6-終
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とあるビルの一室、虹枝の幹部である春間は一人、深く椅子に座り込み、手にした文庫本に目を落としていた。
時折ページを捲る、僅かな紙の擦れ合う音以外に何も聞こえない……そんな静寂に包まれた部屋に、突然ブライが現れドウと床に倒れこむ。
既に戦鬼体は解除され、欠損した両腕や脚も再生を始めていたが、内在するエネルギーの減少は、どう見ても明らかだった。
「無様だな、ブライ」
本から目を外さず、春間が呟く。
「へっ、春間か……無様ね、確かに違いねえ」
「まさかとは思うが、相手はあのブランクか?」
「……ああ、そのまさかだ。デュラハンにアレを渡した時に遭遇したからな」
「……それで、主の命に背いて戦い、その体たらくか……つくづく救い難いな、君は」
「ちっ……何とでも言えよ」
「生憎、君に苦言を呈するのは、私ではなくあの御方だ」
「何?」
ピクンとブライの眉が動く。
「つい今しがた、君が戻り次第、私と君二人で来いとの命がおりた。何事かと思ったが、今の君との会話で理解できたよ。主は全てを知っておられる。君がブランクと戦った事も、そしておそらく今の君もだ」
淡々と語る春間の声にも瞳にも、何の感情も読み取る事は出来ない。それでもブライの顔にはあぶら汗がジットリと滲んだ。
「おい、それは、ほ、本当か?」
「君にそんな嘘をついた所で意味など無いだろう? さあ、急いで脚を再生させたまえ。あの御方を長々と待たせるわけにはいくまい」
「お、おう……ちょっと待ってくれ!」
ブライが慌てて再生速度を早める。その様子を春間は、やはり無表情で眺めていた。
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「それで……新さんは大丈夫なんですか?」
病室のベッドに寝かされた新を見て、智秋が哲也に心配そうに尋ねる。新の体には脳波とバイタルを伝えるコードが接続され、口には呼吸器が付けられていた。
「う〜ん……それはだね……身体的には問題無いんだけれど……」
腕を組んで考え込む哲也。ベッドの向かい側、新の右手を握った八葉が首を振った。
「案ずるな、智秋。魂の力を消費し過ぎただけで、新は死んだ訳ではない。こうして生命維持がされた以上、休んでいれば必ず目覚める……いや、私が叩いてでも目覚めさせるさ」
イタズラを思い付いた子供のような無邪気さでニヤリと笑う八葉。その表情で智秋の顔が明るくなる。
「ほ、本当ですか!?」
「私が言うのだ、間違いあるまい? 安心したなら家族にバレないうちに早く帰るといい。あまり学生がウロついていい時間ではないからな」
「あっ、はい。それじゃあ、僕は帰ります。あの、新さんが気付いたら教えてくださいね!」
頭を下げ、智秋が病室を出て行く。それを出口まで見送った哲也は、二人の元へ戻ると深く溜息をついた。
「あれで良かったのかい、八葉」
「余計な心配をさせた所で、どうにもなるまいよ、哲也。しかし……馬鹿新め」
キュッと新の右手を握る手に力がこもる。八葉の顔に先程までの明るさはない。
「実際のところ……新はどうなるんだい?」
「さてな……生きている以上、新の魂が完全に潰えた訳ではあるまいが……戻るかは五分五分、神のみぞ知るだな」
「君も神様じゃないか、と茶化すつもりは無いけれど……君や僕で何か出来る事はあるのかな?」
「いや、こうなると、後は新自身が頑張るしかあるまい……死ぬなよ、新……私が付いているぞ」
「そうか……わかったよ、八葉。新をよろしく頼む。僕は僕に出来る事をするとしよう」
「……哲也に出来る事?」
「やられっぱなしは好きじゃない。新が目覚めた時に、とっておきのプレゼントを用意しなくちゃね」
意味深な笑みを浮かべ、哲也が再び病室を出る。後には新と八葉のみが残された。
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アンティークチェアに深々と座り、手名芽の夜景を見下ろす男。その背後に音もなく春間とブライが現れ、深くこうべを垂れた。
「春間、ブライ、御身の前に……」
「ふふん、春間はともかくブライ、お前までそうして畏るとは珍しいな」
視線を夜景から動かさずに男が笑う。しかし、配下の二人、特にブライへ向けられた威圧感は一向に変わらない。
遂には耐え切れずブライが土下座し頭を床に擦り付けた。
「た、大将、すまねえ。俺が勝手にブランクと戦い倒せなかったのは事実だ。この通り謝る! けどよう、奴にこれ以上好き勝手やられるのは、我慢の限界だったんだ、わかってくれ!」
「ふむ……それで? ブランクと戦い、客観的に見て奴の強さをどう思った?」
「え、あ、いや……そうだな……」
思わぬ主人の言葉に、ブライは驚き起きあがると、腕を組んで考えこむ。
「おそらく奴の全力とぶつかったんだけど、それでも戦鬼体になった俺の方が地力は上だった。だけど、それは今だったらの話だ」
「なるほど、つまり成長の余地があると?」
「わからねえ。わからねえが、俺はそう感じた。そして、もう一人、新しい神魔狩りが現れた。名前はグレイバーで馬みたいな奴だ」
「そうか……もはや並の神魔では、ギアを使おうと敵わぬ相手か。良いだろう!」
男が立ち上がり振り向く。その顔には意外にも愉快そうな笑顔が浮かんでいた。
「危険な存在になったブランクは排除する。ブライ、奴の始末はお前に任せよう」
「お、おう! 任せてくれ、大将!」
喜色を隠せないブライ。それを横目に、春間が尋ねる。
「私は如何致しましょう?」
「お前まで出る必要は無い。ブライ一人で完遂せよ。これは私の指示に反したお前への罰でもあるのだ。わかったならば、二人とも退がれ」
男が再び夜景に目を向ける。背後で春間とブライが去った気配を感じたが、気にする素振りすら無い。
「そうか、もう戦鬼に届くか……」
アンティークチェアの輪郭をなぞりながら、男が呟く。
「もうすぐだ。解放の日は近い……それまでせいぜい足掻くのだな、山狗め」




