特-6
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少女が新達の元で暮らすようになって数日が過ぎた。慣れない生活に、当初こそ戸惑いも見られた少女だったが、元来明るい性格なのだろう、伝わらない言葉を身振り手振りでカバーしながら、すっかりと虚木超常現象研究所に馴染んでいた。
「どうしたんだ、その格好?」
する事も無くちゃぶ台に頬杖をついていた新が思わず顔を上げる。隣にちょこんと座った八葉が、ほうと感心したように息を吐いた。
「えへへ、どうですか? 似合いますか?」
新の見上げる先、紫陽花柄も涼しげな水色の浴衣姿で、はにかみながら律がクルリと回る。
「うむ、良く似合っているな、律よ」
「普段のメイド服とのギャップもあるだろうけど、なかなか新鮮だな」
八葉の言葉に、新が続けると、律は両手で頬を抑え嬉しそうに身をよじった。
「そんな……新さん、素敵だなんて」
「いや、そうは言ってないぞ?」
慌てて手を振る新。しかし、その言葉は律の耳には一切届かない。律の目には、キラキラと輝く星を背中に背負った新が、優しく自分に愛を囁く姿だけが見えているようだ。
━━パンッ!━━
一瞬で夢の世界へと旅立った律を、八葉が両手を打ち合わせ放った鋭い音が現実へと引き戻す。
「律よ、目が覚めたか? それで一体今日はどういう趣向でそんな格好をしているのだ?」
「はい、今夜って夏祭りじゃないですか」
「ああ、そういえば、もうそんな時期か」
「そうなんです! それで、あの子もこっちに慣れてきたようですし、皆で行ってみませんか?」
「なるほど……しかし、結構な人出だろう? いきなりそんな場所に出て大丈夫か?」
「いや、新……むしろ、その方が都合は良いと思うぞ」
「はい、人が多ければ、あの耳や尻尾も目立ちませんし、見られたってコスプレか何かだと思いますよ! それにずっと家に閉じこもってるなんて可哀想です!」
「それもそうだな……よし、行くとするか!」
「ありがとうございます。それじゃあ、早速準備しましょうか!」
微笑む瞳に怪しい光を宿し、律が少女の手を取った。そのまま驚く少女を連れ部屋を出て行く。
そうして待つ事しばし、再び律が廊下からひょっこり顔を出す。
「お待たせしました! それでは……じゃーん!」
律に押される形で、少女が現れる。律の浴衣とは対照的な紅い浴衣に着替えた少女は、どこか落ち着かなげに頬をかいた。
◆
茹だるような夏の日差しも、夕闇の中では幾分和らいでいた。代わりに、車両の通行を制限され歩行者天国となった大通りには、別の熱気がこもっていた。
「∫♭♯!!」
「おっと、あんまり離れちゃダメだぞ」
道の両脇、どこまで続く出店と、街中の人が集まったのではないかという人出に、興奮したように叫び飛び出そうとした少女の体を、新がひょいと持ち上げ止めた。
その新の袖をクイと引いて、律が顔を出す。
「それにしても……相変わらず凄い人ですね……」
「ああ、これも都市化の影響だな。昔……俺がまだガキの頃は、小さな村祭りだったからなぁ」
「え? 虚木さんは手名芽村の出身なんですか? 村の頃から住んでいた方、初めて会いました」
律の隣で楓が驚いたように声をあげる。律の誘いでやって来た楓もまた、薄桃色の浴衣姿だ。
「ん、まあね。とは言っても、楓ちゃんくらいの頃には、開発も進んでいたけどさ」
新は持ち上げていた少女を降ろし、律に手を繋がせる。まだ人としての生を謳歌していた八葉と歩いた、いつかの夜店の光景が目の前の風景に重なり、新の中の何かをチクリと刺した。
「ふん……いくらハレの祭りとは言え、こう人が多くてはな」
八葉が溜息混じりに呟く。それに合わせてポンと、新の背を八葉の小さな手のひらが軽く打つ。
痛みの無い衝撃に、新の口には笑みが浮かんだ。
「……悪いな、八葉。俺なら大丈夫だ」
「ふふん、何の話だ?」
「いや、何でもないさ。それより、お前は浴衣じゃなくて良かったのか?」
新の言葉通り、他の三人と異なり、八葉はいつもの洋装姿だ。
「あ〜、うむ。私はああいう動き難いのは苦手だ」
「なるほど、な」
八葉の大部分を構成する大口真神は狼神、つまりは狼だ。浴衣のような動き難い服は、それだけでストレスなのだろう。新がそう一人納得していると、律が不満気に頬を膨らませた。
「もぅ、八葉さんだって絶対浴衣似合うのに……今日じゃなくても、気が向いたらいつでも言ってくださいね!」
「一応覚えておくよ、律」
やる気の無さそうな八葉の返事に苦笑しながら、新は少女達を見回した。
「よし、そんじゃあそろそろ祭り攻略と行くか!」
◆
新の号令で、一行は夜店を巡っていった。
特に八葉と少女の食欲は凄まじく、焼きそば、お好み焼き、あんず飴……夜店の料理を次々と平らげていく。
幸い、律の予想通り、少女の見た目は人混みの中であっても目立たなかった。もちろん、時折少女へ視線を止める者も居たが、祭りには少女以上に奇抜な格好をしている人間も多く、少女も同類だと思われたのだろう。騒ぎになる様子は無い。
「なんだ、新。もう満腹か? だらしないぞ」
指の間に三本づつ、両手で計六本のフランクフルトを齧りながら、八葉がニヤリと笑う。隣では八葉の真似をした少女が、嬉しそうに肉を新に差し出した。その肉をやんわりと手で制しながら、新は首を振る。
「いや、流石に休憩だ。と言うか二人ともよく食べるな……美味いか?」
「うむ、律の料理とは比べるべくもないが……こういうのは、雰囲気も味わいながら食すものだろう?」
「そうだな、それはわかる気もする」
「だろう? だから、新も……む?」
楽しそうな八葉の笑顔が一瞬で消えた。そのまま顔を上げると、四方を見回し何かを探る。
「八葉?」
「……新、よく聞け。この近くで神魔が現れたぞ!」
「な、こんな時にか!? 場所はわかるか、八葉!」
「無論だ!」
「あ、新さん!?」
「聞いていたな、律。俺と八葉は神魔を倒す。楓ちゃん達を頼んだぞ!」
「は、はい! わかりました!」
「頑張ってくださいね、虚木さん!」
「ああ、行くぞ、八葉!」
「うむっ!」
駆け出す新と八葉。見送る律と楓に挟まれ、少女はその後ろ姿を不思議そうに眺めていた。




