ロデウス視点 ⑨ 夜(五)
風呂から出ると、部屋にレティの姿がなかった。
片づけは終わったらしい。なんとなく、レティは厨房に行ったのだと思った。いつも、風呂上りに飲む飲み物や軽食などを用意してくれるからだ。
しばらくした後、レティが部屋に戻って来た。
「部屋にいないから心配したよ」
「飲み物を用意していたの。食べ物は持ってこなかったけどいいわよね?」
「うん。王宮で十分食べた」
「私もお風呂に入って来るから」
僕はレティを抱きしめようと近寄ったものの、レティにかわされてしまった。そして、レティはバスルームに行ってしまった。
ため息が出た。僕達は夫婦なのに、まだまだだ。
本当に夫婦なのだろうかと思う時もある。恋人以上夫婦未満。いや、まだ恋人未満なのかもしれない。
僕は勇気を出して、バスルームのドアをノックした。
「レティ」
「どうしたの?」
「大丈夫? 今夜は少し酔っていたようだから、心配になって声をかけた」
「大丈夫よ。もう少ししたらあがるわ」
「うん」
駄目だ。僕はやっぱり、前に踏み出せない。
僕達の関係をもっと強く深くしたい一方で、レティに拒絶されるのが怖い。怖すぎる。
レティは僕の全てだ。レティに拒絶されたら、僕は壊れてしまいそうだ。だから、このままでもいい。本当は良くないけど、一緒にいられるなら、それだけでいい。十分だ。僕はレティの側にいられるだけで幸せだ。
僕は自分にそう言い聞かせるために、酒の力を借りることにした。
僕は厨房に行った。
「ワインが欲しい。白と赤」
「何本ご用意いたしますか?」
「それぞれ一本」
僕はワインを用意して貰うと、その場で白ワインを開封し、一気に飲み干した。
「……大丈夫ですか?」
「問題ないよ」
僕は空き瓶を返しながら答えた。
「ロゼはある? それも1本」
「はい」
僕は部屋に戻ると、レティへの贈り物を用意し、厨房から貰って来たワインを飲んだ。
アークレインに来てから、僕は酒を飲む機会が増えた。この国の者達と親しくなるため、社交、仕事の関係で酒宴に参加することが多くあるからだ。
特に酒に強いわけではないものの、それなりに耐性がついた気がした。
やがて、レティが姿をあらわした。
「飲み足りなかった?」
「……なんとなく」
本当はガンガンに酔ってしまいたかった。そうすれば、もっと勇気が出るか、諦めがつく。僕達の距離をどうやって縮めればいいのか、教えを乞うのもいい。レティの愛を乞いたい。僕の全てをかけてすがってでも。
僕は正直にそう言うことなく、レティの側にいって口づけた。
「レティ、今夜は愛の日だ。贈り物があるよ」
「私もあるわ」
レティも戸棚からクッキーの入った袋を取り出して準備する。
「飲み物は?」
僕はワゴンの側に移動して、レティに尋ねた。
「お水でいいわ」
「普通の?」
「せっかくだから、発砲水にして。それで乾杯するわ」
「わかった」
僕は小さなボトルを開けると、グラスに注いでレティへ渡した。せっかくなので、僕も同じ発砲水で乾杯することにした。レティとお揃いというだけで、発砲水が特別な飲み物のように思えた。
僕達はソファに座り、愛の日を祝うために乾杯した。
「愛の日を祝して。そして、僕の最愛の妻に」
「最愛の夫に」
美しい音が響く。
宿舎のグラスは最高級品だ。いい音がする。
アークレインに来て、どうなるかと思ったけれど、今の僕達は相当恵まれた生活をしている。
父上から譲り受けた資産の価値は想像以上だった。元々投機用の資産として活用していたため、僕が特別なことをしなくても、少しずつ増えていく。本当は全く働かなくていいほど、財産は十分にある。
僕達の未来は明るい。僕がレティを明るい未来に連れて行く。幸せにする。それが僕の決心であり、レギとの約束でもある。
「僕からの贈り物はこれ」
僕はテーブルの上にあった箱を差し出した。
中にはダイヤモンドが散りばめられたティアラが入っている。
「ティアラは高価だし、製作日数もかかるから、ずっとクライスター公爵家の所有しているティアラを借りていたよね。でも、そろそろ自分のティアラがあったほうがいい。だからこれを贈るよ」
レティは高価な贈り物に驚いた。宝飾品というのはともかく、ティアラというのは、さすがに予想外だったようだ。
「宝飾品は時代を超えて、何百年も受け継がれる。これはとても由緒ある品だ。僕の祖母が若い頃に使っていた品だよ。父上に手紙を出して、所蔵品の一つを譲って貰った」
