ロデウス視点 ① 新婚旅行
僕は書類を読み終わると、検分済の印を押し、担当者としてサインした。
終わった。ようやく。
物凄い量の書類を片づけた。僕は書類をまとめる。
僕は結婚式が行われた週末明けから、王宮にずっと宿泊していた。王太子と先輩の側近達が、僕に大量の仕事を振って来たからだ。嫌がらせではない。元々その予定だった。
結婚式や披露宴のために、時間や労力を使った結果、滞った書類を片づけるためだった。そして、もう一つ理由がある。新婚旅行のためだ。
王太子の側近が長期休暇を取るのは難しい。僕は官僚になってから、長期休暇は一度も取っていない。だからといって、許されるわけでもない。
本当は長期休暇を取り、レティと旅行に行きたい。その際、まだ名義を書き換えていない父の財産を僕の名義にする手続きもしたかった。
事情を知った王太子が、属国の視察団に加わればいいと言った。そうすれば、僕は仕事として属国に行ける。何か理由をつけてレティも同行させれば、新婚旅行も財産の手続きもできるというわけだ。
結婚式の一週間遅れで属国に視察団が行く予定があった。僕はなんとかそれまでに仕事を片づけなくてはいけなかった。間に合ってよかった。
僕は書類を先輩に提出すると、青騎士団の宿舎に帰った。
「おかえりなさい」
レティが僕を迎えてくれる。
「ただいま」
僕はレティを抱きしめられない。ずっと入浴していないため、臭いのだ。
レティも僕に近寄ろうとして、すぐに距離を取った。覚悟していたけれど、地味に傷つく。拒絶されたような気分になる。いや、違う。これは間違いなく拒絶だ。臭い男は嫌われる。
「食事は?」
「いらない」
レティは眉をしかめた。
「食べていないのね」
さすがレティ。お見通しだ。
「まずは入浴してきて。居間に飲み物と、何か軽いものを用意しておくわ」
「わかった」
僕はレティのいう通り、バスルームに直行した。
石鹸を泡立て、体の隅々まで洗う。不潔な状態でレティに触れるわけにはいかない。
手足の指の間もよく洗った。完璧のはず。
かなりさっぱりした。
居間に行くと、テーブルの上に飲み物と軽食が用意されていた。
「お水?」
「うん」
僕はお酒を飲めないわけではないけれど、仕事で飲むことが多いため、宿舎ではできるだけ控えている。普段よく飲むのは水だ。お茶も結構好きで飲む。レティは王宮の侍女をしていたため、お茶を淹れるのがうまい。とても美味しい。レティが用意してくれるなら、水でも美味しい。
レティは僕にお代わりの水を用意した後、髪の拭き方が甘いと指摘し、バスルームからバスタオルを取ってくると、髪を優しく拭いてくれる。幸せだ。
僕が水を飲み終わると、すぐに小皿につまみと軽食を取り、グラスを受け取って持たせる。
優しくて気遣いができて、本当に僕には勿体ない位の妻だ。
僕が感動していると、レティがやや注意するような口調で言った。
「少しだけでも食べてね」
「うん」
僕は大人しくレティの用意してくれたサンドイッチを食べた。
「ロディ、お仕事は終わったの?」
レティが質問してくる。
「視察にはいける」
今度は僕が質問した。
「用意は大丈夫?」
「大丈夫、だけど」
レティは困ったような表情をした。
「どうしたの」
「実は」
レティは忙しい僕に代わり、視察に必要な荷物を揃え、荷造りすることになっていた。
以前にも僕は視察に出かけたが、今回は内容が違う。向かうのは属国の首都だ。歓迎の式典や晩餐会などもあり、出席しなければいけない。礼装をかなり持って行かないと不味いのだ。
レティも同行するため、当然、礼装が必要になる。上等な外出着も必要だ。
レティは普段、全然着飾らない。本人としては着飾ったつもりでも、貴族にとっては物足りないとなってしまう。そこで、青騎士の家族などから、僕の妻としてふさわしい服装を相談し、視察旅行のために用意しておくように言った。
視察は数日間だ。当然、荷物も多く必要になる。レティは僕の荷物を優先して揃えたが、僕はそれなりに社交をしているため、特別に新しく仕立てる服は必要ない。特に問題もなく、荷造りが終わったらしい。
しかし、問題はレティの方だった。自分の荷物を大体見繕い、友人のベスに問題ないかを確認したところ、物凄く驚かれ、駄目出しされたらしい。
