ロデウス視点 ⑦ アルウィン(一)
カフェは非常に賑わっていた。人気店のため、当たり前なのだが、そのせいで僕達の席がない。
先に来ていたメルイーゼは、最初は四人席に座っていたのだが、あまりにも客が増え、空席待ちが多くなってしまったため、二人席に強制移動となったらしい。
メルイーゼは僕達がカフェで休憩中、外で待っていてくれると申し出てくれた。でも、席の位置も微妙だった。そこで、少し離れたところにある別のカフェに移動することになった。
お茶の時間にしては遅めではあるものの、カフェはやはり席が埋まっていた。しかし、テラス席が空いていた。
僕達は現地の者の気分を味わうためにも、テラス席に移動した。空いている席に、買い物袋を置く。
この店は注文を取りにはきてくれない。自分でカウンターまで行き、買う必要がある。メルイーゼが買ってきてくれるというのだが、どんなものがあるのかわからない。先にメニューを見ておけば良かったのだが、歩き疲れたレティ、立ち上がりたくないとし、僕に任せると言った。
そこで荷物番と席取り役をレティに任せ、僕とメルイーゼは店内のカウンターに飲食物を買いに行った。さほど時間はかからないため、レティだけでも問題ないと判断したのだ。
僕の判断は間違っていた。
僕とメルイーゼが戻ると、レティの隣に男が座っていた。向かいにもう一人。
「レティ!」
僕は急いで席に戻る。そして、レティの席の隣に座る男に向かって言った。
「この席は夫である僕の席だ。遠慮してくれないか?」
冷静にとは思いつつも、僕はかなり怒っていた。夫という言葉を強調するように言った。
相手は若い男性だが、身なりはよくない。いかにも平民のような服装をしていた。しかし、僕は見てしまった。顔を。
かなりの美形だ。正直、負けたと思った。かっこいい。レギといい勝負だと思った。
嫉妬心が膨らむ。しかも、相手の若い男は僕を上から下までじろりと見つめ、こういった。
「ふーん。お前が夫か。見た感じ、釣り合ってない」
言われたくない言葉を言われ、僕は不機嫌になった。抗議しようとした時、レティが叫んだ。
「私の夫になんてこというの! 世界一素敵な夫なのよ! 失礼だわ!」
レティは鋭い視線で相手をにらみつけた。
僕はレティの言葉に驚きつつも、物凄く幸せで、恥ずかしくもなった。
「ここは夫の席です! 別の場所に行ってください! さっきからそういっているでしょう!」
美女が怒ると迫力がある。男はレティのあまりの剣幕に押されたのか、かなり驚いたような表情になった。
「ロディ、席を移りましょう!」
「待て。メル、なんとか言えよ」
僕は驚いた。レティも同じだ。
振り向くと、メルイーゼは非常に困ったというような顔をしていた。
「メル、聞いているのか?」
「幻を見たと思いたくて、反応が遅れました」
メルイーゼはそういうと、申し訳なさそうに言った。
「クライスター夫妻、ここは穏便に行きましょう。騒ぎを起こすのは、よくありません。警備隊を呼ばれると、厄介なことになります。冷静な対処をお願いします。この者は私の知り合いです。恐らくは私に会いに来たのだと思われます」
「いや、違う」
そういったのは男の方だ。
「凄い美人がいるため、声をかけただけだ」
ナンパだった。普通に。
メルイーゼが叫んだ。ちょっとキレている。
「やめて下さい! 愛妻家で有名な方です! ここは穏便に行こうといったではありませんか! せっかくなんとかしようと思ったというのに!」
「人妻だと知らなかった。人妻だと言われても、あまりにも美人だったため、席を立ちたくなかった」
男はもう一人、席に座っている男に言った。
「ブック、席が足りない。別の椅子を持ってこい」
「メルの方が下だ」
「わかりました。椅子を持ってきます。なので、何か飲み物でも買って来たらどうですか? 何も買わないで席に座り続けるのはマナー違反です」
「仕方がない。ブック、何か買って来い」
「逃げるなよ」
「美人がいる。夫付きだが、逃げはしない」
ブックと呼ばれた男は舌打ちすると、店の方に向かった。飲み物を買ってくるつもりなのだ。
その時、僕は見てしまった。ブックと呼ばれる男が所持する剣を。
「護衛か」
吐き捨てるようにそういうと、男がにやりとした。
「悪いな。俺の方が上だ。この席は譲れない」
僕はレティに言った。
「レティ、その方は席を移らないそうだ。だから、レティがこっちに移って」
「わかったわ! 隣なんて嫌だもの!」
レティが怒りをあらわにしながら勢いよく立ったため、男は眉をひそめたものの、レティを止める様なことはしなかった。
「穏便にお願いします!」
ややひきつった顔でメルイーゼが椅子を運んできた。
結局、男の隣はブックの席になり、対面に僕とレティ、仲裁しやすいよう、メルイーゼが追加席に座ることになった。
「それで、誰なのかしら?」
レティがそういうと、メルイーゼが小声で言った。
「すみません。お待ち下さい」
メルイーゼは胸ポケットから手帳を取り出し、そこに素早くメモすると、僕とレティに見せた。言葉にするわけにはいかない、ということなのだ。そこにはこう書いてあった。
「ヴェルート第三王子アルウィン。友人。美人好き。すみません」
僕もレティも微妙な表情になった。なんとなく偉そうだとは思ったが、王子だったのだ。
アルウィン王子はメルイーゼの手帳を取り上げ、どんな説明をされたのかを確認した。
「で、そっちは?」
王子は僕達を知らないようだった。
僕は思い出す。初日に開かれた歓迎の舞踏会には、ヴェルート王と王妃、王太子夫妻は出席していた。しかし、他の王族はいなかった。
