6-3
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「辞めましょうよ〜、先輩……今回はシャレになりませんって……」
ハンドルを握る手に自身の冷や汗を感じながら、眼鏡をかけた気弱そうな青年━━梅咲正太は、本日何度目かの言葉を口にした。
先輩と呼ばれた大柄な男は、助手席で腕を組みながらジロリと正太を睨みつける。
「しつっこいな、正太。何遍も言ったはずだ。俺達はジャーナリスト。真実の為ならば、どんな危険にだって身を投じる責務があるっ!」
「ジャーナリストったって、うちらは只のニュースサイト、しかもうちら二人しか居ないような零細企業なのに……」
「甘い、甘いぞ、正太! 二人しか居ないからこそ、何よりも俺達が頑張らねばならんのだ!」
「でも……相手は首刈り殺人鬼ですよ? 何かあったら、俺……」
「ガハハ、心配するな! 俺の強さは知っているだろう? どんな奴が来ても、簡単に投げ飛ばしてやるさ!」
男が胸をドンと叩く。正太の脳裏に学生時代、柔道着姿がよく似合っていた男の姿が浮かんだ。
「それによう。もしあれが事故ではなく事件だとしても、毎晩起きているわけじゃない。ここの交通量から考えても、俺達が狙われる可能性は高くはないだろう。むしろ、何事もなく帰宅する方がありえそうじゃないか?」
「そんなもんですかねぇ……でも、なんだかうちら以外の車見かけませんよ?」
「そんなもん、たまたまだ、たまたま。良いから、正太は前見て運転しとけ」
「たまたま……ですかぁ」
信じきれていないような声で応えつつも、正太の心はいくらか軽くなった。誰もがそうであるように、平和な日常を生きる事に慣れた脳は、自身が死ぬという状況を想像しにくい。
しかし、いつだって想像通りにいかないのが人生だ。
━━コンコン━━
「ひぃっ!?」
正太側の窓ガラスが突然ノックされる。ビクリとした正太が車の速度メーターに目を向ける。速度は高速に入り九十キロを優に超えている……その車外から、ノックされたのだ。
正太は恐怖で固まる顔を無理矢理右側へ向ける。
そこには、車に横付けするように走る一頭の巨大な黒い馬が居た。その馬上から、正太がゲームでしか見た事のない、西洋風の鎧を着込んだ馬同様に大きな手がグイッと伸び、再び窓を軽くノックする。
「せ、せ、せ、先輩っっ!」
視線を前に戻し、正太が助手席の男に上擦った声で助けを求めた。しかし、さっきまで聞こえた威勢の良い声が返ってこない。慌てて見た正太の目に、気絶してシートに深くもたれた男の姿が見えた。
「だっ、だから嫌だったんだ! 肝心な時にっ! くそっ! 死ぬ、死んじゃうっ!」
正太は叫ぶと思いきりアクセルを踏み込む。だが、車の速度は一向に変わらない……いや、正確には進んですらいなかった。驚くべき事に、馬上の巨大な騎士が片手で車体の天井部をバキバキと掴み、まるでクレーンのように持ち上げいるのだ。
「〜〜〜っ!!」
正太が声にならない悲鳴をあげる。股間を暖かい液体が濡らすが、それすらを客観的に受け止め、こんな時にでも正気を失えない自分を恨み、隣の男を少しだけ妬んだ。
━━コンコン━━
三度目のノックが車内に響く。正太は震える手でパワーウィンドウのボタンに手を伸ばした。
天井が歪んでいる為か、ギシギシと軋んだ音を立てたが、窓は何事もなく開く。モワッとした夏の夜風が入り込んできた。
「な、なんでしょうか?」
窓の外、およそ人間とは思えない相手の気持ちを逆撫でしないよう、正太は努めて平静を装って声をかける。その声が聞こえたのか、騎士は体を屈め響くような声で話し出す。
「いや、夜分遅くに失敬。実は吾輩、諸君に一つ頼みがあってな」
「頼み……ですか?」
聞き返しながらも、正太はホッと息を吐く。異形だが会話が成立する……それだけで、まだ何とかなると思えた。しかし、異形の騎士が続けた言葉に、正太は再び震える。
「うむ、吾輩の食事は諸君等の魂でな。諸君二人で六人目と七人目だ。その首と共に、吾輩の糧となりたまえっ!!」
「た、た、た、魂っ? 首ぃっ!?」
いつの間にか、騎士の手には巨大な剣が握られている。ギラリと闇の中で光る刀身に、先程までの期待が粉々に吹き飛ばされ、正太はアクセルを力の限り踏みしめる。
だが、宙に浮いた車体はやはり動く事は無い。諦めに正太が目を閉じた、その時━━。
「はぁぁぁっ!!」
「何っ、ぐぅっ!?」
突如走った衝撃が、車ごと正太を激しく揺する。次いで道路に落下した衝撃が、正太の頭をハンドルにぶつけた。
「なっ、何だっ!?」
「おい、無事か!」
混乱する正太に車外から声がかかる。あの騎士とは異なる声にふり仰ぐと、車のすぐ脇に立つ異形の戦士が立っていた。
「あ、あんたは……あぁっ!」
あまりの出来事にまとまらなかった正太の思考がようやく繋がる。
「あんたが……いや、貴方が最近手名芽市を襲う化け物と戦っているヒーロー……お、俺、TNWの梅咲正太ですっ!」
「お、おう……まさか、あのニュースサイトの人とはな。とりあえず、ここは危険だ。車が動くなら、とっとと離れるんだ」
「あの、でも、取材を……」
「馬鹿かっ! 自分の命が大事なら、言われた通りにしろ!」
「は、はいっ!」
慌ててアクセルペダルを踏み込む正太。幸いにも車は問題なく加速し、鎧の騎士と戦士を遥か後方に追いやっていった。
「…………うぅっ、頭が痛ぇ……」
助手席の男が小さく呻き、額をさすりながら起きる。それを見た正太は小さく溜息を漏らした。
「……今頃起きたんですか、先輩」
「ん、何だ? なんだかデカイ化け物が居たような気がしたが、気のせいだったか?」
「それは……後で話します。一先ず大人しく帰りましょう」
「どうした、正太。そんな怖い顔し……ん? お、おい、正太っ!」
「もうっ! 何ですか、先輩っ!」
「い、今、そこで大男とすれ違わなかったか?」
「居ませんよ、そんなの。ここは高速ですよ? 変な事はもう沢山だっ!」
大きく頭を振ると、正太は更にスピードを上げる。今は一刻も早く家に帰り、暖かな布団に包まって寝たかった。