レティは視察に同行するものの、仕事があるわけではない。仕事で行く者の世話役として同行する。つまり、僕の世話役ということになっているのだ。
そのため、視察中の様々な行事に出席するとはいっても、僕と同席するのではなく、世話役としての席になるのだと思っていた。そのため、さほどお洒落する必要もない、目立つようなドレスはかえって不味いと思っていたらしい。
勿論、これは間違いだ。確かに、レティは仕事としていくわけではないため、出席しない、場合もある。しかし、レティは本当に世話役というわけではない。視察団に加えるため、名目上は世話役というだけの話だ。僕の妻として、歓迎式典や晩餐会などには一緒に行く。その際に着用するドレスが必要になる。
レティは結婚式の日の昼食会と披露宴に着用したドレスを持っていくつもりだったのだが、ベスに大激怒されたらしい。豪勢極まりないドレスではあるが、少し前に着用したばかりだ。視察団の中には昼食会や披露宴に出席した者もいる。同じドレスだとわかってしまう。着まわすなとはいわないまでも、もっと日数をあけるべきだと注意された。
新しいドレスを用意するにしても、日数がない。そこで、ベスや青騎士の妻が自分達のドレスを貸すことにしてはどうかとなった。ところが、夕食会の時にその話題が出た際、青騎士達が絶対に駄目だと言ったらしい。
なぜかというと、視察団の者は、本国の代表としてくる。身分の高い者や地位の高い者が加わるため、豪華な歓迎の式典などがある。一挙一動が注目される。
女性が同行するとなれば、どんなドレスか、アクセサリーを着用しているかが注目される。本国のファッションに対する関心は高く、属国のファッションや流行にも大きな影響を与える。社交新聞などに記事や掲載されることもあり、特集が組まれることさえある。
レティは美人で青騎士の妻だ。絶対に注目され、そのファッションも話題となる。レティがおかしな装いをすれば、青騎士全体の妻がそうなのかもしれないとなりかねない。青騎士とその家族の名誉にかかわる。絶対に借り物のドレスは駄目だ。オーダーメイドにしろと口を揃えて言われたらしい。
しかし、日数がない。フルオーダーメイドで作る時間がない。そこで、セミオーダーメイドにし、特別料金を支払って、短い期間で作って貰うことにした。それだけでもかなりの金額だというのに、揃いの靴、手袋などの小物など、様々なものを急きょ買い揃えることになり、その合計金額にレティはめまいを感じたらしい。
「請求の控えはある? 小切手で買ったの?」
「……私の銀行預金がどの位あるのかわからないから、小切手はやめたの。後から請求書が来るわ。控えを貰ってあるけど、見てくれる? ドレスは返品できないけど、既製品の小物は、数日以内に未使用のままであれば、返品できるって」
僕はレティに小皿を渡すと、請求書の控えを受け取った。束になっている。色々買ったらしい。かなり上等な品を買ったらしく、レティが自分で買うような金額ではない請求書の控えばかりだった。
「最後の紙に、合計金額を書いておいたわ」
さすがレティだ。わかりやすいように、計算した書類を作っておいてくれた。
「請求書にしたのは正解だ」
レティにはレティ名義の銀行口座に対応する小切手がある。レティの小遣いはそこに振り込まれるため、何か欲しいものがあれば、そこからお金を引き出して買うか、小切手で買うことになっている。
宿舎にいるため、生活費は基本的にはかからない。宿舎での生活費は、僕の方で他の青騎士達と話し合い、支払っているからだ。しかし、レティのものではない買い物、高額な品、小遣いでは賄いにくい場合もある。そういったものは、僕の方で支払うため、後から支払う手続き、請求書にして貰うことになっていた。
「ごめんなさい。こんなになるとは思わなくて」
「大丈夫。問題ないよ」
「でも、私の小遣いの金額から考えると、大金だわ」
レティは平民出自だ。王宮の侍女として働いていたこともあり、かなりの倹約家だ。貴族の金銭感覚がないともいう。それは悪いことではない。贅沢過ぎても不味いからだ。しかし、僕は公爵家の養子であり、王太子の側近、青騎士でもある。
レティは社交をしない、公の場には出ないからこそ、今のままでも問題がないのであって、社交をする、公の場に出るとなれば、相応の服装をしなければならない。感覚を修正する必要があった。
