特-5
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━━チャリ━━
暗闇の中、微かな金属音がする。その音で、眠っていた女は身動ぎし目を覚ました。
OLらしいスーツに身を包んだ女は、軽く体を伸ばすと首を傾げた。
「え? ここ……どこ?」
周囲を見回すが、何も見えない。何やら硬く冷たいタイル地の床に寝ていたようだが、覚えはない。
━━チャリ……チャリ━━
女が動くたびに、特徴的な金属音が鳴り続ける。それが自身の左脚に繋がれた鎖が擦れ動く音だと気付いた瞬間、女の体が恐怖にブルリと震えた。
「う、嘘っ、何よ、これっ!!」
慌てて鎖を掴み外そうと動かすが、しっかりと巻き付けられた鎖は、ジャラジャラと耳障りな音をたてるだけで、少しも緩みそうにはない。
それでも必死の形相で女が鎖を解こうとする中、突然照明が付く。眩しさに目を庇いながら、女が周囲を見ると、自分が今居る場所が厨房のような場所だとわかった。
「な、なんなのよ……」
「ぶふ、お目覚め早々に、驚かせてしまいましたかね? お嬢さん」
事態に理解が追いつかず、涙目で呆然とする女の前に、ドアを開け一人の男が現れた。
太った中年の男だ。薄汚れたコック服の上に肥えた頭を載せ、ニヤニヤと笑いながら、女の体を粘つくような視線で舐め回すように眺めている。
男の出現に、一瞬小さく息を呑んだ女だったが、意を決して男に向かって叫んだ。
「……あのっ! これは一体どういう事なんですかっ!? 貴方、私に何を……」
「ぬふふ、何を……ですか。なに、大した事じゃあありませんよ。お嬢さんには、私の食事に付き合って貰いたいだけです」
「食事……? 何言ってるの! こんな場所に連れ込んで鎖で繋いで……貴方、頭おかしいんじゃないのっ!」
「ああ、良いですねぇ……お嬢さん。強い言葉の裏に、更に強い恐怖の感情が見えますよ。堪りませんねぇっ!」
男の顔がグニャリと歪み、変形する。豚を思わせる獣じみた顔へと変わると、体が大きく膨らみコック服を破いていく。
「ひ、ひぃぃっ!!」
女が声にならない悲鳴をあげる。思わず温かい液体が溢れ、女の下腹部と床を濡らした。
それでも、力の入らない体で何とか背後へと這いずり逃げようとするが、そんな彼女の逃亡も伸びきった鎖に留められてしまう。
「い、嫌ぁっ! 化け物っ! 来ないでっ!」
半狂乱になった女が、座り込んだまま闇雲に腕を振り回すが、当然男には届かない。
「おっと、少々塩っ気が付きましたね。では……いただきまぁす!!」
怯え、体を丸めて必死に身を守ろうとする女を、嬉しそうに見下ろしながら、巨大な豚の異形になった男が、その丸太のような腕を振り上げた。
◆
「相変わらず汚ねぇ喰い方だな、オーク」
「それもまた、彼の食性だろう。あまり言うなよ、ブライ」
「なっ……!」
突然響く声。女だった肉塊に、四つん這いで鼻から頭を突っ込んでいた豚男が、驚いた様子で顔を上げる。
部屋の隅、豚男の入ってきたドアから入ったのだろう、腕を組んで立つ巨躯の男と、その脇に立つ少年が見えた。巨躯の男にオークと呼ばれた豚男は、安心したように一息ついた。
「おお、ブライ様! ……それと、そちらは……」
血塗れの顔に笑顔を浮かべ、ブライへと頭を下げるオーク。頭を下げたまま、その視線はブライの隣に立つ少年へと向けられた。
印象的な美少年だ。透き通るような白い肌に、赤い瞳。絹糸のような白髪をおかっぱにし、詰襟の学生服を着こなしている。その顔には何の表情も見えず、まるで良く出来た人形のようだ。
その少年を顎で指し、ブライが笑う。
「ああ、こいつは俺と同格の奴だ、気にすんな」
「それは、つまり虹枝の……これはこれは、お会いできて光栄です。いやはや、お見苦しい所をお見せしました」
再び頭を下げるオーク。少年は軽く頭を振ると、その頭を上げさせた。
「虹枝の会所属、尾野春間だ。そう畏るな、話しにくい」
「も、申し訳ありません! それで、本日はお二人で、どういった御用でしょうか?」
「あ〜、それなんだが……お前に一つ良い物を持ってきたんだ。なあ、春間?」
ブライの言葉にコクリと頷くと、春間は制服のポケットから手の平大の何かを取り出す。
「我等の支配者である御方より、君へのプレゼントだ。受け取りたまえ」
「は、はっ……こ、これは!?」
差し出された腕の前に跪き、恭しく受け取るオーク。自身の手中に収まる物を見て、驚きの声を上げた。