僕の記憶が正しければ、王子が三人、王女が三人いるはずだ。既婚者なのは王太子と第二王子、第一王女だった気がする。つまり、この王子は未婚だ。しかも、メルイーゼ情報によると、美人好き。不味い。
メルイーゼは手帳にまた書き込み、アルウィン王子に見せた。
すると、アルウィン王子は思いっきり顔を不機嫌な表情にした。隣にいるブックにも手帳を回す。
「不味い。俺は知らん」
ブックがそういって、手帳をメルイーゼに投げた。
「お前、もっと気を遣えよ! 高級な店がいくらでもあるだろう?」
「今日は田舎料理を食べに来たからです! アルこそなぜこんなところにいるのですか? ブックは何も言わなかったのですか?」
「言わなかった」
「これでわかったはずです。これ以上、問題になる前に、どこかに行って下さい!」
友人だというメルイーゼは、アルウィン王子を愛称で呼んだだけではなく、すぐに追い払おうとした。僕は少しだけメルイーゼを見直した。
「飲み物買わせただろう? 飲んでから行く」
「ケチ臭いですね」
「仕方がない。今月はちょっと苦しい」
「どうせ、ろくでもないことにお金を使ったからでは?」
「そうだ」
答えたのは戻って来たブックだった。コーヒーをドンッと王子の前に置く。丁寧とはいいがたい。正直、王子に対し、このような言動で問題ないのだろうかと不思議に思った。
しかも、アルウィン王子やメルイーゼの言葉から考えると、お金に困っていると思えるような気がした。そんなはずがあるわけないのだが、違和感を覚えた。
「お尋ねしますけど」
果敢にもレティが言った。
「お金に困っているのですか?」
「実はそうだ」
アルウィン王子は予想外の言葉を口にした。
「金がないため、ブックに貸して貰っている」
「え?」
僕は変な声を出してしまった。
「お金に困っているのですか?」
「お前、金持ちか?」
即答はしたくなかった。
「もし、お前が金持ちなら、お前の妻には手を出さない。大人しく引こう」
「金持ちです」
僕は即答してしまった。レティを守るためなら仕方がない。
「そうか。では、金をくれ」
「アル!」
「いくらですか?」
僕は尋ねた。
「そうだな。取りあえず、本国通貨で十億。どうだ? 無理だろう?」
「では、そのように伝えておきます。私の上司と、貴方の父君に。出すかどうかはわかりません。また、叱責されるのは覚悟されて下さい」
僕がそういうと、アルウィン王子は大笑いした。
「お前、気に入った! 俺のことはアルでいい。お前のことはロディと呼ぶ」
「困ります」
「ここは平民の店だ。その方がいい。本当の名前は不味い」
その後、アルウィン王子は、なぜこんなところにいるのかを説明した。
驚いたことに、王子は素性を隠し、この近くの店で働いているらしい。休憩時間でコーヒーを飲みに来たところ、凄い美人がいた。手荷物が手前にあったため、盗まれやすいと感じ、防犯のために声をかけた。レティは手荷物の盗難の心配をしてくれた王子にお礼を言った。その笑顔の破壊力が凄かったため、連れが戻るまで居座ることにしたものの、僕とメルイーゼが来てびっくりしたということだった。
ブックこと、ブレイクは公爵家の長男で、王子の友人かつ護衛騎士ということだった。長男が護衛騎士というのは珍しい。護衛は危険な職業だからだ。跡継ぎは死んだら困るため、危険な職につくことは少ないはずだ。しかし、深くは追及しない。何か事情があるのかもしれないからだ。
メルイーゼは王子の学友で、同じ名前の友人がいることから、家名からとったメルという呼称になっているらしい。
「なぜ、働いているのですか?」
率直にそう思った。
「母親の実家は商売をしている。時々、社会勉強を兼ねて手伝いに行く」
少しだけ納得した。第三王子の母親は低い身分の出身だと思われる。
ただの外出ではなく、生母の実家に行くということで、特別に許可が下りているのではないかと思われた。仕事が忙しく、王家について細かく調べておかなかったことを悔やんだ。最初と最後の日位しか会わないので大丈夫だろうと思っていたのだ。
働くといっても、本当の意味で働くといよりは、平民の暮らしを見に行く、体験するような勉強の一環としてなのだろうと思われた。それでも、気になるのは、やはり金がないという発言だ。
「実家の商売がうまくいっていないのですか?」
僕の質問に、アルウィン王子は苦笑した。
「いや。それは気にするな。冗談だ」
「冗談だったのですか」
「当たり前だ。だが、現金がないのは事実だ。使い切ってしまった。小切手はあるが、こういう店は現金主義だ。銀行にいって現金を手に入れないと、コーヒーを飲む金さえない」
アルウィン王子は本当の意味でお金がないわけではなかった。手持ちの現金がないのだ。
普段、王子として生活しているだけに、現金は必要ないからだろう。小切手はあるらしいが、確かに店によっては使えない。平民が使うような店ではなく、貴族が使うような店であれば、小切手でも問題ないのだろうが、現金のみという店では、確かに困ってしまう。
「メル、金をくれ」
「嫌です。ブックから借りて下さい」
「断る。踏み倒されたら最悪だ」
「ブックはケチだ。覚えておくといい」
アルウィンは真面目な顔をしてそう言った。
「お前が借金しすぎるのがいけない。もう百万を越えている。返してから借りろ」
「銀行に行く暇がない。この時間では閉まっている」
「ご実家はどのような商売をされているのですか?」
レティは意外と真面目に働いているらしい王子に質問した。
「よければ見に来い」
思わぬ招待を受けた。
「どうする?」
「少し興味があるかも」
レティの一言で決まった。
僕達はアルウィン王子と一緒に、王子の母親の実家に行くことになった。




