第63話 人魚注意報
とりあえず、鐘々とコアちゃんと一緒に、なるべく人けのない場所まで移動することにした。
いくら調査や外来魚の駆除に使われる漁法とはいえ、堂々と池へ電撃魔法を放つのは、さすがにまずい。
普段の生活で魔法を使うこと自体は、禁じられていない。
とはいえ、人前で堂々と魔法を使っている者など、ほとんど見かけなかった。
せいぜい、生活魔法と揶揄される冷風や温風。
あとは、雨避けくらいではないだろうか。
雨避け。
便利そうではあるが、意外と難しいので俺には使えない。
まあ、とにかく。
池へ電撃を流すのは、あまり人に見られてよい行為ではないのだ。
普段から電撃魔法を使っている人間が身近にいれば、俺だって右腕を焼くような馬鹿なことはしなかっただろう。
いや、この場合、正しい手順を教えなかった教師にも問題があるのでは?
……教師が、生徒へ人を攻撃する魔法を教えるわけがないか。
それはそう。
「さて。ここならいいんじゃない?」
鐘々が足を止めた。
池の周囲でも、特に木々が密集している場所だった。
地面には緩い傾斜がついており、時期によっては落ち葉へ足を取られ、そのまま池へ片足を突っ込むような事故が起きていそうである。
鐘々が親指と人差し指を近づけ、その間へ魔力を巡らせる。
小さな光が弾け、ばちばちと乾いた音が鳴った。
へえ。
そうやるのか……。
「鐘々、器用じゃのう」
コアちゃんが、興味深そうに鐘々の指先を覗き込んだ。
「この姿になってから、めちゃくちゃ魔法が上達したからね」
「へえ。やっぱり、異形化と関係があるのか?」
「うん。前は頭で仕組みを理解していても使えなかった魔法が、今では普通に使えるし。たぶん、関係してるんじゃないかな」
魔力への適応。
その言葉が、改めて頭へ浮かぶ。
異形化は、人間の身体が魔力のある環境へ適応した結果だと言われている。
鐘々の魔法技術が上がったのも、その一つなのだろうか。
すごいものだな。
「それで、その電気をどうするんだ?」
「まずはここで、強さを調整する」
鐘々は、指先で弾ける光を見つめた。
「それから、目標へ向けて――バン! って感じかな」
なるほど、なるほど。
感心しながら鐘々の指先を眺めていると、視界の端で水面が揺れた。
「魚か?」
波紋が幾重にも広がっている。
この大きさなら、鯉か。
それとも、ブラックバスだろうか。
いや。
それにしては、少し大きすぎないか?
「待て、鐘々。ここ、何かいるぞ」
鐘々が指先の電撃を維持したまま、水面へ目を向けた。
そういえば、聞いたことがある。
ダンジョンは、何も地上にだけ発生するものではない。
水辺はもちろん、水中で発見された例も存在する。
そして、その中には非常に厄介な、水中ダンジョンと呼ばれるものがあった。
要するに、内部のほぼすべてが水で満たされたダンジョンである。
水中ダンジョンに棲息する魔物の多くは、その内部の水質や魔力環境へ適応している。
そのため、ダンジョンの外へ出てくることはほとんどない。
ほとんどないだけで、ゼロではないのだが。
もし、本当に鱗ヶ池にUMAと呼ばれるような生き物がいるのなら。
池の底に、まだ発見されていない水中ダンジョンがあるのではないか?
そこから流れ出した魔物という可能性もある。
俺は、池の水面を見つめながら警戒を強めた。
どんなものが生息しているのか分からないのが、ダンジョンだ。
ましてや、攻略がほぼ不可能と謳われる水中ダンジョン。
地上のダンジョン以上に調査が進んでおらず、未知の魔物がいてもおかしくない。
「分かった。やるよ」
鐘々が、先ほどよりも強く魔力を巡らせる。
指の間で弾ける電撃が勢いを増し、ばちばちという音が大きくなった。
そのときだった。
「待てや、自分ら! 何するつもりや!?」
「え?」
激しい水音とともに、女性の上半身が水面から飛び出した。
UMAが――。
いや。
人間が、池の中から現れた。
そう、人間だと思った。
少なくとも、このときの俺はそう認識した。
水面から現れた上半身は、青い髪をした若い女性のものだった。
身体には、ジャージのようにも見える水着をまとっている。
……いや、待て。
髪が、濡れていない。
それに――下半身は。
魚だった。
「あっ、えっ!?」
次の瞬間、その姿に驚いた鐘々の手元から、電撃が放たれた。
鐘々の制御を離れた電撃は、そのまま池へ着水し――。
「ばぬぅ!」
飛び出してきた女性が、全身をぴんと強ばらせた。
そのまま、力を失ったように水面へ倒れ込む。
ぷかぁ、と浮いた。
「に、人魚……?」
水面には、小魚に交じって、人魚が一匹――いや、一人。
見事に浮かんでいた。




