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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
王都ジャベリン
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森の村『グリーン・ノーム』 3


 エートルはもうすぐ十九歳になる。

 少年時代がもうすぐ終わる。

 もう一年程、時を重ねれば晴れて、魔法学院の入学試験を受ける事が出来る。魔術師達は二十になるまでは、街に住まう魔法の師匠や、街の学校で魔法を覚えなければならなかった。


 この森と巨大な岩に囲まれた街『グリーン・ノーム』の外に出てみたい。

 世界は一体、どうなっているのだろう?

 そう思いながら、彼はパン売りのアルバイトが終わった後、いつものように森の奥を目指した。


 かつて魔族達の手から、人間を守る為に、強大な強さを持つ勇者が現れたのだと聞く。

 だが、かつての悪魔の王を倒した後に、勇者も共に倒れた。

 ただ、勇者は死ぬ間際に、この世界の神から力を借りて、二つの領域を分断する光の壁を作ったのだと聞く。この世界には、人間界と魔界の二つの領域がある。


 魔族達は、光の壁を越えて、この人間の住まう世界へとやってくる。エートルも勇者に憧れる英雄の一人となりたかった。街のみなも、大切な幼馴染も、自分の手で守りたい。


 エートルは幼馴染である少女、イリシュに恋をしていた。イリシュは十六歳の時に修道院に入って、所謂、シスターの仕事をしている。すっかり美少女に育ってしまった。


 神に奉仕する身である為に、生涯の婚姻を誓う事以外の恋愛は許されない。エートルはイリシュに認められるような人間になりたいと思った。幼馴染の為に戦う。


 ……好きな子を守る為に、ただ強くなりたい。

 エートルの想いは純粋なものだった。

 きっとそれは“勇者”だとか“英雄”だとかいった、漠然とした存在なのだろう。


 彼は今日も、修練の為に、森の魔物と戦いにエートルは森の奥へと向かった。



 エートルは魔物退治に精を出していた。

『グリーン・ノーム』の周辺には、変容した牛や狼などの魔物が現れる為にそれらの脅威を排除するのは騎士団のやっている事だった。エートルは魔法学院の入学志望だったが、剣術や弓術は覚えていて損は無いものだ。

 特に伝説の勇者に憧れる者としては…………。

 魔王退治の勇者の跡継ぎになりたい。

 それは騎士になる者も、魔法使いを目指す者も同じだった。


 森の少し深い場所に入り込んでいた。

 暗い場所だった。

 この辺りには余り生えない花が生えている。


 暗くなってきたし、そろそろ戻ろうとエートルは考えていた。

 というか、早めに戻るしか無かった。

 先ほど、灰色熊の魔物によって、左肩を深く傷付けられた。包帯と薬草は持ってきたが、傷が酷く痛む。

 ……途中、新たな魔物の大群に襲われたら、まずいかもしれないな。

 

 何者かが小枝を踏む音が聞こえた。

 エートルは剣の切っ先を、音を出した者へと向ける。


「おや。君は一体、何をしているんだい? こんな辺境の場所で」

 一人の人物が、エートルの前に現れる。

 眼鏡をかけて金色の髪の毛を後ろで結んだ優男だった。

 元は整った顔立ちなのだろうが、かなり野暮ったい印象を受けた。


 教会の服を身に着けている。

 神父の服だ。

 何故、神父が此処にいる?


「僕の小屋で、ゆっくりしていかないか? もう遅いし」


 エートルは不思議に思いながらも、神父に付いていく事にした。



「貴方の名前は無いのですか?」


 暖炉の炎が燃え盛る。

 神父姿の男は、小枝を幾つも折り、暖炉に投げ入れた。

 森の夜は酷く冷える。


「ああ。教会を追い出されてね。どうも、私の意見は教会では受け入れられなかったらしい。その時から人に会わなくなって、名前も捨てた。もっともプライドだけはあった為に、神父の服は捨てなかったがね」

「教会で受け入れられなかった?」

「ああ。教会の一部の信念は、人間も魔族も等しく天の神が生んだ存在だとしている。だから、教会は平和主義を貫いているんだ。当時の僕にはまるで信じられなかった」

「俺もそう思います」

 エートルは力強く頷く。


「先日。王都はドラゴンの軍勢によって襲撃されたんだよ。王都の騎士団長達は和解を試みた。だが、沢山の民が炎に焼かれ、ドラゴンの餌になった。僕は魔族との和解は不可能だと思う」


「…………。貴方の事は何と呼べば……」

「なんでもいいよ」

「では、神父様と。神父様。俺も貴方と同じ考えです」


 二人は固く握手を交わす。


「教会から追放された身としては、表立って手伝える事は少ないかもしれない。だが、僕は出来るだけ君の力になるよ」



 エートルは、夢を見ていた。


 修道女服に身を包んだイリシュを見て、エートルもまた、魔法使いとしての衣服を魔法学院で身に着ける為に励む事を誓った。


「エートルは夢があるもんね」

 少女は笑う。

 