「……そんな大切なものを、私が身に着けてもいいの?」
「これは僕が養子になっているクライスター公爵家に縁がある品だ。星の装飾はクライスター公爵家をあらわしている。このティアラは祖母と一緒に嫁いだ後、また、故郷に戻って来た。レティに身に着けて欲しくてね。だから、受け継いで欲しい」
レティは箱を受け取った。真剣な表情で。慣れない者が見たら、怖い、睨まれていると思うような表情だと思う。でも、本当は凄く緊張しているだけだ。
「ロディ、約束するわ。私はこのティアラを受け継いで、一生大切にするわ」
「うん」
レティが僕に口づけた。とても軽く。それでも、僕にとっては無上の喜びを感じる瞬間だった。
「ありがとう。身に着けるのが楽しみだわ」
「春の会で身に着けるよりも、社交シーズンの初日の方がいいと思うよ」
「春の会にもティアラが必要でしょう?」
「春の会は花のモチーフが暗黙の了解だよ。星じゃない」
僕の言葉にレティは一瞬、怪しむ視線を投げつけて来たものの、黙ってティアラの箱をテーブルの上にそっと置いた。そして、手作りのクッキーが入った袋を僕に差し出した。
「私からの贈り物よ」
「ありがとう。ようやくだよ。凄く待ち遠しかった」
僕は満面の笑みを浮かべると、すぐにリボンを解いて、クッキーを出した。
「いただきます!」
僕は早速クッキーにかぶりついた。先に食べたのはハートの方だ。愛の日だし、レティの愛情が込められていると感じる形だから。
レティの愛情は誰にも渡したくない。早く食べて、僕だけで独占してしまいたい。
「美味しい。レティは本当にお菓子を作るのが上手だね」
「両親のおかげよ」
僕は遠慮なくハートのクッキーを食べ、すぐに星のクッキーも手に取った。
これにはレティの希望が込められている。それも僕のものだ。僕が叶える。そして、レティの希望は僕の希望でもある。
「このクッキーの星は希望をあらわしているわけだけど、クライスター公爵家っぽいね」
「そういえばそうね」
レティはクッキーを食べている僕に、発砲水の入ったグラスを差し出した。水分補給用だ。優しい。本当に気が利く。レティは世界一の妻だ。
「お水」
「ありがとう。本当に幸せだ。愛も希望も僕のものになった」
僕はグラスを傾けて水を飲んだ。これで、贈り物を贈るのは終了だ。
「ロディ、明日もお仕事でしょう? 早く寝ましょう」
「……うん」
僕達は寝室に移動し、ベッドに入る。毛布をかけて整えた後、レティはガウンを脱いだ。
僕は驚き、硬直した。
レティはいつもの寝間着姿ではない。ベビードールだった。しかも、赤。
「レ、レティ……」
愛の日の特別な夜のために、赤い下着やベビードールが良く売れるのは知っている。レティに贈ったらどうかと、王太子や職場の者達、青騎士達にもさんざん煽られたからだ。
でも、そんな贈り物をしたら、レティはきっと引いてしまう。僕達の距離は縮まるどころか、はるか彼方に離れてしまいそうな気がしてできなかった。なのに……。
「ロディ、お願いがあるの」
レティは恥ずかしがりながら言った。
「私、欲しいものがあるの。おねだりしてもいいかしら?」
「え? 欲しいもの?」
僕は意表をつかれたような気がした。もしかして……いや、でも……。
僕は邪念を打ち払うかのように、すぐにはっきりとした口調で言った。
「何が欲しいの? どんなものでもいいよ。おねだりしてくれるなんて、凄く嬉しいよ」
レティは小さな声でおねだりをした。聞こえない。
「え? なんて言ったの?」
レティが耳元でもう一度囁いた。
「子供が欲しいの。だから……わかるでしょう?」
僕はすぐにレティを抱きしめた。レティが逃げてしまわないように。絶対に離さない。
「嬉しいよ。僕もおねだりしたい」
レティが欲しい。そして、沢山愛し合って、子供を作って、家族全員で幸せに暮らしたい。
「いいわよ。私達、本当の夫婦だもの」
「そうだね」
僕達は口づけをした。
「愛しているよ、レティ」
「私も愛しているわ、ロディ」
今日は愛の日。愛する人に想いを伝える日だ。
レティの強く深い愛情が僕の心に勇気と希望をくれた。
今度は僕の強く深い愛情をレティに伝える番だ。沢山。とても沢山伝えたくてたまらない。
愛の日にふさわしい夜になった。
これからもずっとレティと一緒だ。永遠の愛と共に。離れない。絶対に。
心からそう思いながら、僕はレティを抱きしめ、穏やかな眠りについた。