「レティの金銭感覚は昔のままだ。平民、王宮の侍女だった頃のものだと思う。別の国に来て生活しているのもあるし、貨幣や経済力の違いもあるから、多少はましになった。だけど、社交を全然していないのもあって、この国の貴族の金銭感覚がわかっていない。僕は貴族出自だったけど、それでも結構驚いたよ。結婚式や披露宴なんかでも多少はわかったかもしれないけど、とにかく派手だ。贅沢だと感じる。ここは宿舎といっても離宮だ。そのせいで、かなり内装は豪華だよね?」
「そうね。公爵家よりも豪華だと思うわ」
レティは頷いた。
「公爵家に初めて行った時も、驚いたよね? 王宮みたいだって」
「そうね」
「昼食会の時、王宮に行ったよね。豪華だった?」
「勿論よ! びっくりしたわ!」
「つまり、そういうこと。ここは大国だ。周辺の国を従え、属国としているか、併合しているかだ。本国としての威信がある。属国より劣っているわけにはいかない。王族も貴族も、場合によっては平民も。国民全てが属国の国民よりも上だからね。上らしくないといけない。そして、僕やレティは併合地出身だ。属国出身と同じだよ。だから、この国が凄く見える。でも、僕達は本国民になった。本国民としての感覚を持って行かないといけない。今回の属国行きは、それを学ぶためでもある」
僕の言葉に、レティは驚いた。
「勉強をしに行くの?」
「そうだよ。僕達は元々視察団には加わっていなかった。今回は王太子の側近とその妻として、様々な経験を積むために行く。今回は僕が視察団の代表は別の者だけど、もしかすると、将来、僕がこういった視察団の代表をする可能性もある。レティも代表の妻として同行し、社交とかをしないといけなくなるかもしれない。いきなり抜擢されて失敗すると不味いから、事前に勉強しておくために、同行する機会が設けられた。新婚旅行にも丁度いいし、属国にある父の財産を僕の名義に書き換える手続きもしないといけないしね」
レティは驚いている。仕事というのは理解していたものの、勉強とは思わなかったに違いない。しかも、僕だけでなく、レティも勉強しないといけないのだ。
「本当はもっと気楽にいけるような旅行の方が良かったけど、休暇が取れない。仕事に関係するようなものになってしまった。ごめん」
「いいのよ。新婚旅行に行けるだけでも嬉しいの。だって、私達、この国に来るのが新婚旅行みたいなものだったし」
僕達は祖国が併合されるという特殊な状況にいた。新婚旅行に行くことは、考えられなかった。父の薦めもあり、この国に行くことになったため、これがある意味新婚旅行だと、二人で言っていたのを僕は思い出した。
「そう考えると、かなり危険な新婚旅行だったね」
「そうね。野盗や強盗にも会ったわ」
「ごめん」
レティは微笑んだ。
「今となっては思い出よ。でも、もしかして、属国に行くのも、危険なの?」
僕はすぐに否定した。
「それは大丈夫。僕も正直初めて行くからわからないことは多いけど、今回行く属国は本国に次いで発達しているし、治安も安定している。列車と馬車を乗り継いで行くけど、移動時間は少ないよ。属国にも列車がある」
「列車旅行も初めてだし、不安だわ」
「寝台列車は狭いけど、快適だよ」
僕は出張の際、寝台列車を利用したことがある。王太子と一緒の時は、王家専用の特別寝台列車だった。物凄く豪華な列車だった。今回は貴族用の寝台列車だ。レティはそれでも十分豪華だと驚くに違いない。
「足りないものがあれば、属国で買うこともできる。僕やレティは視察団に同行するものの、重要なのは最初と最後だけだ。その間の日程に関しては、別のスケジュールだよ」
「えっ、別なの?」
レティは驚いた。
「そう。僕は何か問題がなければ、現地の視察とかにはいかないよ」
「私、てっきり視察にも行くのだと思って、外出着を多めに用意してしまったわ」
「外出はするよ。レティと首都観光をするつもり。外務省の者が案内してくれることになっているから、きちんとした服装じゃないと不味い。レティ、外出着も新しいのを購入したよね?」
「したけど……」
レティの返事は歯切れが悪い。僕はすぐに質問した。
「何着?」
「三着よ」
「たった?」
僕は驚きのあまり、変な声になってしまった。
「行と帰りがあるってわかっている? 間の日程にも必要だよ!」
