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青い、雲一つ無い空が、パラソルの向こうに広がっている。
砂浜に敷いたビニールシートの上、トランクスタイプの水着姿で寝転がった新は、フウと溜息をついた。
「……暑い…………暑いな」
ここまでの数時間、何度同じ言葉を呟いただろう……真夏の浜辺は、パラソルで日陰になっているとはいえ、決して快適とは言い難い気温だ。新は顔の汗を手で拭い捨て、再び溜息を吐く。
そんな新に突然、二つの声がかかった。
「全く……まだ若いのに、だらしない。修練が足りないな、新」
「ふふ、新さんも一緒に泳ぎましょうよ!」
新が、声のする前方に視線を向けると、呆れた様な八葉と、笑顔の律が立っている。
シックな黒色のワンピース型水着にパレオを巻いた律は、普段より幾分大人びた雰囲気だ。胸の造られた膨らみと、パレオで隠された下半身のせいで、どこからどう見ても、美少女と言える。
対して八葉は、フリルが可愛らしいピンクの花柄ビキニで、腕には浮き輪を抱えていた。
二人とも、濡れた髪の先からポタポタと水を滴らせている。ついさっきまで、海の中に居たのだろう。
その時、クラリと新を襲った目眩は、決して暑さだけのせいではなかった。
「八葉……それに律。もちろん、わかってるだろうが……確認だ。俺達が今日ここに居るのは、遊びに来ているわけじゃないんだぞ?」
新はビニールシートの上に座りなおし、コホンと一つ咳払いをすると、二人に言い聞かせるように話しだした。
◆
「夜風の白波?」
「満つる月」
新が浜辺で目眩に襲われたちょうど一日前、新と八葉は極楽町に居た。
いつものように、天井のスピーカーに向かって適当な合言葉を返す新。すぐにガチャリと重い音が、目の前のドアから響く。
「いらっしゃい、鍵は開いてるわ」
「ああ、邪魔するぜ、多聞」
部屋に入りヒョイと片手を挙げ、新は女主人に挨拶する。微笑み返した多聞に促され、八葉と二人、慣れた様子でソファに座った。
「━━━━というわけでさ」
「そう……そんな事があったのね」
新が、夏祭りの夜に起こった、光になって消えた少女の話を終えると、多聞は頬に右手を添え、目を伏せる。
多聞の手ずから淹れた玉露の香りを愉しみながら、八葉が続けた。
「うむ、そうだ。信じがたい話だが、な」
「ここに来る前に寄った哲也は、結構あっさり納得してたけどな。もっともあいつの場合は、あの子の不思議な力の方に興味があるようだったけど……」
ブランクギアに残された映像を、夢中で何度も再生し、あれやこれと自説を展開する旧友の姿を思い浮かべながら、新が苦笑する。
「ふふ、いいえ、貴方達二人の言葉だもの。私も信じるわ」
「そうか? まあ、そういうわけで先日多聞に依頼した、あの娘についての調査を取り下げに来たんだ」
「わかったわ……正直、その不思議な子については、こちら側も何一つ掴めなくて困っていたところなの。ところで、依頼の撤回という事なら……前払いしてもらった依頼料についてなのだけど……」
多聞にしては珍しく、ゴニョゴニョと歯切れ悪く呟き、チラリと部屋の壁、金庫に視線を向けた。
その言わんとしている気持ちを察し、新はヒラヒラと手を振る。
「ああ、それについては構わない。引き続き調べてもらう、例の組織の調査料にでもしてくれ」
新の言葉を聞いた途端、多聞の表情が明るくなった。嬉しそうに微笑みながら、上機嫌で頷く。
「ありがとう、新。でも何事もギブアンドテイク、代わりに一つ貴方の欲しそうな情報を教えるわ」
多聞が手元の端末を操作し、手名芽市の地図を表示した。更に操作し、その一部を拡大する。
「これは……海……海水浴場か?」
「そう、八葉ちゃんは行った事無いのね。元々は別の街だったけれど、手名芽市の拡大に伴って合併された、この辺りでは一番大きなビーチよ」
「そこなら、俺も行った事は無いな。で、何があった?」
新の言葉に頷くと、多聞が端末を操作する。画面が切り替わり、地方新聞の切り抜きと人物の顔写真がいくつも重なって表示されていく。
「最近、複数の海水浴客が、昼間ここで泳いでいる最中に、原因不明の溺死をしているの。夏場の水難事故はよく聞くけれど、これだけの数は、一般的な割合から見ても異常と言えるわね」
「ふむ……しかし、数が多いとは言え、単なる溺死であろう?」
「それが、そうでもないのよ。確かに、まだ報道制限されていて、表向きは事故扱いにはなっているわ。でも遺体を解剖すると、肺の中は溺死を裏付ける水で満たされていたのだけど、その水は海水ではなく真水だったそうよ」
「ん? それって……おかしくないか? 溺れてたのは海なんだろ?」
「ええ、つまり被害者達は、海で溺れる前に何者かに殺されているの。もちろん警察も、事故に見せかけた無差別連続殺人事件として動き出しているわ。……でも、多くの人の目の前で、人間にそんな殺人、果たして可能かしら?」
多聞がわざとらしく、人差し指を自身の顎に当て首を傾げる。新は膝をポンと叩き、頷いた。
「わかった、どうやら俺達向きの事件らしい。……しかし、白昼堂々とか……これがもし本当に神魔の仕業なら……」
「うむ、闇夜に潜む奴等らしくはない行動だ。先の一件もある。十分気を付けよ、新」




