ロデウス視点 ② 移動
僕達の元祖国である併合地よりも、属国に行くのは簡単だ。列車がある。
属国は複数あるのだが、今回行く属国はヴェルート王国という。長い歴史を持ち、平和的な属国化ということもあり、本国の技術が流れ、繁栄している国でもある。
かなり昔の話になるが、本国の王太子と、ヴェルート王の長女が婚姻した際、属国になった。侵略や併合を避けるための婚姻条件が属国化だったのだ。その後、本国王太子妃となった王女は息子を二人産んだため、長男はそのまま本国の跡継ぎとなり、次男はヴェルートの跡継ぎ、王となった。現在はその子孫が王家となっている。
まずは王都から隣の町まで馬車で移動する。この国は鉄道を整備しているものの、新しい技術であることや、城壁を壊してしまうと、戦争の際に防御壁がないということもあり、王都内まで列車が来ていない。
隣町に駅があるため、そこから列車に乗り、地方の大都市まで行く。ここで列車を下り、馬車に乗り換え、ひたすら国境を目指す。つまり、二日で国境まで行ける。
国境を越えた後は、やはり馬車に乗り、ひたすらヴェルートの地方都市を目指す、駅があるからだ。地方都市についたら列車に乗る。ヴェルートでも本国と同じ理由から、首都まで列車が行かない。隣町までとなる。そこで、また馬車に乗り換え、首都に入る。移動日は二日間。合わせて四日間の移動日となる。
今回の視察は、本国とヴェルートをつなぐ鉄道を開通してはどうかという話し合いをするためだ。
国境を越える審査が必要になるため、互いの鉄道を国境の町まで延長するという案になる。本国とヴェルートの交易は盛んだが、馬車での輸送は日数がかかる。鉄道のおかげでかなり日数が短縮され、大量の貨物を扱えるようにはなったものの、列車が行くのは地方都市までだ。地方都市から国境までは馬車となってしまう。
首都近郊から地方都市までではなく、国境まで一気に鉄道が開通すれば、一気に人もモノも運べる。より交易が盛んになるのではないかという狙いがある。
これにはリスクも伴う。鉄道は軍隊も運べる。戦争をするために、軍を送りやすくなってしまうことになる。
本国は問題ない。軍事力があるからだ。しかし、属国は本国に庇護されていることからもわかるように、軍事力があまりない。侵略され、併合化を恐れてもいる。軍隊を運びやすくなる鉄道の開通を受け入れるかどうかは微妙だ。
ただし、現在、ヴェルート王の娘が、王太子の側妃の一人になっているため、王家同士が縁戚関係ではある。話し合いや交渉次第で、鉄道の開通を受け入れるとなれば、特に問題はない。本国もヴェルートを併合するつもりは、今のところないからだ。むしろ、ヴェルートが安定しているというのに、併合することで、不安定になる方が困る。
本国は自分達に従わない、交渉してもなかなかうまくいかない国を率先して、侵略しているのだ。つまり、自分達に従う、交渉でまとまる国は、友好国や属国のままだった。ヴェルートはすでに属国であり、しかも繁栄しているため、あまり手をかける必要はない。強いていえば、縁戚関係にあり、友好度が高いうちに、ヴェルートから本国へ流れる富を、より多くしたいというのが狙いだ。
僕とレティは朝早く起きると、すぐに伝令を出した。営業時間前に店を開けて欲しい、あるいは営業時間後すぐに買い物ができるよう、品物を用意しておいて欲しいという連絡だ。そして、午前中に最高級デパートと、いくつかの仕立屋に行き、レティのドレスを買った。
外出着を最低三着買うつもりだったが、既製品にしてはなかなかいいのがあったため、とにかく買う、ということにした結果、夜会用のドレスも含め、計八着になった。それに合わせた靴と小物も用意されていたため、当然のごとく、一緒に購入した。
レティは計算ができる。僕が支払うとはいえ、表情が張り詰めていた。僕は余裕だという態度を見せていたが、小切手ではなく、請求書にした。その方が、支払期限が伸びるからだ。内心では、ヴェルートの資産を絶対に売却すると決心した。
王宮で視察団の者と合流する。今回の視察団は鉄道省の副大臣がトップだ。外務省の高官もいる。大事な話し合いのため、それなりに上の者達が行くことになっていた。
挨拶は簡単に済ませた。僕とレティはあくまでも付き添いのようなもので、視察団の仕事は副大臣などに全部任せることになっている。視察団に同行するのは、将来のための勉強というのは嘘ではないが、僕達の新婚旅行でもあるのだ。邪魔はさせない。
早速馬車で隣町の駅まで移動することになったのだが、僕とレティは鉄道省の副大臣夫婦、外務省の高官達と一緒だった。仕事の話になり、レティには申し訳ないなと思ったが、副大臣の妻もかなり厳しい表情をしていた。女性の前で仕事の話をするのはよくないのだが、仕方がなくもある。
