彼らは『散り散りに』逃げたとの事だったが、どうやら示し合わせて再び集合した後こちらに向かってくるようで、その群れは北西の方向より近づいて来ていた。
シャチだ。
一行は水面と水上に佇み、邂逅の時を待った。
「やあやあやあ」
「どうもどうも」
「こんにちはー」
「君たちに用がある」
「はじめましてだな」
シャチらはそれぞれに声かけをして来て、あっという間にモサヒーらの周りを取り囲んだ。
「うひいいい」キャンディの背の上でボブキャットが縮こまる。「だ、大丈夫なのかよ」
◇◆◇
『翼つき大型ネコ科』はどうやら、またインドの方に向かっているらしい。
コードルルーは迷いもなく、それを追った。
レイヴンはすごすごとお家に帰って行ったようだが、代わりにモサヒー──レイヴンとは違い油断のならぬ相手が、やはりインド方面を目指しているものと思われる。
急ぎたい。
何故とはっきり断定できないのだが、胸騒ぎがする。
奴──モサヒーとミルキィを会わせてはならない。
否。
もっと漠然とした不安だが、モサヒーをギルドに近づけてはならない。
奴はきっと何か企んでいる。
シャチどもと結託して。
今、奴の許にはコードセムーがいるはずだか、ギルドはこの際、セムーごと奴らを殲滅してしまった方が良いのではないか。
ルルーはそこまでを考える。
本部に提言を送るべきか。それを実施した場合の、自分へのメリット、そしてデメリットは何か。提言したとして、それを認容した場合の、またしなかった場合の、ギルドにとってのメリット、デメリットは何か。
模索をしつつ、ルルーは南へ向かった。
◇◆◇
宇宙空間に出るまではあっという間だった。
後は自律推進殻が繰り返し『機に乗じて』連れ帰ってくれるのを、ゆっくり待つだけだ。それまですべての電子受容機構を閉じ、いわゆる気絶状態を保持していてもいい。
宇宙空間で外敵に遭遇する確率は、それこそ気絶するほどに低い。動物たちの身も、レイヴンより遥かに確実に保証されるだろう。
さて──
「レイヴン」
もう一度宇宙を眺めてから眠りに就こうと思った矢先に、突然その声が聞こえた。
はっと硬直する。
え?
この、声は──
「レイヴン、起きてるか?」
「ラ」レイヴンの声は震えた。「ラサエル!」
「ああ、俺だよ、ラサエルだ。よかった、通じて」ラサエルの声は笑った。「お疲れ、レイヴン」
「ラサエル」もう一度呼ぶ声はまだ震えている。「ああ、君なんだね。すまなかったね、長くなってしまって」
「事情はハヤミさんから聞いたよ」ラサエルは穏やかに伝えた。「ふふふ、君らしい理由だなと思ったよ。今回の帰還遅延のことは」
「ああ……ははは」レイヴンも仕方なく笑った。「そう言われると弁明の言葉がない」
「今はもう、帰り道に着いているんだね?」ラサエルが確かめる。
「ああ。自律殻に乗り込んで、動物たちと一緒に今はもう宇宙を旅している。あと少しだ」レイヴンは大きく頷く。
「レイヴン」ラサエルは、ことさらゆっくりとパートナーの名を呼んだ。「会いたいよ。今すぐに」
「ああ。ぼくもだよ」レイヴンも、パートナーを心から安心させるよう声に温度を込めた。「待っていてくれ、すぐに」
「けど」しかしラサエルはそれを遮った。「だめだ」
「──」レイヴンは遮られるがままに言葉を失った。「えっ?」どうにか、訊き返しの一声を挙げる。