「帰りは行きと同じのでいいと思ったの。間の日程は、ロディは視察で、私はただ待機しているだけだと思っていたから……」
僕は大きなため息をついた。どう考えても三着では足りない。
レティのことだ。順番に着まわせばいいと思っていたに違いない。
「ベスはなんて言ったの? よくそれでいいっていったね?」
「初日と最終日の夜会に着るドレスが高いから、ロディが怒らないように、金額を抑えて購入したいと言ったの。外出着もいいのを買ったから、三着でもかなり高くなってしまって……だから、後は今持っているのでいいと思ったの。一日中馬車に乗っているだけだもの。新しいのを新調する意味はないと思ったのよ」
「僕とレティだけの旅行ならそれでもいい。でも、視察団としていく。基本的に、毎日違うドレスを着ないと不味い。着回しは駄目だよ。青騎士にも注意されたでしょ?」
「外出着も駄目なの?」
僕はため息をついた。
「僕は確かに爵位がないし、側近になってまださほど経ってないけど、属国の者達にとっては関係ない。本国の者だ。王太子の側近だって目で見てくる。公爵の息子とか。その妻が外出着を頻繁に着まわしていたら、恥をかいてしまうよ」
「ごめんなさい」
レティは肩を落とした。
「でも、もう時間がないわ。明日出発だもの」
「午前中に買いに行く。最低三着買うから。属国についたら、まずは買い物に行こう。現地であまり目立たないようにするためにも、現地の外出着が欲しいといって外出着を買う。それを着用して観光とかをすればいい」
僕はすぐに対応策を考えた。ドレスが用意できなかったということを、属国の者に言うわけにはいかない。うまく理由をつける必要があった。
「それで大丈夫?」
「レティは属国のファッションに興味があるといえばいい。せっかく本国とは違う国に来たため、属国の服装を楽しみたいとか。購入した服はいい思い出になる。お土産でもいいかもしれない。適当にレティも、何か理由をつけたりして誤魔化して」
「わかったわ」
レティは頷いた。元侍女だけに、機転は聞く。方向性さえ示せば、それに合わせてうまく対応できるはずだ。
「こんなに沢山買い物したのに、また属国でも買い物をすることになるなんて」
レティはため息をついた。
「属国は物価が安い。本国でドレスを買うより、向こうで買った方が安いかもしれないよ。むしろ、こっちで買って持っていくより、賢い方法かもしれない」
僕の言葉にレティが反応した。
「そうなの?」
「現地調達の方がいい場合は多々あるよ」
「そうね!」
レティは元気を取り戻した。
「そういえば、金製品が有名みたいね? お土産には、絶対に宝飾品をねだるようベスに言われたわ。定番だからって。でも、お金がかかってしまうわ」
「それは僕も知っている。勿論、何か購入するつもりでいるよ。先輩や青騎士達にも、体裁があるから、凄いのを買って来いと言われた」
「どんどんお金がかかってしまうわね。結婚式や披露宴でかなり使ったばかりなのに」
「そうだね。でも、大丈夫だよ」
僕はそういった。レティを不安がらせてはいけない。本当はちょっと不味いと思っている。ただ、対応策は考えてある。属国に行く際、父名義の財産を僕名義にする。ついでに売却してしまおうかと思っていた。
いつまた属国に行けるかわからない。向こうに資産を残していても、管理しにくい。そこで、すぐにとはいかないまでも、売却する方向で、現地で管理をしている者に相談しようと思っていた。
首都にある物件はそれなりの金額になるはずだ。為替相場にもよるものの、臨時収入になる。田舎にあるらしい土地はかなりの安値になってしまうだろう。でも、仕方がない。下手に資産を残しておくと、それを管理する者が必要になる。手数料などを考えると、保持している方が損という場合も考えられる。
「明日は早起きしないといけないから、もう寝ようか。すっと睡眠時間が少なかったから、眠い」
「早く寝なくちゃ!」
僕とレティはすぐに寝室に行き、寝る用意を済ませ、ベッドに入った。
僕はレティを抱きしめた。
「レティ」
僕は尋ねた。
「愛しているよ。おやすみ」
「おやすみなさい。ロディ」
明日は早起きだ。午前中に買い物、午後は王宮に集合し、視察団として出発だ。
僕は目を閉じた。すぐに睡魔が訪れ、僕は眠りに落ちた。