駅に着くと、列車に乗り込む準備をする。かなりの荷物を持っていくことになるため、列車は貸し切りだ。しかも、途中の駅で停車しない。直通だ。だからこそ、早く移動できるのもある。
滞在中の荷物は全て一緒というわけではなく、事前に送れるものは送ってある。それでも大荷物だ。僕達の場合は、急きょ、ドレスと小物が増えた。それは手荷物にしていたため、客室が手狭になってしまった。
それでも、レティは寝台列車に驚き、興奮していた。
列車だけに、狭くはある。しかし、ベッドがあるだけでも驚いていた。レティが乗ったことがあるのは、クライスター公爵家の領地に行く際に乗った列車しかない。その列車は寝台列車ではなかったため、長時間ずっと座席に座りっぱなしだった。
「凄いわ! 思ったよりも、大きいベッドなのね!」
僕達は二人用のベッドが備え付けられている客室になる。部屋の半分はベッドだが、椅子とテーブルもある。小さな部屋のようになっているのだ。
「言っておくけど、僕達が普段使っているベッドよりも、かなり狭いよ?」
「今のベッドが大きすぎるのよ」
レティは何を言っているのかというような口調でそう言った。
「寝返りを打つのは大変だけど、これならちゃんと眠れそうだわ!」
「寝返りは無理かな。僕が抱きしめてしまうから」
何気なく小さな声でそう言うと、レティは照れ隠しのために、さっと顔を背けた。
「に、荷物を見ないと……夕食用のドレスを出しておかないといけないわ」
「そうだね。アクセサリーもだけど、盗難には気を付けないといけない。貴重品は金庫にしまうことになっている」
「金庫もついているの?」
「そうだよ」
レティに金庫の場所を教えると、レティはとても感心していた。
「でも、明日にはすぐにまた列車を降りるわけでしょう? 金庫に入れないといけないの?」
「夕食時には客室に誰もいないからね。信用できる者だけが乗っているはずだけど、盗難が起こることもある。注意しないといけない。後、降りる時、金庫に貴重品をいれたままにしておかないようにすることも大事だよ」
「わかったわ」
レティはしっかりと頷いた。
「私、指輪だけはずっとしておこうかしら。無くしたら大変だもの」
レティは僕が贈った結婚指輪を見てそういった。
レティの結婚指輪は二つからなっている。
一つはプロポーズした際に贈った指輪だ。大きな宝石がついている。普通であれば婚約指輪になるのだが、僕達はすでに結婚していた。そのため、婚約指輪というのは正確ではないということで、結婚指輪その一となっている。
もう一つはエタニティリングといわれるデザインで、指輪には小さなダイヤモンドがぐるりと一周はめ込まれている。裏側には永遠の愛を誓う言葉が刻まれている。結婚指輪その二だ。
今回は正装に合わせるアクセサリーとして、両方を持ってきている。レティは高価な指輪を持ち歩くことに慣れていない。大きな宝石がついている方は、普段はずっと金庫にしまっているため、必要なのはわかっているものの、非常に不安がっているのだ。
「不安なら、ずっとしておけばいいよ。但し、凄く目立つから、注意しないといけない。僕も気を付けているけど、絶対に一人にならないように。強盗に奪われてしまうよ」
「そうね。怖いわ」
僕はチャンスとばかりにレティを抱きしめた。
「大丈夫。僕が側にいるから」
「そうね」
レティが僕に寄りかかる。幸せだ。
このままずっとレティと二人だけで過ごしたかったが、そういうわけにはいかない。荷物の整理と夕食の準備をしておきたいという有能な元侍女の妻に、僕は従うことにした。妻を守り、幸せに導くのは夫である僕の役目だが、この件に関する上位はレティだ。
夕食は食堂車で取る。レティはトランクからドレスを取り出すのは大変であるため、早速購入したばかりのドレスを着用した。シンプルなデザインであるため、それだけではかなり地味に思えるのだが、レティが着るだけで、がらりと印象が変わる。美人が着ると、ドレスも美しくなるらしい。
デコルテが開いているため、ゴージャスなアクセサリーも似合うのだが、レティは僕が前に贈ったシンプルなペンダントと、ピアスだけという、かなり控えめなアクセサリーにしていた。
但し、指には結婚指輪がある。大きな石とエタニティリングがきらびやかな光を放っている。僕は無理してでも、やはりあの石を競り落として指輪にしたのは正解だったと実感した。
レティはあまり着飾らない。豪華なネックレスを贈っても、あまりつけたくないと言いそうな気がした。でも、結婚指輪であれば、つけてもおかしくない。むしろ、つけないといけない。おかげで、他の部分はシンプルでも、より指輪を目立たせるためのお洒落だと解釈することができる。一点豪華主義というやつだ。
