第57話 新しい住人
さて、これからどうしようか。
コアちゃんによる建築物の生成実験は、遅々として進んでいない。
教授も本職が忙しいらしく、なかなかこちらへ来られずにいた。
いずれここへ住むとは言っているものの、そのためには大学での引き継ぎや、引っ越しの準備も必要なのだろう。
それにしても、コアちゃんの中へ入るために、毎回我が家の庭を通らなければならないのは不便だ。
ダンジョンの入口を移動させたりはできないのだろうか。
いや、いっそ二つ目の入口を作るとか……。
できるのか?
あとで、コアちゃんに聞いてみよう。
そんなことを考えながら庭を眺めていると、コアちゃんが隅のほうでしゃがみ込んでいた。
そういえば、以前にも同じようなことがあった気がする。
白根さんと話していたときだっただろうか。
少し気になり、後ろから近づいてみる。
「おまえ、いつもどこから来るのじゃ? 妾の指は、そんなにうまいのか?」
そこには、猫に指を舐められ続けているコアちゃんの姿があった。
子猫か?
いや、身体が痩せているだけで、成猫なのかもしれない。
猫には俺の姿も見えているはずだが、逃げる様子はない。
コアちゃんの指を舐めることに夢中だった。
「コアちゃん、何をやってるんだ?」
「おお、主か。こやつが妾の指から離れぬのじゃよ」
コアちゃんが手を動かす。
猫も指を舐めたまま、手の動きに合わせて顔を移動させた。
本当に、おいしいのだろうか。
「腹が減ってるんじゃないのか?」
ポケットをまさぐってみる。
煮干しか何か、入っていなかっただろうか。
……ポケットに煮干しが入っているわけがない。
それはそうだ。
「暦ー、ちょっといいかー?」
「はーい」
暦が、まるで新妻のような笑みを浮かべながら、居間から顔を出した。
「猫がいるんだけど、何か食べさせてもいいのか?」
「あ、寅次郎、来てるんですね」
「寅次郎?」
「この辺りでは有名な野良猫みたいですよ。ちょっと待っていてくださいね」
なるほど。
名前がついているということは、それなりに近所の人たちから親しまれているらしい。
人に慣れていることにも納得できる。
ただ、特定の誰かが飼っているわけではないのだろうか。
「なあ、この寅次郎って、本当に野良猫なのか?」
猫用の小皿を持ってきた暦に、俺は尋ねた。
「首輪はつけていません。それに、耳先もカットされていないんですよね」
耳先。
ああ、不妊手術を受けた地域猫につけられる目印だったか。
「近所の人からご飯をもらっているところは、何度か見ました。でも、特定の家へ帰っていく様子はありませんでした」
本当によく見ている。
いや、暦の場合、一度目に入れば記憶に残るのだ。
俺に観察力が欠けているわけではない。
そう。
きっと、そうだ。
「ふむ。こやつにも家がないのか……」
コアちゃんが、寅次郎の前へ指を差し出した。
「妾の中に住むか?」
「な゛ー」
寅次郎が、妙に濁った声で返事をした。
「ふむ。なるほどのう」
ん?
「待て、コアちゃん。何がなるほどなんだ?」
「雨に濡れぬ場所は知っておるが、寒い日は困る。今のうちに、よい寝床を見つけたい――と言うておる」
「えっ、分かるんですか?」
暦が驚いて、コアちゃんを見た。
「欲の味で分かるからのう。もっとも、ここまで細かな言葉を話したわけではない。大部分は、妾が欲の味から補ったものじゃ」
マジか。
コアちゃんは、動物の意思まで読み取れるのか。
いや、考えてみれば不思議ではない。
コアちゃんは、人間の言葉を聞いて欲望を理解しているわけではない。
相手の中にある欲望を、直接味わっている。
ならば、その相手が人間である必要はない。
コアちゃんの中には、もともと魔物が生息していた。
魔物の欲望を読み取り、それに応えてきたのだ。
魔物が異世界の動物だと考えれば、猫の欲望を理解できても何らおかしくはない。
ということは――。
「住人は、人間だけとは限らない……?」
何だか、面白いことになりそうな気がしてきたぞ。




