一章 プロローグ
少年は目の前の光景に目を見開いた。
なぜなら、1度の瞬きで全ての光景が一変したからだ。
周囲にあった家は跡形もなくなり、遠くに見えたビルは山へと置き換わっている。まるで元からそうであったかのように。
周囲には自分しかいない。
前も後ろも右も左も、誰もいない。
つい先ほどまで聞こえていた車の走行音も、遠くから響いていた人々の話し声も、今ではすっかり消えていた。
代わりに聞こえてくるのは、草木が風に揺れる音と、どこからともなく響く鳥のさえずり。
あまりにも静かだった。
歩いていたアスファルトの道は草原に。何本も並んでいた電柱は、どこにも見当たらない。
少年は思わず足元を見下ろした。
履いている靴も、着ている服も、何も変わっていない。手に持っていた荷物だってそのままだ。
変わってしまったのは、自分以外のすべてだった。
「……は?」
ようやく口から漏れたのは、そんな間の抜けた声だった。
最初は道を間違えたのかと思っていた。
だが、思考を巡らせるうちに、その考えはどんどん否定されていく。
そんなはずはないのだ。
半年も通り続けた道を、間違えるなんてことがあるだろうか。
それに、仮に道を間違えたとしても、こんな場所に辿り着くはずがない。
少年はもう一度、周囲を見渡した。
何度見ても、景色は変わらない。
目を閉じ、数秒待ってから開いてみる。
それでも、目の前には見知らぬ草原が広がっていた。
「なんだよ、これ……」
少年の見開いた目は、閉じることを忘れたかのようだった。
額からは汗が流れ、背中に張りついた服が気持ち悪い。
これが現実とは到底思えない。
こんなことが起きるなんて、あり得るはずがない。
少年は周囲を歩き回った。
自分の家へ、自分の知る道へ帰るために。
だが、そんなものはいつまで経っても見つからない。
小高い場所へ登ってみても、見えるのは山と草原ばかり。家らしき建物すら見当たらなかった。
「誰かいませんかー!」
思い切って声を張り上げてみる。
しかし、返事はない。
もう一度叫んでみても、結果は同じだった。
普通、誰かがいれば声くらい聞こえるはずだ。
それなのに、誰もいない。
自分だけが世界から取り残されてしまったような、そんな感覚が少年を襲った。
「どこだよ……」
ここはどこなのだろうか。
これは現実なのだろうか。
家には帰れるのだろうか。
そんな疑問が次々と湧き上がり、少年の思考を妨げていく。
そのときだった。
「いやぁ!!」
突然、甲高い悲鳴が響いた。
少年は驚いて肩を跳ねさせたが、すぐにその声が聞こえてきた方向へ顔を向けた。
人だ。
誰かがいる。
それだけで、先ほどまで胸を締めつけていた不安が少しだけ和らいだ。
悲鳴を上げるほどの何かが起きているのかもしれない。危険な場所なのかもしれない。
そんなことを考える余裕は、今の少年にはなかった。
人がいるということは、ここについて何かを知れるかもしれないから。
だから少年は、全力で悲鳴の方へ走った。
疑問も、恐怖も、振り払いながら。
ただひたすらに、誰かに会いたいという一心で。
この先に待ち受けているものが何なのか、知る由もなく。
今日は2016年 9月の16日
クソみたいな日々の、始まりの日である。