この国は何かと派手だが、実は意外と堅実、合理的な部分がある。一生に一度しかない(はず)の冠婚葬祭、長年使用することになる屋敷や馬車といったものに関しては、とにかく派手に、贅沢に、できるだけお金をかける。それは単に見た目の問題だけではなく、いいものを長く使う、一度お金をかけて作ってしまえば、また作る必要がないということも含まれているのだ。
服装に関しては、結構個人差があり、絶対に同じ服を同じシーズンでは着ないという者もいれば、かなり着まわす者もいる。同じ服を着まわしても、お金がないからという理由ではなく、凄く気に入っているからという理由にするため、貧乏臭くない。
また、あえて同じものを身に着けることで、自分をアピールするという者もいる。常に同じ色のドレスや、同じ宝石の宝飾品ばかりを身に着けるのだ。勿論、理由は好きだから、気に入っているから、自分らしいからなどというものであるため、おかしいとはいわれない。個人の嗜好の差となる。ドレスコードなどに違反しなければ、問題はない。
レティがシンプルな装いをしても、それがレティの好む服装であり、個性であるとなれば、さほどおかしくはないのだが、ただ、良く思わない者達もいるのは確かだ。どんなに立派な服装をしていても、文句をつけたがる者がいる。陰口だけでなく、堂々と悪口をいう者もいる。
レティは社交をしないだけに、そういうのに慣れていない部分もあるとは思う。僕は少し不安を感じつつ、レティをエスコートして食堂車へと向かった。
手前のラウンジで食前酒を受け取り、軽く談笑するのがマナーになる。僕とレティが来ると、すぐに外交官の夫人が声をかけてきた。
「素敵なドレスね!」
やはり女性はファッションの話題になる。恐らくは、男性が多いため、女性同士で話をしたくはあるものの、年齢的なもの、興味の違いもある。副大臣の妻は高齢だ。どんな話題にするか、やや難しい。レティは若いため、ファッションの話題にすれば簡単だと判断される。実際にレティがファッションについて興味があるかどうかは別として。
「奥様のドレスも素敵ですわ。とてもお似合いです」
「似合わないドレスを着るわけがないでしょう?」
レティは無難な返事をしたが、すぐに相手が切り返してきた。これはちょっと不味い。普通ならお礼をいうのが無難だ。しかし、そうではなかった。レティをあまりよく思っていない者かもしれない。僕は警戒レベルを上げることにした。
「指輪も素敵ね? 豪華だわ。婚約指輪?」
「ええ、そのようなものです」
レティはまた無難に返したが、相手の女性は質問してきた。
「あら、違うの? 婚約指輪でもないのに、そんな大きな石の指輪を贈られるなんて、いいわね。さすが青騎士ですこと」
女性は僕に向かって微笑んだ。嘘臭い微笑みだ。お世辞が見え見えで、しかもレティにはあまり配慮をしていないのも明らかだ。これでよく外交官夫人として同行できるなと思った。
「結婚後に贈ったので、結婚指輪と言っているのです。妻は大変な時期も、ずっと僕を支えてくれました。その感謝の気持ちを込め、特別な指輪を贈りました」
「特別な指輪というのは、見ればすぐにわかりますわ」
「レティ、今後は婚約指輪だと言った方がいいかもしれないね? その方が理解しやすいし、何度も説明しなくて済む」
「そうね。貴方のいう通りだわ」
「副大臣の奥方に挨拶に行こうか。失礼します」
僕はさっさとレティを連れてその場を離れることにした。あまりいい感じのしない女性に付き合う義理はない。
僕達は副大臣の奥方に挨拶し、軽く会話した後、奥方を連れに来た副大臣と共に、食堂車の方に移動した。
食堂車には四人用の席と二人用の席がある。僕はレティと二人だけの席になると思っていたが、予想は外れた。副大臣夫妻と同じ席だったのだ。
副大臣夫妻は僕とレティがまだ若いとはいえ、青騎士である以上、いずれは様々な仕事、視察団のトップや外交特使、あるいは他国の要人が本国に来る際の担当者などを任されるかもしれない。経験を積み、勉強をしっかりして置きなさいと言われた。
本当は新婚旅行なのだが、甘い雰囲気は全くない。美味なフルコースを堪能しながら、副大臣夫妻のためになる話にずっと見耳を傾けることになった。
食後は男性と女性に分かれて過ごす、というのが社交のルールではある。しかし、視察団として属国に行く途中だ。僕はレティと過ごすためにうまく断ろうと思ったが、副大臣が許さなかった。向こうに付く前に、内密に色々話しておかないといけないらしい。
僕はレティのことが心配だった。食事前に話しかけて来た外交官夫人のこともある。僕の不安を察知した副大臣夫人が、レティのことは自分に任せるようにいい、連れて行ってしまった。
僕は引き留めることもできず、副大臣達に連行された。




