7-5
「あああああっっ!」
「アサッ! 大丈夫か、アサッ!」
虹魔石を入れられたアサが、頭を抑え絶叫しながら転げ回る。鬼に捕らえられた新もまた、そんなアサに叫び、声をかける事しかできない。
その様子を愉快そうに見回し、アガルテは自身の鬼面を撫で回す。
「ふくく、さあ娘よ。己の内から聞こえる声に耳を傾けよ。そして全てを差し出し、私の下僕を産むがいい」
「ふざけるなっ! くそっ、離せ!」
「ふん、動けぬお前には何も出来んだろう? そこでこの娘が、異形へ変わる様を大人しく眺めているといい……次はお前達がこうなる番だからな」
もがく新を見てアガルテが高笑いをする。そのあまりの異質さに、ダンナチの村人達も誰一人動けずにいた。
「…………そん……せな……」
頭を抱え俯いたアサが小さく呟く。その声を唯一聞いたアガルテが、首を傾げた。
「ん? 今何か言ったか、娘」
「……そんな事……させないっ!」
フラリとアサが立ち上がる。それでも辛いのか、脚は震え顔には大粒の汗がいくつも浮かぶ。だが、小さな二つの瞳だけは、強い意志を持ってアガルテを睨みつけていた。
「ふん、いい目だ。しかし、その反抗心……いったいどれほど持つかな?」
「うるさいっ! 皆を、お父さんを、新兄さんを虐める、あんたなんかに絶対負けないっ!」
そう言うとアサは両手を合わせる。いつかの儀式で見た、ダンナチのマカミへ捧げる祈りの形だ。
「お願いします、神様……オオグチマカミ様。私はどうなってもいいです、皆をどうか助けてください!」
「くっ……ははははは! 愚かな! この期に及んで神頼みとはな。安心するといい。今日からお前が拝むのは、そんな何の力も持たない棒っきれじゃない……真に神たる力を得た、この私アガルテ様だっ!」
しかし、アサは祈る事を辞めない。今にも倒れそうな両脚で、地面をしっかりと踏みしめ、瞳を閉じて祈り続ける。
「ちっ……いつまで無駄に祈っている! そんなものより、心の声に従いお前の命を差し出せ! ……祈るなと言っている!」
「アサッ!」
強硬な態度のアサに苛立ち、アガルテが左手を挙げる。その握られた拳が少女へと振り下ろされる瞬間、アサの体に変化が起きた。
「くっ……何だと!?」
アガルテが驚きの声をあげる。眼前のアサが空を見上げるように顔を上げると、その全身を白い光が包み込んだのだ。
光がその輝きを増すと、アサの額から虹魔石が、まるでビデオの逆再生の様にスルスルと抜き出る。そのまま中空に浮かび静止した虹魔石へ、アサの白い光が伸びると、薄皮を剥ぐ様に虹魔石の黒い輝きが白い輝きへと変化した。
透き通るクリスタルの様な結晶になり、光を放つ虹魔石。アサは閉じていた目をゆっくりと開く。その瞳は、儚げでどこか夢見るような虚ろさがあった。
「ア、アサ、大丈夫なのか!?」
新の声が聞こえているのかいないのか……ゆらゆらと左右に揺れたまま、アサはコクリと頷く。
「はい……皆が助かるなら……私を全て捧げます」
白い結晶に語りかけるように、ポツリポツリと呟くアサ。それに応えたのか、白い結晶が一際強く輝くと、アサは結晶を包み込むように両手を挙げた。
次の瞬間、その両腕が消えた。
アサの肘から先が、血の一滴も垂らさず、まるで最初から無かったかのように消失したのだ。
「っ!? アサッ!」
血相を変えた新とは対照的に、アサは失った両腕を気にもせず、ゆるりと立ち上がる。結晶がクルクルと回転し、再び瞳を閉じたアサの胸に吸い込まれた。
同時に、アサの髪が黒から白へ、染め上げられるように変色する。一段とアサを包む輝きが強まった。
その姿を、立ち尽くしたままのアガルテが、震える指で指差す。
「バ、バカな! この地の歪みが、それを成す力が全て……こ、こんな小娘一人の体に流れ込んだだと!?」
「ふん、記念すべき妾の誕生を前にピーピーと喚くな。地虫は地虫らしく、無様に這いずりまわるがいい」
目を開けたアサが、アガルテを嘲り笑う。
声こそアサのままだが、声色も表情も態度も、なにもかもが別人の様に変わっている。
「ぐっ……たかが神魔のなり損ないが、私を地虫と侮辱するのかぁっ!」
アガルテが激昂し左手をアサへと向ける。その掌に集まる強力な力を前に、アサはただ不愉快そうに顔を歪めた。
「吹き飛べぇっ!!」
アガルテの叫びと共に放出された、不可視の力がアサを襲う。超常の力が起こす、嵐のような破壊の渦の中、無傷で笑うアサが存在しない右腕を振るった。
「なぁがっ……」
アサを中心に白い光が一瞬で広がる。新は、自身の視界が白い闇で覆われる瞬間、跡形も無く消え去るアガルテを見た。
◆
「うぅ……」
目を閉じても目蓋を突き抜けるほどの閃光。それがようやく収まったと感じ、新は目を開けた。
そしてようやく、自分が一面真っ白な、何もない空間に浮いている事を理解する。
「こ、ここは……」
「ふん、ようやく落ち着いて会話が出来るな、小僧」
突然聞こえた声に振り向く新。そこには巫女装束姿のアサが浮かんでいた。
八葉のように包帯の巻かれた両腕を組み、ニヤリと笑うアサに、新は既視感を覚える。




