2-5
カサリ、カサリと音を立てながら現れたのは、裸の女だ。
しかし、その顔には八つの目がギョロギョロと蠢き、下半身は巨大な蜘蛛そのものな身体になっていた。
蜘蛛女は薄く笑うと、右人差し指の先に付いた糸をグイと引く。それだけの動作でブランクの首を締め付ける糸はより強く深く締まっていく。
「ふふ、ど〜う? 私の糸はクラクラするでしょう?」
「ぐぅっ……ディ……スコネ……クトッ」
締まる糸に抗うブランクから白い光が発すると、その中から一つの影が飛び出した。
「はあっ!!」
ブランクと分離した八葉は、その腕を振り下ろし、蜘蛛女とブランクの間にピンと張ってある糸を、ブチブチと裂いていく。
「ええいっ、新め。だから用心しろと言ったではないかっ!」
蜘蛛糸より解放され、ばたりと屋上に倒れこむ白いブランクへと、八葉の激しい怒声がとぶ。
それを見ていた女が、首を傾げた。
「あら? お嬢ちゃん。その姿は……もしかしたら私のお仲間なのかしらぁ?」
蜘蛛女の言葉通り、八葉の姿は普段とは大きく変わっていた。
銀を思わせる艶やかな白髪の中からは、同じ白い毛に包まれた、犬のような大きな耳が飛び出しピコピコと動いている。
更に常時巻いていた包帯のような布は解かれ、八葉の両腕は露わになっていた。
だが、八葉の肘より先にはあるべき腕も指も何も無い。
八葉は、その欠損し、ツルリとした両腕を左右へと振り払った。
途端に八葉の両腕から白い光が現れる。光は八葉の欠損を補うように集まると形を成していく。
「私がお前の仲間だと? ふんっ、貴様達のような神魔と一緒にしないでもらおうかっ!!」
光が完全に固形化する。八葉の左右の肘先、そこにはそれぞれ鋭い牙をガチガチと嚙み鳴らす白い狼の頭部が生えていた。
「あら、そんな姿で人間のつもり? だとしたら、間違えてごめんなさい、ねっ!」
蜘蛛女が、その八本の脚で素早く走ると、八葉へと襲いかかる。
「はっ!」
八葉が蜘蛛女の突進をヒラリと躱し右腕を振るう。八葉の動作に併せて、スルリと伸びた白狼の首が、蜘蛛女の脚を絡めとり、その巨体をぐらつかせ倒した。
「ふんっ、どうした! 図体ばかりデカくて、速さはそれほどでもないなっ」
「このっ、よくも!」
余裕の笑みから一変、怒りの表情を浮かべた蜘蛛女が立ち上がろうとするが、八葉が更に左腕の白狼を蜘蛛女に向かって伸ばす。
牙を剥き出しにした白狼が、蜘蛛女の左後ろ脚を一本咬みちぎった。
「あぁぁっ、私の脚をっ!」
蜘蛛女は叫び、ボトリと落ちた脚に手を伸ばすも、切り離された脚は即座に灰化し崩れ落ちる。
残った七本の脚で立ち上がると、ゆっくりと首を振った。
「ふん……いいわぁ。そんな脚の一本くらい……はぁぁっ」
蜘蛛女が気迫のこもった声をあげる。するとズルリと脚の傷口より新たな脚が伸び再生した。
「ふん、さすが大喰らいだけあって、再生が早いな」
「あら、それは褒めているつもりなのかしら? ……ふふ、この餌場には良い男が多いからね、つい食べ過ぎちゃうの」
新しい脚の感覚を確かめるように、二三度カツカツと脚を踏み鳴らし、蜘蛛女が笑う。
「普段、女達を食い物にしている良い男を、今度は私が食べる……素敵な循環だと思わなぁい?」
「その嗜好は貴様が依り代にした者の影響か? 生憎、貴様の偏食具合など理解出来んな。それに私にとっての良い男とは、少々基準が違うようだっ!」
「それは残念ね!」
再び左右の狼を伸ばし八葉が攻撃を仕掛ける。狼達の牙を機敏な動きで躱すと、その狼目掛けて、蜘蛛女が多量の糸を、左右の掌から射出した。
「むっ!」
その糸は正確に左右の白狼を絡め取り、八葉の動きを封じた。
「ふふ……貴女はなかなか頑張っていたけれど……でも、そうなってはお終いね。それなら、さっきみたいに私の糸を断ち切る事も出来ないでしょう?」
つうっと蜘蛛女はその細く長い指で、自身の顔を撫で上げる。
「私の脚を咬みちぎった事、それに私の顔を地べたに擦り付けた事、貴女の命で許してあげるわぁ」
「なるほど、確かにこれは参ったな……」
蜘蛛糸が巻きついた両腕を見ながら、八葉がポツリと呟く。しかし、その表情に焦りの色は無かった。
「ふふん、貴様は……八つも目があるのに、何も見えてはいないのだな」
「な、何? 無駄な強がりはやめてほしいわね」
余裕すら見せる八葉に、蜘蛛女が若干たじろぐ。
その時、蜘蛛女の背後から、両腕を白く輝かせたブランクが飛びかかった。
「ハァッ!!」
左右同時に振り下ろしたブランクの輝く手刀は、易々と蜘蛛女の両腕を肩口から斬り裂いた。