 修道女は結婚以外の性交渉、自由恋愛が認められていない。

 エートルは、立派になって、イリシュの傍に立ちたい。

 

「なあ。待っていてくれるか?」

 エートルは幼馴染に笑い掛ける。

「待ってるね、……その、なに?」


「俺が王都を守れる立派な魔法使いになるまでだよ。そしたらさ……」

 その言葉の先が、上手く言えない。

 

「とにかく、俺は強くなるからな! そしてきっと偉くなる。その時まで待っていてくれよ!」

 そんなエートルの後ろ姿を見て、イリシュは笑っていた。


 イリシュという少女は、エートルにとって、幼い頃から、とても大切な人間だった。

 エートルは学校に馴染めず孤立し、ひたすら伝説の勇者に憧れて、一人で棒切れを持って素振りの練習をしていた。

 イリシュは、そんなエートルを見守っていた。

 場所は、よく二人で行く公園だった。


「なあ。なんで、嫌われ者の俺なんか構うんだよ?」

 エートルはイリシュに訊ねる。

「うん……、そうだね、なんだろ、一人で目標に向かって頑張っているからかな。だからエートルを見ていると元気付けられる。それにエートルは嫌われ者なんかじゃないよ」

「俺が嫌われ者じゃない? じゃあ何で、みんな俺を避けるんだよ」

「話しかけづらいだけだよ。エートルの方から、みなに近付く努力をしないと」


 イリシュに諭され、エートルはクラスのみなに自分の目標を語って聞かせた。

 クラスメイト達はエートルを笑うどころか、勇者の伝説の話を聞いて興味を示してくれた。勇者の伝説の言い伝えは幾つかあるが、エートルは大人になったら、何処かの地に眠れる勇者か、その子孫に会って、肩を並べたいのだと言った。


 心を閉ざしていたエートルは、徐々にみなと仲良くなっていった。

 思えば、流行り病でエートルの父が死別して以来、母が女手一つでエートルを支えてくれた。エートルには父がいない。必死で雑貨屋を営んでいる母の為に、エートルは偉くなりたかったし、誰よりも強くなりたかった。ただ、そんなエートルは人間関係を作る事が上手くいかず、自分の存在理由を探して、勇者の伝説に行き着いたのだ。


「この世界は魔族の脅威にさらされている。俺も勇者になりたい。馬鹿馬鹿しい愚かな目標かな?」

 エートルは、イリシュに訊ねる。

 イリシュは首を横に振る。


「ううん。エートルなら出来るって私は信じてる。他のみなだって、勇者の事は分からないけど、元々、運動も得意なエートルなら、王都の騎士団に入隊出来るだろうって言っているよ」

「そうだな。勇者の前に、騎士団だな。あるいは魔導部隊に入れないかな」


 クラスメイト達で、騎士団に憧れる人間は数多くいても、実際に入団を真剣に考えている者はいなかった。騎士団は王都の領土である、各村々や小さな都市から優秀な人間が集められている。試験や訓練の過酷さに脱落していく者も多いのだと聞く。

 

 そして、騎士団に入団してもなお、厳しい現実が待ち構えている。


 魔族が強過ぎるのだ。

 王都の精鋭部隊である騎士団や魔導部隊を持ってしても、魔族との戦いで戦死する者達が後を絶たない。

 騎士団の力はまだまだ弱く、ドラゴン一体を倒す事も出来ずにいるのだ。

 魔界の空には、無数のドラゴンが飛び回っている。

 

「伝説の勇者様は、魔法の剣によって、村一つを簡単に滅ぼすドラゴンをいともたやすく退治してきた。俺もそれくらい強くなりたい」

 夢物語。


 人間界は、今にも魔族に滅ぼされようとしている。

 百年後の世界に、人間が生きた痕跡は抹消されている可能性があると仮説を唱える魔法学院の学者もいるのだと聞く。つまり、魔族が本気を出せば、人間という種族など簡単に滅ぼされる存在でしかない。

 エートルは知っている…………。

 エートルの父親は、王都の魔導部隊に所属していて、魔族との戦で戦死したのだと……。母親がいくら父は病死したと嘘を付いても、いずれ子は知るものだ。


 父はドラゴンの軍団との戦いで死亡したと、村の教会で聞かされた。

 その時から、エートルはドラゴン達に対して復讐を誓った。

 いつか、ドラゴンを討つ英雄になりたい。


「竜の魔王であるベドラムも、いつか必ず、俺が倒してみせる」

 

 イリシュは、エートルらしいね、と言う。風でイリシュの長い金髪が揺れる。

 夕日が見える丘で、結界となっている石の像を背にしながら、エートルとイリシュはよく語り合っていた。


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